リョークンの塔
翌朝早くに出発して、リョークンへ向かう。
昨日の龍神教会はリーナ殿下が王都と近くの街に『通信』して調査と捜索逮捕を依頼した。
カイのおかげかジーンさんの腕にあった採血の痕も綺麗に消えて、問題なさそうに見える。
一緒に馬車に乗り込む時に「昨日はありがとう」と言って何やらキャンディのようなものを「あーん」と言いながら差し出してきた。
思わずぱかりと口を開けて食べそうになったところを、アレス様がやってきてその手で私の口を塞いだ。
「ただの飴ですよ。ご心配なく」
にっこり笑うジーンさんに対して、アレス殿下が無表情で首を振った。
「意味のわかっていない奴にすることではない。飴を与えたいなら手ずからではなく普通に渡せ」
「殿下だって意味のわかってないロザリアに青い薔薇を贈ったくせに。知ってるんですよ」
「……とにかく、駄目だ」
珍しく狼狽えるアレス殿下に、肩をすくめたジーンさんが私の手にころんと飴を載せてくれた。
薄い紫色の飴は、ブドウの甘い味がした。
急な山の下り道を降りると、渓谷の間に見えてきたのがリョークンだ。
ここで手に入れる予定の風の欠片は一番高くそびえたつ塔の上にあるらしい。
薄く雲がかかっており、先の方がどうなっているかはここからは見えない。
「水龍は空はとべるのか?」
「なんでもできるとか思ってます? 飛ぶのはトゥーリオ。陸を駆けるのはライカン、俺は水の中専門ですよ」
まだ1か月もたってないと思うけど、ライカンやトゥーリオの名前を聞くとすごく懐かしい気持ちになる。
2人も勉強頑張ってるのかな。
「トゥーリオというとあの吸血鬼か。ここに呼び寄せるには遠すぎる……仕方ない、正攻法で登るしかないな。ここはトラップはないが階段が永遠に続いているんだ。魔法騎士団の訓練だと思うことにしよう」
リョークンにいざ降り立つととても風が強い。
宿屋で受付を済ませて部屋に入ろうとするとアレス様に止められた。
「ロザリアも一緒に登るんだぞ?」
「ええええ!?」
「目を離すと何するかわからないからな」
魔法鞄に食料と水をいれてさっそく登り始めた真っ白な階段は、真っ白な空間にあるので登っても登っても景色が変わらず進んでいる気がしなくなってくる。
窓もないので、今がどのあたりなのかもわからない。
そういえば女神様と出会ったのも真っ白な空間だったなとふと思い、アレス様に話しかけた。
「不勉強ですみません、リオーネ様って一体どんな女神さまなのですか?」
「国教については2年生からの選択授業で学ぶ筈だからロザリアが知らないのも無理はない。女神リオーネは慈愛の象徴、6つの感情のうち喜びを司る女神だ。人に与えることを喜びとし、無償の愛を美徳とする。その反面奪う者には容赦せず、一番重い罪として罪を犯した者に一矢をもって償いをさせるといわれている。結婚式でリオーネに誓った夫婦は離婚を許されず、1番強い宣誓の意味を持つんだ」
「そんな女神様に聖女として認められるってカイは相当凄いのではないですか?」
「そうだな。ただリオーネは面食いという噂もある。聖女に選ばれたものは男女問わずみな美しい容姿をしているからな。ロザリアも女神に願いを聞き届けてもらえたのだから、御心に触れるところがあったのだろう」
足がだんだん上がらなくなってきた。
休憩にしよう、と殿下が魔法袋から飲み物とサンドイッチを出して広げる。
持ってきていた小さな時計を見ると、登り始めてからなんと4時間も経過していた。
「こんなの1人で登っていたら発狂しそうです……」
「その通りだ。この塔は別名試練の塔ともいって、噂を聞きつけた人間がごく稀に精神を鍛えるため登ることがある。1番上まで登れば至上の宝を手に入れることができるという噂を聞いて登る者もいる」
「お宝……風の欠片のことですか?」
「登ればわかるだろう」
それはそうだけど、登り切るのは一体いつになるやら。
リョークンについたのは既に夜だったのに、休まずに登り始めるとは思わなかった。
今は真夜中だし、少し食べると眠くなってくる。
「これも飲むといい。元気がでるぞ」
差し出されたのはどぎつい青色をした飲み物だ。
ポーションとは違い透明ではなく濁っている。
本当に飲むの?という目線でアレス様を見るが、涼しい顔をして口にいれている。
きついのは見た目だけかもしれないと思って、覚悟を決めて口にいれた。
「うっ……」
めちゃくちゃにまずい。
甘さとしょっぱさが一度に押し寄せてきて、後味が渋すぎて味覚がおかしくなる。
思わず吐き出しそうになったが、アレス様が「その1瓶で1戸建てが買える」といったので飲み込んだ。
しかしまだ中身は半分以上残っている。
げっそりした顔でアレス様を見るが、にこりときらきらした顔で微笑むだけだ。
これを飲んでもあの顔でいられるとは恐ろしい人だ。
逃げることは許されないようなので、鼻をつまんで一気に流し込む。
倒れこんで胃の中身を吐き出さないよう必死に意識を保っていると、アレス様がやってきて私の口にチョコレートを押し込んだ。
ふと、今朝ジーンさんに飴を差し出された時の事を思い出して尋ねてみた。
「あの、ジーンさんの飴をあーんされることに何か意味があるのですか?」
「給餌は龍人に見られる求愛行動の1つだ」
思わずチョコレートが口から飛び出そうになった。
ジーンさんなんてことを……!?
そんなことをやったら誤解されるのは目に見えているのに。
「あの、でも今私殿下にあーんされたんですけど……」
「何か問題があるか?ロザリアだってクリスマスパーティーの時、俺に生ハムを食わせただろう」
そういえばそんなこともあった。
アレス様が目を細めてくすりと笑う姿が色っぽい。
「お互いに給餌をすれば両想いということになる。俺も今チョコレートをロザリアに食べさせたからこれで両想い成立だな?」
「いいいいやあの、そんなつもりではなく!」
残りの生ハムが勿体なかっただけなのだが、それを王子様に食べさせたと言われるとまずいので私は言い訳ができずただ顔を真っ赤にした。
「髪と同じトマトのようになっているぞ。……美味しそうだ」
舌なめずりをして近づくアレス様も色っぽすぎてやばい……じゃなくて、はやく何か言わなければ!
目を白黒させながら慌てる私をみて、アレス様はたまらずに噴出して笑い始めた。
「っふ……!冗談だ、俺たちは別に龍人じゃないだろう?」
「は――――……もう……」
その美しい顔で揶揄うのは心臓に悪いので本当にやめて欲しい。
食べ終わったごみを片付けてまた階段を登りはじめた私の後ろをアレス様がついてくる。
「カイと約束しているからな。この旅が終わるまでは手を出さない」
「ん??」
「さて、王家の記録によると普通に登ればもう同じ分だけ登れば上へたどり着くそうだ。強壮薬もかけたし頑張ろう」
あと4時間かぁ……既に足がパンパンすぎて、帰ったらカイに回復をかけてもらうことになりそうだ。
でも、薬のおかげか身体が軽い。
まるで翼が生えたかのように軽い足取りで進むことができたが、あともう少しというところで切れてへたばった。
上の方にようやく見えてきた扉までに行くのに足があがらない。
「うぅぅ、ヤクを……ヤクを下さい……!」
「1日1本以上飲むと死ぬぞ。あともう少しだからな」
激励を受けて壁に捕まりながらなんとか登ろうとするが両足ともぷるぷるする。
薬ですごく元気になった気がして調子に乗った反動がきているみたいで、油断すればそこへ崩れ落ちてしまいそうだった。
なんだか息も苦しい。
ちゃんと空気を吸っているのに吸った感じがしない。
「仕方ない、あそこまでだったら飛べるだろう」
アレス様が私に向かって魔法を使った。
風が身体を包んで高く跳躍し、ひとっとびで扉の前へ降り立った。
私だけを飛ばすと、アレス様は自身の足で登ってくる。
2人でそろって扉を開けると、そこは雲の上だった。
ちょうど朝日が昇る瞬間で、空が明るくなり始めている。
「綺麗ですね……もしかしてこれがお宝なのかな」
「どうだろう? しかし、達成感があるな」
少しの間見惚れていると、激しい風が吹いて飛ばされそうになり思わずアレス様にしがみついた。
温度調節魔法と似たような感じでアレス様が防護膜をはってくれたので、そのまま2人で目の前にある風の欠片に近づき手に取った。
「これでようやく揃いましたね」
「ああ。4つを揃えて鍵にすれば道は開かれる。さて、戻るか」
「ああ……もしかしてまた階段地獄……?」
「帰りはこれを使う」
アレス様は土魔法でソリを作った。
草滑りで使っていたのよりももっと大きくて頑丈そうだ。
下る階段手前にソリを置いて、私を前に座らせるとアレス様がその後ろに座る。
私を包み込むようにしてソリの手綱を握ると、一番上にあった赤いボタンに向かって氷魔法でつららを飛ばした。
「俺も支えるがロザリアも踏ん張れよ」
カチリと音がすると、今まで登ってきた階段全てが坂に変わる。
ガードが存在するから坂をそれて落ちる心配はなさそうだが、登ってきた分すべてがこの坂だとすると相当な長さである。
アレス様が床を蹴ると、ソリが出発した。
時折魔法で軌道を変えながらソリはだんだん速度を上げていく。
「ひゃああああ!!」
「喋るな、舌を噛むぞ」
8時間かけて登った塔が、20分の滑り台になった。
最初の5分はちょっと楽しかったけど、残り15分は地獄だった。
ひたすら振り落とされないよう半泣きアレス様にしがみついていたので、塔の下に到着したときには足はがくがくで腰は抜けて立つこともできず、下で万が一のために待機していたランハート様がカイを宿まで呼びに行ってくれたのだった。
夜通し鍵を取る為に頑張っていたので宿に帰ると寝ようと思ったが、身体が緊張しきっていた名残で、疲れているのに目を瞑っていてもなかなか寝付けない。
『無効化』してしまわないよう気を付けながら睡眠の魔法薬を飲んだ。




