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水龍の加護

 

 随分とよく寝た気がする。

 起きた時に、ふとベリーの甘い香りが自分からして首を傾げた。

 あれ……私いつリップクリームを塗ったっけ?

 ここ数日忙しくてゆっくり手入れする暇もなかったので、荒れていた筈だったのに、しっとりとしている。

 このままだと皮がめくれて血がでそうだったので、やらなきゃな~~とは思っていたから、もしかしたら眠たい中無意識で自分でやったのかもしれない。


 それより今は何時だろうと思って時計を見れば、16時を回っていた。

 寝たのが多分朝9時くらいだから……うわあ、寝すぎて今夜は眠れないかも。


 風呂も入らずに寝てしまったので身体が気持ち悪い。

 この部屋にシャワーはついているのだろうか?

 とりあえず今皆がどうしているのかもわからないし、私は枕元に置いてあったハンドベルをならしてメイドを呼んだ。


 すぐに来た眼鏡をかけたメイドは、シャワーが使える様タオルや石鹸を用意してくれたあと、「身体を清め終わったら、アレス殿下がお待ちですのでまたベルでお知らせください」と言って去っていった。

 やばい、いつから待たせてるんだろう?なるだけ急いで済ませよう。


 メイドに渡された石鹸は柑橘系のいい香りがする。

 身体がさっぱりしてとても気持ち良い。

 髪の毛を乾かしたかったが私にまだ繊細な魔法技術はないので軽くタオルドライしてからまたメイドを呼んだ。

 ダメ元でお願いすると魔法で乾かしてくれ、アレス様に頂いた香油を使って丁寧に櫛で整えてもらえたので髪の毛はつやつやの仕上がりになる。

 そのままメイドに案内されてアレス様の部屋に入ると、ランハート様とジーンさんも居た。


「お待たせして申し訳ありません」

「ロザリア、いや、夜通しの行軍のようで疲れただろう。……あぁ、香油使ってるんだな」


 整えてもらった私の髪の毛を1房手にとって、アレス様が撫でた。

 最近アレス様のスキンシップが少し増えた気がする。

 「俺のものと印象付ける」ためなのだろうが、このメンバーでそれをする必要ってあるのかな?


「アレス殿下、ロザリアちゃんにも説明しないと」

「そうだった。ロザリア、このブルールにある鍵の欠片の話なんだが少し長くなるので座ってくれ」


 殿下に誘導されてその隣に腰かけると、説明が始まった。


 水の都ブルールに張り巡らされた水路は、大きな海に繋がっている。

 その海の底にある神殿の中に鍵があるらしい。

 そこへ行くには潜水魔法と扉を開くための仕掛けを解く必要があり、更に中に入れば迷路になっているという。

 迷路も幻覚ではなく本物の海水で満たされていて、特定の手順で進むことで欠片への道がようやく開かれる。


 潜水魔法はかなり難しい魔法で、維持するには熟練の技が必要だ。

 ランハート様でも10分ほどしか潜り続けることができないらしい。

 10分で扉の仕掛けを解除して迷路を進み抜けるのは危ういだろう。


「それこそが囚役中のジーンを連れてきた理由だ。水龍に変化している状態ならば潜水魔法は必要ない」

「なるほどね。俺の『獣使い』だけじゃなかったんだ?」

「本来は俺もついていきたいが、それは最終手段にしろと陛下に言われている。そのためロザリアにジーンのサポートをお願いしたい」

「一緒についていくってことですか?でも私、潜水魔法なんて高度な技術できませんよ」


 私にできるのはものをぶっ壊すような力任せ系だ。


「『水龍の加護』は使えるか?」


 アレス様に尋ねられて少し考えながら、ジーンさんは私の方をじっと見て「できる」と呟いた。


「使った事ないですけど、たぶんできると思う。ロザリアは俺に『水龍の加護』をかけられてもいいの?」

「その、『水龍の加護』ってなんですか?」

「俺が学んだ本によると、水上を歩いたり、水中で呼吸ができるようになるらしい。その加護を受けてジーンについていき、バディの腕輪で俺と通信しながら神殿を攻略してもらう。神殿のすぐ上まで船で移動し、俺はそこで待機しているので欠片を手に入れたらそこへ戻ってきてくれ」


 私が大きく頷くと、ジーンさんに手招きされたので近寄って2人で席を立った。


「じゃあ加護をかけるから、目を閉じてくれる?」


 言う通りにすると、ジーンさんが私の頬に触れて、唇が重ねられた。


「なっ……!?」


 アレス様の驚く声が聞こえる。

 キスされているとわかって、私が驚いて身動きすると逃がさないというように頭の後ろと腰それぞれにジーンさんの手が回って顔が固定された。

 触れ合う唇から魔力の流れを感じる。

 もしかして、これが加護?

 魔力は私の中をぐるりと一周すると、喉のところに集まって熱くなる。

 長く感じたキスから解放されてまだ暖かく感じる喉を触ると、鱗のようなものが一枚私の肌に張り付いていた。


「こ、これが『水龍の加護』……?キスで授けられるなんて、せめて説明してくださいよ……」

「知ってて承諾したのかと思った。そもそも『水龍の加護』は水龍が愛する人と過ごすために授ける加護だよ、その鱗剥がすと俺がめっちゃ痛いからやめてね」


 サラリと凄いことを何でもないように言うが、その事実はアレス様も知らなかったようでまれにみる唖然とした表情でこちらを見ていた。


「ジーン、もしかしてそれは龍の花嫁と呼ばれるものに授ける加護と同じか!?すまない、知っていれば別の方法を考えたものを……」

「別にいいよ。俺みたいなのに花嫁なんて見つかるわけないし。本物の水龍と違って混ざりものだから水の中で生活してないし」


 そんな大事なものを軽い気持ちで受け取ってしまい、私も蒼白になってジーンさんに謝った。


「し、知らずに受けてごめんなさいぃ!!」

「謝らないでくれる?そもそも俺にその気がなかったら加護なんてつかないから」


 ぷい、とそっぽを向き暗い表情で「やっぱり俺の加護じゃ嬉しくないよね」と小さな声で言うので、わたしはあわてて「ありがとうございます! 嬉しいです!」と叫んだ。


「と、とにかく無事加護がついたのならこのまま作戦を進めよう。今からするのでは遅いから明日朝早くだ。ロザリア、もし今夜眠れないようなら睡眠魔法をかけてもらってでもきちんと寝て置け」



 ◇◆◇




 次の日の朝早く、後で吐いたりしないよう軽めの朝食をとると目的の海中神殿があるところまで船で移動した。

 アレス様、ランハート様の2人はこのまま船で待機だ。

 なお、リーナ殿下は今日もカイの治療活動に付き添いにいった……羨ましい。


 念のために濡れても大丈夫な服に着替えて水の中にそっと入ると、ジーンさんは龍に変化し私を背中に乗せた。


「それでは行ってまいります!」

「あぁ、気を付けて」


 いざ水の中に入っても冷たさを感じない。

 息も苦しくないし水圧はどこか心地よささえある。『水龍の加護』の力を感じながら、底の方に見える神殿へ向かった。

 珊瑚で覆われた地形にぽかりと開いている穴を探せといわれて見渡すが見つからない。

 しばらく探し続けて、ようやく見つけたころには既に20分がたっていて、加護なしで探すのはかなり困難だと改めて思う。

 穴を進むと薄暗い中で神殿が見えてきた。

 入口の扉の仕掛けについては解き方を教わってきたので、その通りにパネルを動かす。

 こちらは水龍のジーンさんが動かすには小さすぎるため私が1人で行った。


「神殿の扉が無事に開きました。今から中に入ります」

「よし。迷路はその都度ランダムで生成される。しかしパターンはあるので、何か特徴があるか見てくれ」


 迷路の通路幅は広いので、ジーンさんと一緒に進むことができそうだ。

 1人にならないで済むことにほっとしながら私は辺りを見回した。


「入ってすぐのところにヒトデが2匹張り付いていますがこれは本物じゃないですね。よくできた置物みたい。これって目印ですか?」

「ヒトデが2匹……左か?右か?」

「左です」

「ふむ。少し待て。……そのままヒトデのある通路に進んでみてくれ。つきあたった所には何がある?髑髏と宝箱どっちだ?」

「宝箱があります。これって触ったらいけないやつですよね?」

「トラップだから触るな。よし、特定できたぞ。俺の言う通りに進め。間違えると仕込んだ魔物が出てくるので気をつけろ」


 3歩進め、とか床に落ちているスイッチを順番に押せ、とかいろいろ細かい指示を受けながら迷路を攻略する。

 こんなの普通にいって解ける気しないよぉ……。


「よし、では後はまっすぐ進め。見えた扉3つのうち、真ん中を開けろ」


 ようやく出口らしい扉をあけると、部屋の中央で泡に包まれた水の欠片がふわふわと漂っていた。


「あったーー!やっとありました、アレス様、急いで帰りますね!」

「待て、そのままとると……」

「え?」


 ここまで到着して気が緩んでいた私はアレス様の説明の前にカケラに手を伸ばしていた。

 カケラがなくなって、泡がぶくぶくと音をたてはじめ、急激に渦を作り始める。


「すぐに逃げろ!」


 殿下の声と共に、ジーンさんが口で私の服の裾を咥え凄いスピードで元来た迷路の壁をぶち抜き海中を泳いでいく。

 迷路で間違えると現れるといわれていた魔物が、渦に呑み込まれていくのが後ろの方に見える。


 海面に顔を出すと、渦の上の方は竜巻のようになっている。

 船を魔法で動かしながら殿下とランハート様が急いで陸へ引き上げようとしていて、私もジーンさんに捕まってそちらへ向かった。


「ひえぇ、すみません。最後の最後に失態を……」

「欠片は無事か?竜巻と渦はあの場所から動かないし、しばらくすれば収まるはずだから大丈夫だろう」


 しっかり持ってきていた水の欠片を渡す。

 ジーンさんも人間の姿に戻って船に乗りこみ、ランハート様が用意してくれていたタオルをもらって身体を拭きながら陸へ到着した。

 アレス様も魔法を使って乾かしてくれたが、海水なので乾いたあとも塩がついてぱさぱさべたべたする。早くシャワー浴びたい……。


「よし。これで3つ目だ。後はリョークンだけだな。2人共よくやってくれた」

「ほぼジーンさんの力のおかげですけどね。あ、この鱗はどうやってお返ししたらいいんですか?」


 私が尋ねると、空気が凍った。

 言いにくそうにアレス様が「その鱗はとれない」と言う。

 続けてジーンさんがなんでもないかのように説明した。


「花嫁に贈る逆鱗は一度授ければ取れないよ。当たり前でしょ?」

「ええええ!?」


 また説明が足りてないやつ!!


「なんでそんなに大事なものを渡してしまったんですか!! いえ、とても助かったんですけどそんな……あ、『無効化』でなんとかなりませんかね!? ほらこうやって……」


 私は自分の喉に手をやって、鱗にふれ『無効化』するよう念じた。


「そんなものでとれるわけが……」

「あ、できました」

「はあ!?」


 ぽろりと鱗は私の手に落ちてきた。

 ジーンさんも痛がる様子はなく、私の手の上に乗る逆鱗を凝視している。


「あぁ良かった……。ジーンさん、お返ししますね。いつか大事な方ができた時に困るところでした」

「あ、あぁ……いや、うん……」


 ジーンさんに逆鱗を渡すと困惑した表情をしつつも受け取ってくれた。


「逆鱗を返すなんで前代未聞では……?」

「ふつうは意味を知っていたら受け取ってから返すことはないだろう。ロザリアは多分気づいていないんじゃないか?」


 ランハート様とアレス様がこそこそ何か話している。

 それよりも早くシャワーに入りたいので「お先に失礼しますね」と領主の館に帰ろうとすると、「待ってよ」とジーンさんに引き留められた。


「やっぱりこの逆鱗は、君が持っていて」

「え? 出来ませんよ! なんで私が……」

「断るっていうんなら、また無理矢理授ける」


 え、授けるってまたあの……キスするってこと?

 しかも無理矢理……何故?

 ジーンさんだったらカイとかに渡した方がいいんじゃないの?


「自分で持っていたら壊してしまいそうになるから。だから預かっていて」

「預かる……なら、はい。わかりました」


 そういえばカイは私のことでまだジーンさんに怒っているんだっけ。

 そんな状態だったら渡せないよね。

 ジーンさんは自分にある鱗が嫌いみたいだし、持っておくのも嫌なのかもしれない。

 私は勝手に納得して、鱗を丁寧に包んでしまっておくことにした。




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