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魔王の封印

 

 アレス様が山の中で鍵を動かすと、青白い光の中にポータルが開かれた。

 私たちがその中へ飛び込むと、暗闇の中にぽつぽつと灯がともっている。

 そのままそちらの方へ進めば、すぐに祭壇が現れた。

 祭壇の向こう側には禍々しい大きな心臓のようなものが黒い杭に穿たれたままどくどくと波打っている。


「この心臓は魔王ネイトのもので、黒い杭がリオーネが穿ったとされる『一矢』だ。もともとは白いものだが、ネイトの力に染まって段々と色が黒に変わる。それを浄化するのが聖女の役目で、もう1度杭をそこへ納めるために抜いてから刺すまでの間、魔王の力を抑えるのが『封印』を持つ者の役目だ」

「アレス、だけど今回はどちらもしない」

「……やってみるか、俺も自分の運命に抗いたくなった」


 カイとアレス様はお互いアイコンタクトをとると、ジーンさんと私に向き直った。


「力を貸してくれ。今回は魔王は『封印』しない。全力で魔王を倒す」

「まさかカイ様とアレス殿下がそんな風にお考えだとは思いませんでした。失敗すればどうなるかお分かりですか?」

「魔王ネイトが復活し、苦しみが世界を支配するだろう。だが、人知れず犠牲になる俺たちに、一体誰が咎を唱えられる?文句をいうやつは、自分で人柱になればいい。そう思わないか?」


 ジーンさんは頷くと、支援魔法を唱えた。

 4人全員にかけられて、私も身体が軽くなる。


「ロザリアも、お願い。力を貸して」

「カイがいうならなんだってやるよ!」


 私達は慎重に黒ずんだ杭を心臓から取り外した。

 黒い風が吹き荒れ、周りの灯が消えて空間が飲み込まれていく。

 禍々しい雰囲気のなか心臓のどくどくという音が速くなり、毒々しい赤い瘴気を噴出した。

 その瘴気の中で、心臓が形をぼこぼこと変え始めたのを見て、アレス様は剣に魔法をかけ、カイは光魔法を放とうと杖を振り上げた。

 私も2人に向かって『増幅』を出来る限り重ね掛けしていく。


 瘴気が消えると、そこには何もなかった。


「……魔王は、どこだ?」

「上にもいないね。一体どういうことかな?」


 ぶぅん、と不快な音がしたので、そちらを見ると、1匹の蠅が飛んでいたので、私は思わず魔法で蠅を叩き殺した。

 庶民の習慣でつい手が出てしまった。

 蠅が地面にぱさりと落ちると、禍々しい雰囲気がさっと消えた。

 黒い風も、赤い瘴気も消えて空間が明るくなり、灯が戻ってくる。


「ロザリア、一体何を……?」

「いえその、蠅が居たので、殺しただけ、なんですけど……」


 後に残ったのは黒ずんだ杭だけだ。

 まだ少し警戒しながら、カイはその杭を浄化した。

 他には本当になにもないので、もしかしてすぐに『封印』をしなかったせいで、魔王が外の世界に復活してしまったのかもしれないと思いポータルで戻ると、リーナ殿下とランハート様が待ち構えていた。


「アレス兄さま、教会から『通信』で宣託がくだったと報せがありましたわ。曰く、『魔王は倒された。封印も聖女も当分はもう必要ない』と」

「は……?」

「アレス殿下……!よくぞご無事で……!」


 ランハート様は破願してアレス様の元へいくと膝を折った。

 アレス様の許しを得ると、今度は私のところへきて同じように膝を折ると、手に口づけされる。


「ロザリア嬢、ありがとう。本当にありがとう……!」

「いえ、その私は何も……」


 本当に何もしていない。

 ただちょっと目障りだった蠅を1匹殺してしまっただけだ。

 そこへカイが割って入ってきて、「とりあえずもう少し詳しい宣託を聞く必要があります」と言って教会へ行くことになった。

 各地の教会には通信装置があるので、そこで詳細を尋ねるらしい。


 通信装置から出発の前に少しだけ聞いた陛下の声が聞こえてくる。


「アレス、まさかこうしてまたお前に会えるとは。リーナも『通信』役ご苦労であった。聞いての通り、宣託により魔王は倒されたということだが、お前たちの方でその自覚はないのか?」

「杭を抜いたところで、『封印』を施す前に魔王の姿が立ち消えたのです。それ以外は何も」

「ふむ?確かに倒されたということはそうなのだろうが……本当に他には何もないのか?」

「あの、すみません。不敬を重々承知なのですが、少しよろしいでしょうか」


 私は手をあげて通信に割って入った。

 どうしても気になったことがあったのだ。


「実は瘴気がひいたあと、1匹蠅がいて……その、叩き落とした瞬間部屋に灯が戻って明るくなったのですが……もしかしてその、蠅が魔王、だったり……?いえ、まさかね、はは……」


 皆の視線は当然私に集まるわけだが、馬鹿げた話すぎて私はだんだん尻すぼみになっていく。

 いらないこといったかもしれない、と冷や汗をかいたが、「それだ!」とアレス様がさけんだのに救われた。


「魔王ネイトは別名『地獄の蠅』と呼ばれていた。ロザリアの潰したものが本体だったのでしょう。おそらく長年突き刺さった杭が徐々に力を奪って小さな蠅になるまで力を落としてしまったものかと」

「なるほど……ロザリアといったか?」


 王様に呼ばれて、私は「ひゃい」と返事した。

 なんでこういう時に噛むのよぉ!


「魔王討伐ご苦労であった。帰ったら褒美をとらせよう」

「あ、ありがとうございます……」


 蠅を倒しただけなんですけどね!?


 こうして、私たちは無事旅を終えて王都へと戻ったのだった。



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