攫われたジーンさん・上
ブルールを経って、リョークンへいくまでの間にある山の麓集落で私たちは一時休憩していた。
あとはこの山を乗り越えれば風の渓谷と言われるリョークンへたどり着くのだが、山が大きすぎて道中で暗くなってしまう可能性があるため、今夜はこの集落で朝を迎えてから出発しようという流れになりそうだ。
集落には宿などないので今夜は付近で野宿になる。
私もだいぶ慣れてきて、いつものようにメイドさんと一緒に食事の準備をした。
今夜のメニューは集落の人にわけてもらった豆やベーコンを使ったパスタだ。
乾燥させたパスタの麺は持ち運びやすく、何も材料がなくても最悪塩さえ振ればいいので旅では重宝することを覚えた。
缶詰や携帯固形パンよりは何倍も美味しい。
お腹が膨れると、はやめに就寝することにした。
集落付近には魔物や動物も寄ってこないので今日は見張りはなくても大丈夫そうだ。
夜中にトイレに行きたくなって目を覚ますと、なにやら外でごそごそしている人がいる。
誰だろうと思って近づくと、知らない男の人数人が大きな革袋を抱えて立ち去ろうとしていたところだった。
明らかに怪しいので「何をしているんですか?」と声をかけると、一斉に逃げ始める。
「ちょっと……!まさか何か悪いことしてるんじゃないでしょうね!?」
じゃなきゃあんな風に逃げるものか。
山の方へ男たちが行くのを魔法を使って追い詰めようとすると、私の背後にも男たちの仲間がいて頭を殴られ私は気絶した。
◇◆◇
「ロザリア、大丈夫ですか?」
カイの声がする!!
慌てて起きた私の身体はゆっくりと簡易ベッドに戻された。
「落ち着いて。治療しましたが君は誰かに殴られて山の麓に倒れていたんです。その時何か見ませんでしたか?」
「あっ、そうだ。私……」
私が自分の見た事を思い出しながら語ると、カイはテントの外へ出ていき、アレス様とリーナ殿下を伴って帰ってきた。
「ロザリア、お前が見た男達が担いで逃げたのはジーンだ。目的はわからないが、昨日集落の民から分けてもらった豆とベーコンに睡眠魔法がかけられていたらしい」
「おかげで昨夜はあなた以外目を覚まさなかったのです。わたくしメイドが裏切ったのかと思って問い詰めてしまいました」
「……カイ、後でメイドの様子を看ておいてくれ。問いただしたがあの豆とベーコンを渡したのはどうも集落の人間ではないようなのだ。我々は見分けがつかなかったから、勝手に思い込んでいたが、集落の人間に聞くと誰もその人物を知らないという」
私のテントは小さいので人が4人もいるとぎゅうぎゅう詰めである。
これ以上人は入らないので外からランハート様の声がした。
「アレス殿下〜〜。ロザリアちゃんが倒れていた辺りを調査したらこんなものが落ちてましたよ〜〜」
入り口の隙間からにゅっと伸びた手がアレス様の手に何かをのせた。
龍を模した飾りボタンのようだ。
「これは……確か龍神教会の紋章だ。なるほどジーンの龍変化を見た連中が攫っていったんだな」
「まあ、龍神教会はとても過激な事をするそうじゃありませんか。龍を信仰しているのかと思えば、その肉を食らえば寿命が延びるとかいう経典を振りかざしているような人たちですもの。アレスお兄様、一刻もはやくジーンを見つけて差し上げないと危険ですわ」
「リーナ、ジーンに『通信』はできないのか?」
アレス様に言われて、リーナ殿下が胸に手を当てて目をつむった。
魔力の流れを感じるが、リーナ殿下は首を横に振った。
「駄目ですね。ジーンの声が聞こえません。わたくしたちのように強制的に眠らされているか、届かないようなところにいるのか……」
「まずいな。今から心当たりのある箇所を捜索するにしても時間がかかりすぎる……」
その時、私の荷物が急に光を発した。
紫色に光るそれは、やがて収まると一筋の光になって一定方向を刺している。
皆が視線を荷物に向けたので、私はベッドから起き上がると光の正体を探した。
「あ、これ……ジーンさんから預かっていた逆鱗です」
「逆鱗?あなたジーンといつの間に……」
「リーナ、今その話はいいだろう。その逆鱗、少し貸してくれるか?」
どうぞ、と差し出した逆鱗にアレス様が触れようとすると、バチリと大きな音がして手が弾かれる。
アレス様の手が焼け焦げて異臭を放ち、カイがすぐさま治療した。
「カイ、ありがとう。ロザリア以外は触れないらしいな。その逆鱗の光、おそらくジーンの居る方向を指しているに違いない。すぐに準備して出発しよう。ジーンがどんな状態かわからない以上カイを連れ行きたい。リーナはここでランハートと待っていてくれ」
「嫌ですわ。カイ様が行くならわたくしも着いていきます。ランハートがわたくしを裏切ったらどうするの?」
「ランハートはそんなことはしない!」
結局、アレス様の説得にリーナ殿下は首を縦に振ることはなく全員で向かう事になった。
とても目立つことこの上ないので、もし居場所をつきとめたら中に突入するのはアレス様とランハート様だけで、私とカイとリーナ殿下は傍で隠れて待つという作戦をとる。
メイドや御者をテントに残して私たちは山に入った。
光の指す方向を目指しながら進むこと数十分、流れる滝の中へと光が続いているのを先に見に行ったランハート様が戻ってきて報告してくれる。
「かなり広い空洞になっており、見張りが立っています。ボタンと同じ龍の紋章をその肩に着けていたのでここで間違いないかと。他にも出口のある可能性がありますが覗いてみた感じではわかりませんでした」
「では予定通り俺とランハートで行くぞ。見張りのその肩の飾りを奪ってつければ中に入っても気づかれにくいかもしれん。リーナの『通信』とロザリアのバディの腕輪があれば連絡もとれるだろう。では、3人は見つからないよう隠れていてくれ」
私達は頷いて、近くの木の下にそれぞれ身を寄せた。
アレス様とランハート様が滝の中へ入っていってからしばらくして、リーナ殿下が話しかけてきた。
「あなた、ジーンの逆鱗を持っているということは彼の愛を受け入れたの? 結婚なんてしてない筈よね? 旅の前はあんなに雰囲気悪かったのに」
ずっと聞きたかったのを我慢していたようだ。
隣で聞いているカイも興味があるようにこちらを見ている。
「いえ、ブルールで水の欠片を取りに行くときに力をお借りすることがあって、その時にそのままお預かりしているだけです。ジーンさんはカイの事が好きなので、私に愛を告げることはないですよ」
「はあ? 逆鱗を預けるような相手なんて恋人や夫婦じゃないとあり得ないんじゃなかったの? というかジーンは綺麗なものや美しいものが好きなだけで、カイのことを恋愛対象として見ているわけではないわよ。カイの事が好きなのはこのわたくし。ジーンなんてライバルにもならないわ」
「薄々気づいていましたが、リーナ殿下はその、カイの事をそういう意味で見ておられたのですね」
「今頃気づいたの? ジーンの事といい、もしかしてあなた鈍いのではなくて? 理解したのならわたくしとカイの仲を邪魔しないで頂戴ね。ただの幼馴染さん」
念を押すように言われて、私は少しムッとした。
ただの幼馴染じゃないもん、親友だもん。
そう言いたかったが、カイが私にだけわかるように首を振ったので飲み込んだ。
今リーナ殿下を刺激して言い争っている場合ではないと冷静になろうとする。
そこへ腕輪からアレス様の声が聞こえた。
「ロザリア、別の入り口を見つけた。おそらくお前たちが隠れているあたりにありそうだが、その入り口から出て行く者が居るから見つからないよう気をつけろ」
それを聞いてピタリとお喋りをやめて息を潜める。
アレス様の言う通り、男が1人私たちの隠れている場所の近くの茂みから出てきた。
「あの男1人ならわたくしたちでも倒せるのではなくて?」
「しっ……!」
カイがリーナ殿下の口を塞いだが遅かった。
声が聞こえた男がリーナ殿下が隠れている方に近づいていく。
私はまずいと思い、自ら隠れていた場所を飛び出した。
「誰だお前は!? 待てっ……!」
男は私を追ってくる。
よしよし、このまま引き離せればリーナ殿下とカイは無事だろう。
歩きにくい森の中を進んで逃げながら私は見つからない様に男を倒す方法を考える。
やっぱり声が出せない様にして縛って転がしておくのが一番かな?
だいぶ離れたのを確認してから男の方を振り返って魔法を放つと、相手は私の魔法を弾いた。
『無効化』かと思ったが何かアイテムのようなものを持っている。
『魔法障壁』をはれる装置のようだ。
もしそうであれば、その装置が壊れるくらいの魔力で押し勝つ必要がある……私は『増幅』で自分の魔力を増やし始めたが、男が近づいてくる方が速い。
後退って男の手を避けると、その先に地面はなかった。
落ちる――――男が勝ち誇った顔で踵を返す姿を見ながら、私が落ちた先は水の中だった。




