決戦前夜:ジーンさんと
やり過ごすことがないように過ごせ、と聞いて私はリョークンにある教会を訪ねた。
私なりに考えた結果、お祈りして過ごすのが一番かなと思ったのだ。
ちからを授かったことに感謝して、明日無事に帰ってこれますように、とお願いしていると、私の隣にジーンさんがやってきて座った。
お祈りする様子はなく、祈っている私をじっと見て待っているみたい。帰ろうとすると、服の裾を掴まれた。
「一緒に行きたいところがあるんだけど」
特に私にやることはない。
ジーンさんに手を引かれてついていくと、街からどんどん外れて明日はいる予定の山の麓の方へと進んでいく。
そこには大きな湖と花畑があった。
花畑にはいくつか杭が立っていて、石に文字が刻まれている。
よく見るとそれは名前のようだった。
「ここってもしかして……」
「研究所があった場所だ。あの日暴走したライカンが研究所を半壊させて、そのライカンを止めていた俺とトゥーリオの元に急いで現れたのがカイ様だった。圧倒的な光魔法でライカンを鎮圧させて、傷ついたすべてを癒し、愚かな研究員共を裁いたあの人は本物の天使みたいに美しかった。実験成功体は俺たち3人だけで、残りは失敗作と言われる化け物になっていたのも、カイ様が浄化してここに小さいけど墓をたててくれたんだ」
ジーンさんは杭の前で軽く手を十字に切った。
「その時にカイ様に一目惚れして、カイ様の苦労や思いも知らずに傍で蔓延ろうとする君に嫉妬して……でも、それは誤解で、間違いだったってわかって、わかった筈なのに君を見てるとイライラするんだよね。この気持ちはなんなんだろう?」
それは私に言われても困る。
嫌ってはいないんだよね?
「最初はカイ様に対してかと思ったけど違ったんだ。君がカイ様以外の人と居ていてもイライラする。勝手に逆鱗を渡して悪かったけど、実はあの時すごい幸せな気持ちになったんだ。その後無慈悲にも引っぺがされた訳だけど」
「えぇと、なんだかすみません……?」
ジト目で睨まれて、思わず謝るとジーンさんはため息をついた。
「俺も大概だけど、君も自己評価が低いんじゃない? 1度しかいわないからよく聞いてくれる?」
お墓の前から戻ってくると、ジーンさんは私の両手を握る。
高身長なので、背の低い私に聞こえるようにか屈んで目線を合わせてくれた。
「ロザリア、君は可愛い。馬鹿正直で考えなしの無鉄砲で、好奇心に負けてすぐにどっか行ってしまうし、後を省みずに行動するよね。今だって無防備にのこのこと、俺のような男へついてきて……」
「もしかしてお説教されてます!?」
ジーンさんが喋りながら水魔法を展開させて自分にかけて、龍変化すると、私をぐるぐる巻きにして締め上げた。
その口で頭をがぶがぶと咬まれる。
「こんな風に殺されるとか思わないの?」
「ジーンさんだったらこんな事せずにただ魔物に襲わせるだけで私を殺せますよ。それよりちょっと気になったんですけど、私の頭をがぶって噛むの人間だったらどんなイメージなんですかこれ……首絞めてる的な?」
「はあぁ~~……君、好奇心猫を殺すって言葉知ってる?」
ジーンさんがしゅるしゅると龍変化を解いた音がする。
「知ってますよ、でも私は猫じゃないし」と言おうとしたが人間に戻ったジーンさんが、私の鼻をかぷりと噛んでいたので代わりに「ひゃああ!?」と悲鳴がでた。
身を引こうとするが、龍の時にぐるぐる巻きにされていたように、人間の手でがっちりと抱き寄せられていて動けない。
「『水龍の祝福』を与えられるのは1人にだけだ。それも、俺が心から愛する人じゃないとそもそも授けることができない。ロザリア、俺の愛はどうやら君にある。はぁ……俺はどうしてこんなチンクシャを好きになってしまったのか。少し褒められて認められたからって……自分でも思う、ちょろすぎる」
「ち、チンクシャ……確かにカイやアレス様に比べたらそうですけど……って、え? つまりどういうことですか? ジーンさんは私の事が好き?」
「ここまで言ってようやくわかるなんて愚鈍にも程があるんじゃないの」
悪口を言っている筈なのに、その声色と赤い瞳はひどく優しい。
理解がようやくおいついた私の頬に、ジーンさんがすり、と頬をよせて「好きだよ」と囁いた。
私は焦って自分に恋心がないことを告げようとしたが、その前に「知っているよ」と言われた。
「ちからを得たかわりに、『恋心』がないんだってね。旅をするメンバーには君の情報はそういう風に伝わっている。でも、明日いよいよ再封印するって聞いてさ、カイ様だったら大丈夫だとは思うんだけど、もしも失敗したらって思って……ロザリアに、伝えておきたくなった」
「それなら……はい、伝わりました。私からは返せないんですけど……ごめんなさい」
「うん。ところで話は変わるんだけど、俺が観察してる限り君って面食いだよね?」
「えっ」
本当に話変わりすぎ……でも間違ってないとは思う。
昔からカイににっこりされてお願いを言われるとなんでも叶えたくなってしまう性質だったし。
「そして君は俺の事も一応綺麗な顔だと思ってる。違う?」
「お、お綺麗だと思います」
アレス様ほどではないが、ランハート様と並んでもそん色ないイケメンだと思う。
ランハート様は男気溢れる筋肉イケメンだが、ジーンさんは少し儚げで陰のあるイケメンだ。
そのジーンさんがにやりと笑って、私の喉を指でつう、と撫でながら言った。
「もしも君が『恋心』を取り戻すことがあれば、その時はこの顔で徹底的にお願いしに行くよ。少しでも頷けばその喉に容赦なく逆鱗を埋め込んでやる」
私は乾いた笑いを漏らした。
「恋心なんて、不要だと思ってますから戻る事はないと思います。今のところ、カイの傍に居られればそれで十分なので」
「自覚してないうちに君を落とさなくちゃいけないわけだね」
今度のは意味がわからないので首を傾げたが、それ以上ジーンさんが話すことはなかった。
宿へ戻ると、裏庭の方でランハート様が素振りをしているのが見える。
かなり真剣な様子だったので、邪魔しないようにしようと思ったが、私に気づいて手招きをされたので近寄った。
「少し話があるんだ。ジーンも一緒にいてもいいけど、他に人目がない方がいいから、少しだけ俺の部屋に来てもらっていい?」
「ランハートさんなら大丈夫だから俺は自室にもどりまーす」
ひらひらと手を振ってジーンさんは言ってしまった。
ランハート様はきょろきょろと誰かに見つからない様にしながらさっと部屋に私をいれた。
「早速だけど、明日の事について話したいんだ。ロザリアちゃんは明日の封印の儀式がどんなものか知ってる?」
「いえ、具体的には何も知りません」
「だと思った。簡単に説明させてよ。アレス殿下は特殊能力『封印』を持っているのは知っているよね?これは代々王家に近しい人が顕現させる能力で、魔王封印を目的として授けられているという仮説がある。ただし、強大な魔王を『封印』するには膨大な魔力が必要になる。持てる力全てを使うような……命がけ、いや、正直に言うね。アレス殿下は、その命と引き換えに魔王の『封印』を行うんだ」
「えっ……?」
それじゃ明日アレス様は、死ににいくってこと……?
「これは王家でも一部の人間と、今回選ばれたパーティーメンバーのうちカイ様と俺の2人も少し前にしったばかりだ。リーナ殿下は王族でメンバーだけど、彼女も知らない側の人間ね。お願いだ、ロザリアちゃん、アレス殿下を助けてくれ……」
「た、助けるってどうやって……」
「君には『増幅』があるんだろう!? アレス殿下の魔力も、カイ様の治癒能力も抜群に強い。その上ロザリアちゃんが『増幅』を使えば、アレス殿下は命を削らなくとも『封印』ができるかもしれない。付いて行く事さえ許されない俺からのお願いだ……!」
がばり、とランハート様は勢いよく頭を下げた。
「もちろん君にその能力を酷使させることは、アレス殿下と共に瀕死になる危険性があるというのもわかっている。その上で願う俺に対して怒ってもいいし蔑んでもいい。だけど……」
「ランハート様、とりあえず顔をあげてください!!」
それでもさげたままの頭を、私はそうっと撫でた。
なんだか泣いているみたいで、慰めてあげたくなったのだ。
「私にできることかはわかりませんが、精一杯やりますから。ランハート様のところへ、皆で帰ってこれるように」
ランハート様を安心させるように、なんでもないことのように優しく伝える。
明日がそんなに大変なものだったなんて、全然知らずに行くところだったので教えてくれて助かった。
心構えはできているつもりだったけれど、改めて気を引き締めた。




