少しずつ変わっていく
土の欠片を取りに行くため、朝からアレス殿下はいなかった。
今回は私のお手伝いは不要らしい。
その間自由にしてよいと言われたので、私はモモとメアリにお土産として紅茶を買いに出かけた。
メアリは紅茶が趣味だからきっと喜んでくれると思う。
街をぶらぶら歩いていると、同じくぶらぶら歩いていたジーンさんに出会った。
進行方向が同じらしく、無言で並んで歩く。
目的の紅茶の店に入ろうとすると、ジーンさんも同じ店に用事だったらしく、扉を開けようとした手が重なった。
ジーンさんがぱっと手を離したので私が扉を開ける。
「奇遇ですね」
「……そうだね」
良い香りのする紅茶が量り売りでずらりと並べられている。
たくさん種類があるので、どれがいいのか全く分からない。
おすすめを聞こうと思ったが、店員さんは別のお客さんの接客で忙しそうだ。
「何を買いに来たの?」
ジーンさんがいつの間にか私の背後に立っていた。
「ええと、友達にお土産にしようと思って……一応授業で習いはしたんですけど、いざ見てみるとどれがどれだかわからなくて」
「ふぅん。おすすめを教えてあげようか?」
「いいんですか? お願いします!」
神はいた!
私が喜んで頼むと、ジーンさんは相変わらず無表情で端から順番に説明をしてくれた。
「これはシロナスで一番有名なアッサム。ミルクティーにするなら一番いい。次に有名なのがこっちのアールグレイ、フレーバーの代表ともいってよく、香りづけしてあるから女性に人気だね。それからダージリンだが、今の時期はセカンドフラッシュだろうから、少し渋いだろうがしっかり色が出るし味もいい。もしも贈る友人が紅茶好きなら喜ぶのは間違いないだろう。だいたいこの3つがシロナス産としてはよく名前を聞くよ」
とてもわかりやすい説明に私はふむふむと相槌をうった。
「それからニルギリやセイロンは初心者向けで飲みやすい。けど、シロナスの土産として贈るならさっきいった3つのうちのどれかを選ぶのをお勧めするよ」
「ありがとうございます!」
いつの間にか他のお客さんまでジーンさんの説明を聞いていた。
それくらい淡々と喋る声は耳障りがよくとてもわかりやすかった。
私はダージリンを選んで店員さんに包んでもらう。
店を出ると、ジーンさんもついてくる。
その両手どちらにも荷物を持っていないのを見て、私は思わず尋ねた。
「あの、ジーンさんはお買い物しなくてよかったのですか?」
「俺は君についてきただけだから」
「え?」
てっきり用事があるんだと思っていた。
「こ、こっそり1人でどこか行くなんて、カイ様と出かけるのかもしれないと思って」
つん、とそっぽを向かれて言われたセリフに私は笑って否定した。
「カイはリーナ殿下と一緒だから。でも、ジーンさんがついてきて下さったおかげでいいお土産を選ぶことができたので助かっちゃいました。改めてありがとうございます」
「ふ、ふん。わからないなら最初から聞けばいいのに」
いやだってジーンさん、私の事苦手って言ったじゃん!
こんな反応をくれるんだったら、少しは嫌われていないと思っていいのかな……?
「とにかく、用事が済んだなら帰るよ」
「あの、もう1つ寄りたいところがあるので。お先に帰ってくれてもいいですよ」
私は分厚い封筒を取り出して見せた。
エスメラルダ様宛の報告書もといお手紙だ。
ランハート様の情報をできるだけ詰め込んである。
これを配達してもらうために郵便屋さんに寄ってから帰りたい。
「寄りたいところって郵便屋? それくらいなら付き合ってあげてもいい、……こっちでしょ」
私が止める間もなく、すたすたとジーンさんは歩いて行ってしまう。
郵便屋さんを探さないとと思っていたので正直とても助かる。
最初はすごい役立たずみたいに罵られていたけど、少しずつ態度が軟化していて、ちょっと打ち解けた気がする。
ライカンやトゥーリオの仲間なんだもの、カイの事がちょっと好きすぎるぐらいできっと元はいいひとなんだろうな。
郵便屋さんに無事に手紙を預け終わって、宿に向かって歩き出す。
さっきは前を歩いていたジーンさんが、今度はちゃんと隣を歩いていた。
実は私がさっきはぐれかけたせいである。
「少し君の事誤解してた」
ぎりぎり聞き取れるかくらいの声量でジーンさんが言うので私が傍に寄ると、その分すっと離れる。
聞こえないじゃん!!と思っていたらさっきより少し声量があがった。
「カイ様の幼馴染が、カイ様の地位とか力を狙って仲良くしましょうって近づいてきてるんだと思ってた。だってカイ様以外にもライカンと噂になったりトゥーリオとも仲良くしているの見たし。ちょっと見目のいい男がいればすぐ尻尾をふるような女、カイ様にふさわしくないって」
いや声量を上げないでほしい。
道行く人が私の事を「え、あの子そんな事するの……?」って顔して見てるから!
私はもう1歩ジーンさんに近づいた。
今度は離れられずにすんだ。
「けど、実際の君はアレス殿下にあんな風に言い寄られても別に気にも留めてないし、俺のような気持ちの悪い男にも普通に接してくれるから……その……」
言い寄られた!?
いつ!?
まったく身に覚えがないんですけど!
それにやっぱり、ジーンさんは鱗がある自分の姿が嫌いなんだろうな。
そんな風に悲しいことを言って欲しくなくて、私は話の途中で申し訳ないと思いつつもジーンさんに力説した。
「ジーンさん。全然気持ち悪いなんて思いません。この間も言ったけど、綺麗だって自信を持ってほしいです。ジーンさんが自信を持てないようなら、私が何度でもそう言ってあげますから。だからそんな風に卑下しないで欲しいです」
思わず詰め寄ってしまい、逃げ場のなくなったジーンさんが、自分の顔を覆い隠した。
手の隙間から怒っているのか、顔が真っ赤なのが見える。
「だ、黙って……!」
怒られたけど、悪いことはしたとは思っていない。
私はジーンさんがそのまま落ち着くのを待った。
「悪かったって言いたかったんだよ……君に魔物けしかけたこと」
「あ、はい。わかりました」
「そ、そんな簡単に……」
「だって誤解だったんでしょう?もう過ぎたことですし、謝っていただけたらそれでいいです。誰だって間違いはあるんだもの」
それは私がカイと喧嘩してはよく言われたセリフでもある。
確かにちょっと死ぬかもと思ったけど、結果的には無事でいるのだし、旅の仲間としても関係が悪いままではいたくない。
せっかく歩み寄ろうとしてくれているのだから、私も受け入れるべきだ。
「もしも君が許してくれるなら、その……俺の事、気持ち悪くないならだけど。手を繋いでくれる?ちょっと憧れてたから……」
「なんだ、もちろんいいですよ。私で良ければどうぞ!」
ジーンさんの手は想像しているのと違ってとても熱かった。
ずっとこっちを見ないままだけど、しっかり手は宿につくまで離さなかった。
宿に戻ると、アレス殿下がちょうどカケラを手に入れて帰ってきたところだった。
私とジーンさんが手を繋いでいるのを見て驚いている。
私が「ちょっと仲良しになりました!」というと、ジーンさんが全力で手を振りほどいて「……調子に乗らないで」といって先に宿の中に入っていった。
少しだけわかった気がするが、たぶんあれは照れ隠しだと思う。
だって後ろから見えた耳が少し赤くなってたもの。
「土の鍵のかけらの方は滞りなく終わった。次に行くのはブルールだが、連絡が来て、魔物が出没したらしい。悪いがすぐに出発して向かおうと思う」
「わかりました!急いで準備します!」
そう言って自室に戻ろうとしたところをアレス殿下に手を引っ張られて引き留められた。
なんだろうと思って見上げるが、反応がない。
ひらひらと目の前で手をふってみる。
「はっ……思わず、いや、なんでもない。引き留めて悪かった」
らしくない殿下。
疲れているのかな?




