ジーンの正体
ブルールに慌てて向かう馬車の中で、いつもは離れて座っていたジーンさんが私の隣に座った。
これはやっぱり……仲良くなれた、のかな?
それを見たアレス様が、久しぶりに腕組みして指をとんとんさせている。
「ジーン。二度と傷つけるなとは言ったが、そこまで仲良くなれとは言っていないぞ。ロザリアは俺の大事な人だと言っただろう」
「でもロザリアは別にまだ、殿下のものって訳じゃないですよね?」
「ロザリア一体ジーンに何をしてこうなったんだ……カイしか眼中になかった男だぞ……」
「何って?特に何もしてませんよ」
アレス様の指とんとんが止まった。
力を入れているのか指の先の服がぎゅっと皺が寄っている。
「だって最近カイ様発育が良くなってきてるんですよ。このままだとすぐに……」
ガタリとアレス様が立ち上がってジーンさんの口を塞いだ。
「女の子だって成長期だろう?多少大きくなったところでカイは美人のままだろう」
「そうよね。最近カイ大きくなってきたよね?羨ましいなぁ、私もカイみたいにすらっとした美少女になりたい」
そういってため息をつくと、何やらアレス様とジーンさんが目配せをしている。
何やってるの?
実は結構仲良し?
塞がれていた口が開放されたジーンさんがアレス様を見つめて「そういうことですか」と呟いた。
だから何が!
2人のやり取りがわからず交互に顔を見るが、理解するにはまだ仲良し度が足りないのかもしれない。
「ロザリアって、おバカさんなんだね」
「えええ!?」
ジーンさんに急に罵倒された。
やっぱり仲良くなってなかった、取り消し、取り消しです!
「ロザリアは確かに少し……アレだが、つまりそういう事だ。俺が守るのでお前が気にかける必要はない」
アレス様まで!?
私馬鹿じゃないもん、ちゃんとテストとかも頑張ってるもん……。
「つまり完全に俺の勘違いだったという訳ですよね。でも、守るのに人手は必要だと思いません?」
「バディは俺なのだから俺が守る」
「そういう決まりはありませんよ」
私が落ち込んでいる間に何故かバトルが始まっている。
しかもどうでもいい事で。
仕方がないので私はアレス様に話を振った。
「あの、ブルールに出た魔物の情報とかってないんですか?」
「あ、ああ。出没したのは海の魔物だ。魚型で、ブルールの街のあちこちで人を襲っているらしい」
「魚型なのに街を移動できるんですか?」
「ブルールは地域の半分以上が水で覆われているんだ。豊富な水源と張り巡らされた水路を悠々と泳いで移動している。神出鬼没で普通に倒すのは至難の業だろう」
それは確かにかなり難しそう。
「水を氷に変えてしまうのはダメですか?」
「街の半分以上の水路を氷に変えるのにどのくらいの魔力が必要だと思ってるんだ?ロザリアの『増幅』があったとしても無理だ」
「じゃあ要所だけ凍らせて、少しずつ追い込むとか」
「駄目だと思うよ。生態系に影響しちゃうでしょ」
直接水をどうにかするという方法は全部とれなさそうだ。
「やはりジーンの『獣使い』に頼るしかなさそうだ。仲が良くなったのなら丁度良いかもしれない。ロザリアの『増幅』をジーンにかけてやってみよう」
「仕方ないね。水は嫌いだけど……」
だいたいの作戦を決めた結果、こちらの馬車だけでも先にブルールへの道を急ぐことにした。
武器と防具、アイテムの確認をする。到着次第すぐに戦闘になるだろう。
馬を途中の街で替えながら、多少無理して夜中も御者と交代しつつ馬車を走らせて、私たちは翌朝はやくにブルールへと到着した。
「目標は?」
「現在10時方向に3キロメートル、こちらへ徐々に向かってきています」
「よし、ではこのまま待機。相手が進路を変えたら再度報告しろ」
現地で既に待機していたブルールの私兵と協力し、私たちは臨戦態勢をとった。
距離残り2キロ、1キロ……という通信が入り、私はジーンさんにできるだけ強いイメージで『増幅』をかけた。
「来ました!」
水しぶきが激しくあがり、魚の魔物がざぱあ、と水から顔を出す。
そのままこちらに突っ込んできて、人間を食い散らかすつもりだ。
「ジーン!」
合図があって、ジーンさんが魔物に向かって手を叩いた。
ぱん、ぱん、ぱん、ぱん。
一定の間隔で叩かれたその手拍子に、魚の魔物の動きがピタリと止まる。
「まだ動くな、制御が完全にコントロールされてからだ……」
息をひそめて皆が待つ中ジーンさんは手拍子を続ける。
「良い子だ、お前は動き回ったので今とても眠たい。目を閉じればすぐにでも寝れそうだ。一度寝れば次に俺が手を叩くまで眠りから覚めてはいけないよ……さぁ、おやすみ」
手拍子をやめて、軽く手を振ると魚の魔物が目をとろんとさせて舟をこぎ始めた。
完全に目を閉じてしばらくするといびきをかき始める。
「うまくいきました。なるべく静かに捕獲を」
「よくやった!」
皆が喜んで魚の魔物に網をかけた。
起きたとしても逃げられない様に2重3重にも巻いてから、水の中から完全に引き上げた後一斉に雷魔法を全員が放って、感電させたが魔物は1度も起きることなくそのまま倒された。
勝利を祝う中、ジーンさんが水路をじっと見ている。
「どうしたんですか?」と言おうとした瞬間、魚の魔物がもう1体現れた。
「1匹じゃなかったのか!?」
魚の魔物に引き摺られて、ジーンさんが水路に落とされた。
「ジーンさん!! どうしよう、アレス様。ジーンさんは、水嫌いっていってなかったっけ。泳げないかもしれない……!」
「落ち着けロザリア。別に泳げないわけじゃない」
水路を覗き込んで魔物とジーンさんを必死に探すがわからない。
もう少し掃除ちゃんとやった方がいいんじゃないの!?と内心怒っていると、もう1度水しぶきがあがって、水路から紫色の龍が現れた。
その龍が、さっきの魚の魔物をずたずたに引き裂いてこちらに放り投げた。
1匹だけじゃない。
他にもまだいたらしく、次々とこちらに放られるのであたりが魚の魔物だらけになった。
龍は魚を放り投げ終わると、ギラギラした赤い瞳でこちらを見た。
私はその視線が自分に向けられているのを感じた。
龍の鱗はつるつるぴかぴかとして日光によっては虹色に見える。
荘厳で美しい龍に向かって「綺麗ですね」と話しかけた。
たぶん、龍はそれを待っていた。
「触ってみてもいいですか?」
「……いいわけないでしょ」
龍がしゅるしゅると縮んで人間になる。
同じ紫色の髪に赤い瞳。
変化の名残か少し頬に鱗が残っている。
ジーンさんはだるそうに、だけど綺麗な顔で笑った。
「水に落ちた時はどうなるかと思いました。無事でよかった」
「このとおり龍人だから問題ないよ。それよりアレス殿下、変化した時に首輪がとれました」
「その首輪たとえ対象が変化しても外れないものなんだが?相当な魔力をぶつけない限り……」
「とれたものはしょうがないでしょ」
ジーンさんが悪びれなく言うので、アレス様はため息をついた。
「第三王子アレス殿下!それに皆様、本当に助かりました!急ぎシロナスを立って半日でこちらまで来ていただきお疲れでしょう。すぐに部屋を用意させますので、睡眠なり食事なりなんでもお申し付けください」
「ブルールの君主、気遣い感謝する。後ほどもう1台聖女の乗った馬車が到着する。怪我人がいればそちらに申し出てくれ」
案内されている途中で、アレス殿下の前にぱっとリーナ殿下の姿が現れた。
よくよくみれば若干透けている。
「アレスお兄様、そちらは大丈夫ですか?」
「リーナ、問題なく討伐完了した。先にいた被害者とブルールの兵にいくらか負傷者がいるようだから、悪いが出来る限りの速度でカイを寄越してほしい。頼んだぞ」
「はい、賜りました。ご無事で何よりですわ」
そういうとリーナ殿下がカーテシーをしてぱっと消えた。
不思議……もしかしてこれがリーナ殿下の特殊能力なのかな?
夜通し馬車で揺られて睡眠不足なので、部屋に案内された途端私はベッドに倒れこんだ。




