sideカイ
好きでもない異性に行動を制限されるというのは海を大地をえぐって海を1つ作ってしまえるのではないかと思う程にストレスがたまる。
それでも旅さえ終われば、この束縛を逃れられるよう国王陛下に願い出ておいた。
旅がもし失敗してしまったらは考えない。
絶対に魔王を倒して、聖女の肩書を返上してやる。
「カイ様、アレスお兄様は無事だそうです」
そういうリーナ殿下はきっと誰もが見惚れるような美しい笑みを浮かべているのだろうが、僕はそれを一瞥することもなく「そうですか」と答えた。
リーナ殿下の特殊能力は『通信』だ。
相手に許可をとって遠く離れた場所からでも会話ができる。
魔物の被害をできるだけはやく抑えようと先に行ったアレスやロザリアに連絡をとっていたらしい、便利な能力だ。
「負傷者がいるのでこちらも出来るだけ急ぐように言われましたわ」
「わかりました。では馬車を降りたらすぐに活動できるようすこし休みます」
それ以上絡まれないように僕は目をつぶった。
本当に休むわけではない。
僕が目をつぶっているのをいいことに、リーナ殿下がじろじろと眺めている気配がするし、ただ無視するのに都合がいいだけだ。
◇◆◇
到着してから夜までぶっ通しで治療活動をし終えて疲れた身体で案内された部屋に居ると、先にベッドで寝ている人物がいた。
僕の大好きな赤色のくせっ毛が布団から見えていて、疲れすぎて幻覚を見ているのではないかと目をこすったがそうではない。
頭のこめかみをぐりぐり押してみれば、痛いので夢でもない。
「ロザリア……」
何故?と考えるよりも嬉しいという感情の方が先に立って、ベッドに近寄るとその髪の毛をそっと撫でた。少し身じろぎをするが起きる気配はない。
ロザリアの方もきっと大変だったんだろう、その唇が少し荒れてかさかさとしている。
吸い込まれるように口づけをしてから、肌身離さず隠し持っていたリップクリームを塗ってあげた。
ずっと見ていたいが、腕輪をつけたままいつ王女殿下が『通信』を飛ばしてくるかわからない。
多分部屋の案内ミスだろうから、名残惜しいと思いながらも廊下にでてそのあたりにいたメイドを捕まえた。
「あの、たぶん案内された部屋が重複しているみたいなんです。他に空き部屋はありますか?」
「まあ!! 大変申し訳ありません。すぐに違う部屋をご用意いたします!」
メイドがばたばたと部屋を準備する間、用意された椅子に座って紅茶を飲んでいるとジーンがやってきた。
「カイ様、お疲れ様です」
「ジーンこそ、獅子奮迅の活躍だったと聞きましたよ。……まだ許してませんが」
ジーンが嫉妬して学園で起こした事件は、下手すればロザリアに怪我させるだけではすまなかったレベルだ。
当然僕は怒り狂ってジーンに直接私刑しそうになったが、アレスにとめられてしぶしぶ嫌味と文句を言うに留めた。
具体的には牢屋に出向いて丸一日懇々と説教し続けた。
「ロザリアは許してくれましたよ。仲直りしました」
「そう、でも私は許していません。話しかけるなと言ったでしょう」
ジーンは暗い顔で俯いている。
この龍人は、研究所から助け出された際に僕の治療を受けて以来、僕の顔に大変ご執心だ。
水に濡れた後必ず出る鱗の痕を醜いと思って、美しいものや綺麗なものに焦がれている。
その僕に2度と話しかけるなと初めて言われた時は、それは悲壮な顔をしていたが今は、俯くことはあるがそこまでではないようだ。
「では、これは独り言なのですが、ロザリアはとても綺麗ですね。俺のような気持ちわる……いえ、魔物をけしかけた相手に対しても歩み寄ろうとしてくれて、優しさを感じました。まるで聖女のような心を持っている。カイ様がご執心になるのも理解できます」
僕はいらっとして続きを促した。
結局ジーンは何がいいたいんだ?
「あの時はカイ様の機嫌を損ねたことを謝りましたが、今回はきちんとロザリアに迷惑をかけた事を心から謝りに来ました。俺の早とちりで酷いことをしてすみませんでした」
「ロザリアにも謝ったんだね」
「はい、誰にでも間違いはあると言ってくれました。可愛い顔だった……」
「は??」
その時の様子を思い出しているのかジーンが恍惚とした顔をしていて更にいら立ちが増した。
僕はろくにロザリアと話すらできないっていうのに、勝手に自慢みたいなこと話しやがって……と沸騰した頭で考えて、ふとジーンの言った言葉を頭で反芻した。
可愛い?可愛いって言ったこいつ?
普段美しいものや綺麗なものにしか興味を示さないし執着しないジーンが可愛いだって?
そんな風に褒めるのを初めて聞いたぞ……もしかして……
「まあ、素敵。恋のお話ですか?」
もしかして、ロザリアに好意を寄せているのか?とジーンに問いただそうとした時、リーナ殿下が話に入ってきた。
思わず舌打ちしてしまいそうになったのを無表情で取り繕う。もう少し遅かったのなら多少けん制しておけたものを。
「恋?いえ、そのようなものでは……」
「どうして?ジーンは可愛いだなんて、わたくしにも言ってくれないじゃない。可愛いというのは、いとしいと言う事よ。自分で気づいていないだけであなた、ロゼリアさんに気があるんじゃないかしら」
「自分で気が付いていない……?」
リーナ殿下が余計な事を言ったので、ジーンが考え込んでしまった。
よくよく考えれば多分答えは出てしまうだろう。
いらないライバルが増えるのを絶対にわかっていて誘導しているに違いない。
そういうところはアレスと血が繋がっているのを感じる。
それ以上ジーンを焚きつけないように、僕はリーナ殿下を連れてその場を離れることにした。
「ロゼリアさんは沢山の殿方に囲まれていて怖くはないのかしら?」
「リーナ殿下、何度も言った事ですが疑う心は伝搬します。お互いに信じられないという思いで近くにいるのと、お互いを信じようと思いながら近くにいるのとでは全く関係性が違うでしょう」
「でもわたくしは信じていたのに裏切られたのよ」
どれだけ諭そうとしても、いつもそのセリフで話が終わってしまう。
いつまでもずるずると悲劇のヒロインぶって、何も変わらないのにうんざりする。
「もちろんそういう人も居ます。だけど、そうでない人も居ますよ。」
「ええそうね、カイは絶対にわたくしを裏切らないわ。聖女だもの」
埒が明かない。
凝り固まった思念はやすやすと崩せそうにはなかった。
そろそろ面倒くさくなってきたなと思っていると、部屋の用意が整ったとメイドが報せにきてくれたので僕はこれ幸いと逃げ出した。
せっかく補充したと思ったロザリア成分が台無しだ。




