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アレス様と呼べ

 そのあとも何度か野宿をとって、ようやくシロナスにたどり着いた。

 久しぶりにベッドで寝れるしゆっくりシャワーも浴びれる。

 皆思いは同じようで、着いたのは昼すぎだったのにも関わらずカケラを取りに行くのは明日にしようということで部屋で各自ゆっくりしてよいと言われた。

 私もシャワーを浴びてさっぱりしてベッドにごろんと転がる。

 少し休憩したら溜まっている洗濯物を宿の人にお願いしよう。

 寝床がガチガチだったし馬車に長時間乗っていたので腰とお尻が悲鳴をあげている。

 ストレッチしながら身体をほぐしていると、コンコンと扉がノックされた。


「はーい?」

「ロザリア、丁度よく祭りをやっているらしい。一緒に出掛けないか?」


 アレス殿下の声だった。

 私は「15分後ならいけます!」と答えて慌てて服を整え、宿の受付の人に洗濯をお願いしに行った。

 髪の毛、まだ乾いてない!

 迎えにきたアレス殿下がばたばたしてる私を見て、ベッドに座れと言った。

 言われた通りにすると、火と風の魔法を使って私の髪の毛を乾かしてくれる。


「で、殿下にそんなことさせるわけには……」

「いいから。黙ってやらせろ」


 私の赤毛は少しくせっけでなかなか言う事を聞かない筈なのに、アレス殿下が整えると落ち着いて綺麗にまとまっている。

 思わず鏡を見ておぉ……と感嘆の声をあげてしまった。

 そんな私を見て、殿下は1度部屋を出て行くと、手に何か小瓶を持って戻ってきた。

 小瓶の中身はとろりとしていて、いい匂いがする。

 手袋をはずした殿下がそれを少し手に取って私の髪になじませると、より髪の毛がしっとりとして指通りがよくなり、私はすごいすごいと喜んだ。

 小瓶の中身は髪用の香油らしい。

 殿下も使っているそうだが、そんなに喜ぶならあげると言われてありがたく頂戴した。

 私もこれを使い続ければ殿下のようなサラサラキューティクルも夢ではないかもしれない……!


 街へでると、紫色の旗があちこちに飾られ、到着した頃にはなかったのにたくさんの屋台が出ていた。

 土の砦シロナスでは秋に多くの実りがありますようにとこの時期に豊穣を願ったお祭りがあるらしい。

 雨乞いを兼ねていて、祭りだというのに雨が降ると喜ばれる。

 今は降っておらず、このまま祭りの間降らない場合は雨に見立ててあちこちで水を撒き始める。

 その水に濡れるとご利益があるとかで、子供がこぞって濡れたがると殿下が説明してくれた。

 殿下に誘われはしたが、2人ではなく皆も一緒かと思ったと言えば、リーナ殿下がカイを連れてメイドと共に3人で出かけてしまったらしい。

 「ランハートは野宿で消耗したものの補充に出かけたし、ジーンは水に濡れるのを嫌うから来ないだろう。折角だしバディらしくしてみようじゃないか?」と殿下は私の手を握った。

 もうエスコートされるのも慣れたものだ。


「何か食べたいものや見たいものがあったら遠慮なく言うと良い」

「喉が渇いたから飲み物が欲しいです」


 シャワーを浴びてばたばたとしたまま来たので何か飲みたかった。

 屋台を見ると、ジュースとは別に氷を徐々に溶かして食べられるようなものがあったのでそっちを選ぶ。

 冷たいものが身体にしみわたって癒される。


「野宿は初めてだったか?だいぶ辛かっただろうが、シロナスさえ越えればほとんどする事はないだろう。途中魔物が現れた時もロザリアも十分に加勢できていたしよくやってくれた」

「あ、ありがとうございます……!」


 優しい声で労われて私は嬉しくなった。

 頑張った甲斐があった。

 努力を認めてもらえるというのはとても良いものだ。

 私もお返しに何か言おうと口を開いた。


「殿下もすごかったです。いつも魔物に1番に踏み込んでいって、私たちにヘイトが向かないように調整していらっしゃいますよね?傷はカイが治すとわかっていてもすこし心配です」

「心配させてしまう程度の実力なら、俺はまだまだだな」

「いえ、その……殿下にあまり怪我をしてほしくないから。カイもきっと同じことを言うと思います。でも、殿下がそうやって最前線で剣をふるってくれるので、安心して戦えるのも事実です」

「ロゼリア」

「はい」


 アレス殿下が急に道の脇によって立ち止まった。

 青い瞳が私の顔をじっと見てくるので、何かついているかとぺたぺたと触る。


「殿下ではなく、アレスと呼んでみないか?」

「えっ……それは、その……恐れ多いのでは?私のような庶民がバディとはいえ……」

「じゃあ命令しようか」


 いつぞやに一瞬見せた獰猛な気配を感じる。

 アレス殿下を見ると、射抜くような視線が突き刺さった。


「アレス様と呼べ。それならいいだろう」

「あ……アレス、様」


 圧に負けて思わず繰り返して言うと、殿下はその覇気を鎮めて満足げに頷いた。

 急にどうしたんだろう?


「もう1度言ってみろ」

「アレス様」

「もう1度」

「アレス様……?」


 何度か繰り返し呼ばされて、ようやく満足したのか「良い子だ」と頭を撫でられた。

 微笑む口元のほくろがとても色っぽい。

 普段は絶対に踏み込んでこず、一線を引いていた態度だったというのに今日はなんだか珍しい。

 王宮を離れて人恋しくなったのかもしれない。


 再び歩き出した殿下は、ふと露店の前でまた足を止めた。

 髪飾りのお店だ。

 じっと見つめているが、手に取る様子はない。


「どうかしましたか?」

「いや、どんなものかと思い見ていただけだ。わかってはいたが、露店で見るとあまり良いものはないな」


 お店の人が気分を害さないよう立ち去ってから小声で話される。

 そりゃあ、王宮にお住いの王子様からしてみれば、下町のアクセサリー屋さんなんておもちゃみたいなものだろう。

 特にお祭りに出ているものは若い人向けだから余計にそうだ。


「ロザリアに何か贈ろうと思ったが、ピンと来るものがなかった。これで許してくれ」


 殿下は魔法でいつかみたような青い薔薇を作ると、すっと私の髪の毛にさした。

 赤い髪に青い薔薇は異様に目立つだろうなぁ。

 そういえば、青い薔薇には何か意味があると言っていたっけ?

 その意味を尋ねようとした時、わああと歓声があがった。

 声のあがった方をみれば、どうやら水撒きが始まったらしい。

 砦勤めの兵士達が水魔法を空中に向かって花火のように打ち上げ、下にぽたぽたと落ちてくる魔法の雨を子供たちが濡れに行こうとあたりを駆け回る。


「ロザリアも濡れてくるか? 魔法でいくらでも乾かしてやるぞ」

「いえあの、さすがに小さい子の中に混じるのは恥ずかしいです」


 このままこのあたりにいると濡れたり走り回る子供にぶつかりそうなので、移動してご飯を食べた。

 たっぷり卵を使ったバター香るオムライス。

 シャキシャキのサラダにかかったハーブのドレッシングも美味しかった。

 デザートに紅茶を使ったシフォンケーキが紅茶と共に出された。

 シロナスは特に紅茶の有名な名産地があり、どこへいっても必ず紅茶が出されるらしい。

 殿下はオムライスの卵増量を頼んでいた。

 卵料理がお好きなんだそうだ。


 祭りの気分を楽しんで宿へ帰り、自室で寝付けるまでごろごろと本を読んでいると、控えめなノックの音がした。

 ここん、ここん、こん。

 このノックの仕方はカイだ。

 昔作った秘密基地に入る時の、秘密の合図。

 みんなでスパイごっこをしたときの事を思い出して、私は迷いなく扉を開けた。

 思った通り相手はカイで、すっと部屋の中に入ってくると私に銀の腕輪を差し出したので、すぐに『無効化』をかける。


「ロザリア、約束通り会いに来たけど……その、青い薔薇は……?」

「あっ、忘れてた。つけたままだった。アレス様に頂いたの。でも魔力で出来てるから多分放っておいてももうすぐ消えちゃうね」

「ふぅん……()()()()が、ね」


 カイが少しだけ不機嫌そうに言って私の髪に手をやり青い薔薇を手に取った。

 そのままカイの背後で薔薇は消されてしまう。


「すでに消えかけていたからもうとっちゃうね。今日はアレスと出かけていたの?」


 そういわれて私ははっと思い出した。

 リーナ殿下とカイがいつも2人でいるから忘れていたが、そういえばカイはアレス殿下の事が好きなんじゃなかったっけ!?

 リーナ殿下とアレス殿下にカイ……さ、三角関係だ……!

 その上、もしかして私とアレス殿下が出かけたことで不機嫌なのかもしれない。

 慌ててそんなつもりじゃないって訂正しないと。


「カイがリーナ殿下とお出かけしたって聞いたから、余ったのが私だけだったんじゃないかな。別に特別な意味はこれっぽっちもないと思う!」

「それならいいんだけどね……」


 カイは遠い目をしたままだ。

 誤解は解けてもまだ元気がないみたい。

 私はなんとか励まそうとカイの頭を撫でようとして、やっぱりカイの背が少し伸びているのに気が付いた。

 前まではもう少し近かったのに、ちょっと背伸びしないとてっぺんに届かない。


「カイの気持ちはちゃんとわかってるから。アレス様に悪い虫がつかないよう私が見張るからね!」

「え?」

「……え?」


 急にカイの雰囲気が変わって、私に詰め寄ってきた。

 「まだそんな事いってたの?」と少し低い声で呟かれる。

 んん、と咳払いをしながら、カイは私を壁に追い詰めると真正面から……正確には、カイの方が背が高くなってしまったので少し見下ろすようにして閉じ込めた。


「僕はロザリアをアレスにとられたくなんだけど」

「んん?」

「言ったよね?僕を1人にしないでって。彼氏や婚約者を決めたりしないでって……覚えてる?」

「もちろん。私には恋心がないのカイも知っているでしょう?だからそんなに必死にならなくても……」

「必死にもなるよ」


 カイの一人称、私から僕になってる。

 孤児院に男の子が多いせいか、昔からすぐ僕って言ってしまうんだから。

 可愛い顔をしているのだから、ちゃんと私って言わないとっていけないっていつも教えてあげるのに、カイはそれだけは治らない。


「ロザリアにそんなつもりがなくても、周りはそうとは限らないでしょ。あの人狼や吸血鬼に言い寄られているの知ってるよ」

「う、でもちゃんと断ってる……」

「おまけにアレスも最近……もしかしたら……」

「いやいやいや、それはないって」

「とにかく。忘れないでよね。ロザリアは僕のなんだから」


 カイに両頬をがっちりと掴まれて視線をしっかり合わされる。

 身長差が開いてすこしだけ首が痛いが、あまりにも綺麗なカイの笑顔に見惚れて私はこくこくと頷く。


 その紫色の瞳に少し、アレス殿下と同じ獰猛さを感じた気がして私は目をこすった。

 気のせい……だよね?



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