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カイとごはん

 起きたら夕方の5時だった。

 この旅の最中昼夜が狂いっぱなしな事が多い。

 シャワーを浴びて、お腹が空いたので食堂へ行こうかなと思っていると、ココン、コン、コンとノックの音がした。

 いつも夜遅くなのに珍しいなと扉を開ける。


 いつも通り差し出された腕輪を『無効化』すると、カイが「リョークンは絹の産地で、リーナ殿下はその絹を使ったドレスを見に行った」と言った。

 いつも一緒だからお出かけにも連れていかれるのかと思ったが、よく考えたらカイはいつも白い聖女服を身にまとっていて私服など見た事もない。

 必要ないといって断ったのかもしれない。

 一緒に食べようと思って、と宿の食堂から夕食も運んできてくれていた。


 カイの持ってきたトレイには、少し硬いパンと、兎肉のシチューにサラダ。小さいチョコレートがついている。

 部屋には2人分の椅子やテーブルがないので、敷布だけして2人で並んで座った。


「アレスと塔に登ったんだよね、大変じゃなかった?」

「めちゃめちゃ大変だったよ。どこまでいっても階段ばっかりで、8時間くらい登りっぱなし。カイに治療してもらえてなかったら今頃歩けないよ」


 カイの魔法はいつも暖かくてくすぐったい感じになる。

 すごいすごいと褒めちぎるが、カイは控えめに微笑むだけで自慢することも、大仰に喜ぶこともない。

 パンをスープでふやかしながら食べ終えると、デザートのチョコレートを摘まんだ。

 綺麗な薔薇の形をしていて、口のなかで蕩ければ、中からどろりと液体が出てきてほんのりとお酒の味がする。


「おいしい。宿にこんなデザートがついてくるなんて初めてじゃない?造形も綺麗だしすごくお洒落」

「実は僕が作ったの」


 さっき治療魔法を褒めた時とは雲泥の差でカイは嬉しそうに笑った。

 私は驚いてチョコレートとカイの顔を交互に見て、ようやく「ええ!?」と声をだした。


「すごっ……! あの時のチョコよりすごい上手になってる。既製品かと思ったよ!?」

「ふふ。一緒に作った時の事?あれから何年経ってると思っているの? 昨日アレスとロザリアが塔に登ってる間の空き時間で厨房を借りて作らせて貰ったんだよ。気に入ってくれた?」

「もちろん! すごいね、カイ。こんなに上手だったらいつでもお嫁さんにいけちゃうじゃん……あ、聖女様は結婚できないんだっけ」


 こんなに美少女で料理もできて優しく強いなんて、結婚できるんだったら引く手数多だよねえ。

 けれどカイは何も気にしていないように、ふふふと笑った。


「ロザリア、旅の間ずっと一生懸命だったから気づいてないんだね。昨日はね、チョコレートデーだったんだよ。塔に登ってたから今日になっちゃったけど。ね、ロザリア大好きだよ」


 微笑む姿が眩しい。

 うっかり真正面から凶器とも言えるその可愛らしさをくらった私はまさかの鼻血をだした。

 慌てたカイに治療魔法をかけられるが、夢見心地のまま私は目を閉じた。


「幸せすぎて溶けそう」

「ロザリア!! 帰ってきて!!」


 がくんがくんと肩を揺らされてカイを見たがやっぱり可愛い。


「ありがとう、すっかり忘れてたから私は用意してないの、ごめんね。でもお返しはちゃんとするから!」

「気にしなくていいよ、んん!」


 カイが少し大きめの咳払いをした。

 最近よく咳払いをするし、声がカスカスな時もある。

 もしかして風邪を引いているのかも?と聞いてみたが、カイは横に首を振るだけで「心配しなくていい」と言った。



 しばらく話をしていると、リーナ殿下から『通信』が入ったと言ってカイは慌てて自室へと戻っていった。

 残された食器を持って食堂へ返しに行くと、アレス様とランハート様が食事をとっていた。

 ランハート様が、タバコを咥えたまま話しかけてくる。


「ロザリアちゃんもう体調はいーい?アレス様と話してたんだけど、もう1日ここで休んでから出発するってさ。大丈夫そう?」

「昼夜逆転してしまった以外は平気です。次はどこへ行くんですか?」

「後で部屋で話そうか。30分後に俺の部屋に来てくれ」


 4つの欠片を集めると鍵になるとは聞いているが、そこから先の事はまだ説明されていない。

 言われた通り30分後にアレス様の部屋を訪ねると、ジーンさんも来ていた。

 リーナ殿下とカイはいないけど、あの2人なら説明を受けなくてももう知っていそうだ。

 アレス様の部屋のテーブルに地図が広げられており、覗き見るとリョークンとブルールの間の山に印がつけられていた。


「欠片を特定の手順を踏んで組み合わせれば鍵となって扉が開かれる。それは文字通りどこであっても扉が出現してしまうので、街中だとまずい。そのため少し離れたこのあたりの山で行う」


 アレス様がその印を指さした。


「扉はポータル形式だ。他の人が迷い込まぬよう認識阻害をかける。扉の中にはカイと俺、そしてロザリアについてきてもらう。後の3人は着いてくる必要はない」

「ロザリアが行くなら俺も行きますよ」

「そんな……殿下!最後までお供させてくださいっ!」



 ジーンさんがさらりと言うのに続いて、ランハート様がいつもの余裕そうな雰囲気を微塵も残さずアレス様に食って掛かった。

 あまりの必死さに驚いていると、アレス様がため息をついた。


「ランハート、万が一の為にお前には現地に残って欲しい。リーナを頼むぞ。ジーンは……まあ、いいだろう。しかし、1度入ればもう戻れない可能性もある。よくよく考えて決めるように。ロザリア、お前には逆についてこないという選択肢がない」

「大丈夫です。カイについていくって決めたんだもの」


 私が言うと、アレス様は頷いて皆に向かって「明日1日やり残すことがないように過ごせ」と真剣な瞳で言った。


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