攫われたジーンさん・下
水の中が予想外に冷たくない。
息も全然苦しくないと考えて、私はジーンさんの逆鱗を持っていることを思い出した。
喉には張り付いてはいないけれど、持っていれば効果を発揮するらしい。
水の上を歩けばさっきの男に見つかる可能性があると思い、そのまましばらく水の中で流れていく水を眺めて待つことにした。
たぶんこの川はさっきの滝に繋がっているのだろう、水の流れは速く、逆鱗を持っていなければあっという間に押し流されて死んでいたかもしれない。
ふと水の中に、龍の紋様が書かれた丸い石を見つけて近寄った。
よくみると、龍の手の部分が取っ手のようになっている。
触ってみると魔法で閉じられているようなので『無効化』をかけてみると、急に扉が水の重みで押されて開き私も水と共に中に入ることができた。
扉からどんどん水が入り込んできて、慌てて『無効化』をとくと、扉はまた自動的に閉まる。
水浸しになってしまった上に真っ暗だが、あの紋章の扉の中ということは、龍神教会の中に繋がっているのかもしれないと思い、腕輪でアレス様に連絡をとろうと思ったがうんともすんとも言わない。
少しだけ灯りをつけてあたりを見回せば、あまりにも天井が低く、下から何か物音がする。
耳を床につけてみると、どうも料理をしているらしい生活音が聞こえたので、おそらくここは天井裏のようなものだろう。
別の場所に移動するにはもっと天井が低くなるので這って移動するしかないようだ。
せめてどこか中に降りれる場所を探して、ジーンさんを探すかアレス様たちと合流しようと思い、私は匍匐前進を始めた。
さっきの水が流れていくのに沿って進む羽目になったが、逆鱗を持っているせいか移動速度が妙に早い。
向かうのは、逆鱗の光が指す方向だ。
頑張って進むうちに水は途中にあった排水溝に流れ着いてしまい、匍匐前進を続けるのが大変になった。
あちこちが擦れて痛いが仕方がない。
ようやく逆鱗の光が下を向いたので、私は小さい穴を魔法であけて中を覗き込んだ。
人間姿のジーンさんが牢のようなところに倒れるように横たわっており、足首には枷がつけられていて、腕にはいくつもの注射のような痕がある。
鉄格子の向こうには誰の姿も見えないから、今なら忍び込んでも大丈夫そうだ。
なるべく音がたたないように、土魔法で少しずつ穴を広げて私はジーンさんの傍に降り立って様子を確認する。
息は……大丈夫、してる。人の気配を感じたジーンさんが薄目を開けて私の姿を見ると、その目がじわじわと見開かれた。
「なぜ、ロザリアがここに……」
「逆鱗に教えてもらったの。鎖を切るから待っていて。起き上がれそう?」
「さんざん血を抜かれていてふらふらするんだ。連中人の血を飲めば長寿になるとかほざいていたが、そんなことで若返ったりしたら今頃トゥーリオは赤ちゃんだろうよ」
風の魔法で枷を切ろうとしたが魔法が弾かれてしまった。
ならば『無効化』をと思って付与したが、付与しながら魔法をうって壊すことはできないので物理で壊すしかない。
ランハート様に貰った短剣で鎖をなんどか小突いたがさすがに切れなかった。
「龍変化できれば形が変わるから無理矢理壊すことはできると思うけど、ロザリアじゃ変化するほどの水魔法をここで貯められないよね? 俺は今は無理。」
「変化したあと、泳ぐことはできますか?」
「泳ぐだけならできると思うよ」
私は頷いて、頭の中でこの教会に忍び込んだ時の魔法扉を想像した。
そこへ遠隔操作で『無効化』がかかるように強く念じる。
どうか届いてほしい。
しばらくすると、大量の水の音が聞こえてきた。
扉から流れ込んできた水は、途中の排水溝にのみ込める水量を超えて私が開けた牢の天井穴からドバドバと垂れ流れてこんでくる。
水の勢いで穴は広がり、滝のようになったそれはジーンさんの身を包んで龍変化させ、足枷がはじけ飛んだ。
龍になったジーンさんの身体を支えるようにして寄り添うと、ジーンさんは私を掴んでその滝を登り天井裏を泳いでいく。
扉を抜けて、川まで逃れると、水の勢いが増してジーンさんが少しふら付いたのを、今度は私が逆鱗の力で支えながらなんとか陸にたどり着いた。
すこし陰になった岩場に、人間に戻ったジーンさんを座らせると、「『通信』を許可してください」という声が聞こえた。
リーナ殿下だろうか?
私が「はい」と答えると予想通りの声で「今どこにいるの? あなたは無事なの?」という『通信』が聞こえた。
焦っているのかリーナ殿下の姿はなく声だけだ。
「無事です。話せば長くなるので割愛しますが、ジーンさんの救助に成功しました」
「どこだ!? リーナ、『通信』でロザリア達の様子を映せるか?」
「ロザリアが許可してくれればできますわ」
私に許可を求める声が聞こえて再び承諾すると、「じっとしていろ」とアレス様の声がまた聞こえてしばらくして皆がこちらへ向かってくる姿が見えた。
「ロザリア! 教会内に急に水が流れ込んできて慌てて退避せざるを得なかった。ジーンをどうやって助け出したんだ?」
「あの、その水は多分わたしのせいです……」
カイがジーンさんの身体を治療する間、私は男に追いかけられて落ちた先で別の入り口を見つけて入り込み、ジーンさんを龍変化させて一緒に逃げてきたことを話した。
「わたくしとカイを庇って男の注意をひきつけ離れてくれたのです。その間に移動したおかげであの後戻ってきた男にも見つからずにすみました」
「なんて無茶な事を……」
「ロザリアに何かあればそのピアスが割れてカイにはわかると言っていました。……ただの幼馴染ではないみたいね?」
少し睨むような視線が向けられて、私がびくりと震えるとその視線をアレス様が背中で遮って私の前にたった。
「リーナ、それよりもロザリアにきちんと礼と謝罪を言うべきだろう。カイが居れば大事はなかったかもしれないが、暴れれば騒ぎになって捜索どころではなくなっていた」
「……」
「リーナ!」
「……助かったわ」
ぷいとそっぽを向いてリーナ殿下はまたカイの元へ行った。
去り際のもの欲しそうな目線、思った通りカイに同じようなピアスをねだっている声がして、私は自分のピアスをそっと上から押さえて隠した。
「ロザリア、場所が離れすぎて腕輪の通信が使えずお前と連絡がとれなくて……」
「はい。勝手に行動してごめんなさい」
私は俯いた。
危ないことをするなとまた怒られると思ったのだ。
けれど、降ってきたのはお小言ではなく抱擁だった。
しっとりと切ない声が耳元で囁かれる。
「何かあったらと思うと、怖かった」
「あ、その……私まだ濡れているので、アレス様もその、汚れてしまいます」
私が言うとその瞬間ごう、という音がして魔法で一瞬で服と髪の毛が乾かされた。
抱きしめたまま離す気はないらしい。
ジーンの治療を終えたカイがこちらを振り返って、アレス様に抱きしめれた私の姿を見てびくりと反応した。
ち、違うの。
これは仲間に対するもので、アレス様は私のことを好きだってわけじゃないから!
いやえぇと、そうじゃなくって私……、私もカイが一番だから!!
こちらに近づいてくるカイに一生懸命アピールする。
カイはすぐそばまでくるとアレス様の肩をぐいと掴んだ。
「アレス、ロザリアから離れてください。彼女も膝を擦りむいているので治療します」
「あ、あぁ……すまない」
はっとしたアレス様が私を開放して離れジーンさんの様子を見にいった。
匍匐前進の時にできた擦り傷を、カイが丁寧に時間をかけて治療してくれる。
「ロザリア」
「はい」
「今夜は寝れると思わないで」
テントに戻って夜になると、宣言通りカイが忍んできて、私はカイの綺麗な顔を真正面から見続けるように両手で固定されたまま懇々と説教を聞くハメになった。
1人でジーンさんを攫った男達を追いかけようとしたことからはじまり、最後はアレスとの距離が近すぎる、とまるでお母さんのようだ。
説教のしすぎか頻繁に咳払いをしている。
私が疲労で眠たさのあたり若干うつらうつらしていると、ため息をついて簡易ベッドに寝かしつけてくれる。
「寝れると思わないでって言ったのに」
「だめ、もう無理。むにゃ……」
声とは裏腹に優しい手つきで私の頭が撫でられて、そのまま落ちるように眠った。
あんなに近くで顔のカイを見続けていたせいか、夢の中にもカイが出てきてくれた。
「ロザリア、……てる」なにか言っているがうまく聞き取れず、首を傾げる私に向かって、困ったように微笑んだカイが近づいてきて、私にキスをした。
まるでそうするのが自然みたいに軽く食んでから離れると、ほう、とため息をつきそのまま闇の中へ消えてしまった。
変な夢だ。




