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はじめての野宿

 次の日、私たちは土の砦シロナスへ向かって出発した。

 シロナスまでの道のりは遠い。

 途中の街にすらたどり着かなかったので、今日は野宿である。


 共同の魔法鞄からランハート様と御者が簡易テントを出して組み立ててくれている間、私は魔物避けのお香を4隅に焚きにいった。

 これは魔物だけではなく、野生の動物も嫌がるので冒険者たち必須のアイテムだ。

 作業を終えて戻ると、カイとリーナ殿下が簡易テーブルでお茶をしていた。

 その横でメイドさんが全員分のごはんを作る為にせっせと下ごしらえをしているので私はそれを手伝うことにした。

 調理用のナイフをかりて、じゃがいもの芽をとりのぞき皮を剥く。


「慣れておいでですね」

「はい、孤児院の友達と一緒によくお手伝いさせられたので。大人数だからいつもたくさん剝いてました」

「そうなんですね、助かります。私は普段は姫様の身の回りのお世話担当だったので、料理は少し手間取ってしまって」


 姫様お付きのメイドさんもエリートなのは間違いない。

 魔法で水をだして野菜を洗い、調理用の火もまた魔法で熾している。

 学園出身なのか尋ねると、そうですよと答えてくれた。

 なるほど、こういうところにも就職できるのね。


 ことことと野菜と乾燥肉をいれてスープを煮込んでいると、アレス殿下とジーンさんが野鳥の肉を調達して帰ってきた。

 すでに綺麗に羽根を捥がれ、部位別に綺麗に解体されていたので、受け取ってそのまま火に通せた。

 それにアカムで調達したらしいスパイスを振りかけるとぱりぱりと香ばしい匂いがあたりに広がる。

 魔物避けのお香を焚いておかなければあっという間に襲撃されてていたかもしれない。


 皆で揃ってごはんを頂いた後は、メイドさんはリーナ殿下のお世話にいったのでランハート様と2人で後片付けをした。

 匂いの強いものはしっかりと土に埋めて、匂い消しになる草を撒いておく。

 そのあとは辺りも暗くなってきたのでやることはない。

 見張り当番を御者やリーナ殿下以外の人がやると言ったため、私も含めて5人で交代ですることにした。

 早朝までの8時間の間、2人1組で2時間ずつだ。

 先に寝ていてよいと言われたのでテントにはいって横になった。


 交代で起こされて見張りのために熾した火の傍へ行くと、カイと見張りの予定だったのにジーンさんが居た。


「残念だったね、カイ様じゃなくて」

「あ、いえ……ジーンさんに変わったんですね、よろしくお願いします」


 確かにものすごく残念だったけど!

 あからさまにそんな顔をするのも失礼なのでできるだけ取り繕ったがジーンさんにはバレバレだったようだ。


「俺が言うまでもなく、王女様が嫌がったからね。俺だって不本意だけど仕事はしっかりやるさ」


 なるほど、リーナ王女殿下は相変わらず徹底したカイの独占っぷりだ。

 ジーンさんが私が座れるように場所を空けてくれたので隣に腰かけた。

 昨日鱗を見てしまったばかりなのでちょっと気まずい。


「さて、眠気覚ましに君の知ってるカイ様の話でもしてもらおうか。君が役に立つのはそのくらいでしょ」

「え?えーと……そうですね……」


 カイの事を崇拝してるらしいし、ギルとのことなんて言ったらギルがひどい目に合わされそうだからもう少し平和的な奴……何かあったかな?


「チョコレートデーって知ってます?普段お世話になってる人とか、好きな人にチョコレートを贈りましょうって日があるんですけど」

「聞いたことある。研究所を出てからだけど何度かチョコ貰った事もある」


 まぁその容姿なら貰っているだろうな。私は頷いて続きを話し始めた。


 初めてチョコレートデーなるものがある事をしった私とカイは、2人で材料を貰って手作りのチョコレート菓子を作ろうとした。

 ところが当時8歳くらいの子供だったので、焦がしたりうまく形にならずでろでろになったものしか完成せず、結局作るのを諦めて既製品を購入して配って回ることになったのだが、そのぐちゃぐちゃになったお菓子をカイが全部1人で食べてしまったのだ。

 家族や孤児院の皆に配る為に用意しようと思っていたので結構な量があったはずで、それを食べたせいか、それとも食べたものの出来が悪かったせいか、カイはお腹を壊して寝込んでしまった。

 後から訳を聞くと、「ロザリアが作ったものだったから勿体なくて全部食べたかった」と言っていた。

 それで私はもう一度シェフに聞きながら練習してきちんとしたチョコレート菓子をもってカイのところへ持っていった。

 チョコレートデーはとっくに終わってもうすぐお返しが近かったのだけれど、なんとカイの方でも料理を練習していたらしく、私たちはお菓子をお互いに交換して食べた。

 今でもチョコレートを見ると思い出す懐かしい思い出だ。


「ふぅん。やっぱり昔からカイ様は優しいんだ」

「そうですね、私は結構やんちゃだったんですけど、なんだかんだ言いながら結局一緒にやってくれるんです。カイが悪いことは絶対に許さなかったから、そのおかげで私も孤児院の子もかなりいい子に育ったと思います。まるでみんなのお母さんみたいでした」

「ふっ……お父さんじゃなくてお母さんなんだ?」


 まぁ見た目的にもそうだよね、とジーンさんが言った。

 なんでお父さん?


「カイ様は本当に綺麗だよね……どこからどう見ても絵になる。絶対的な美しさだ」

「それは私も同意します。小さい頃なんか本当に天使がいるのかと思ってました」


 そのせいで1度誘拐されかけたことがある。

 おつかいに出かけてそのまま帰ってこなくて、孤児院のみんなで探し回った。

 警吏にも掛け合って、目撃証言をもとにギルが怪しい小屋があるっていうから、私も一緒になって乗り込んだ。

 そこにはカイも居たけれど、犯人も居て、私たちはまとめて捕まえられて3人で縄でぐるぐる巻きにして転がされた。

 幸い飛び込むのを躊躇った他の孤児院の子が逃げてすぐに警吏を呼んでくれたので暴力を振るわれたりする前に助けてもらえた。

 カイは危ないことするなって怒ったけど、私もギルもカイ1人で捕まるより良いだろって譲らなくて喧嘩になったっけ。


「その犯人はどうなったの?」

「もちろん捕まりましたよ。カイ以外にも綺麗な子を見つけては外国に売ってたらしくって、終身刑になったって聞きました」


 ジーンさんはふぅんと相槌をうった。

 もし生きて外にいたら冗談じゃなく殺しにいってそうだ。


「カイ様の好きなものとか嫌いなものも教えてよ」

「好きなもの……赤い色かな?文房具とか、小物とか割と赤い色を好んで使ってましたね。カイが当番のときはよくミネストローネを作っていたけど、たぶんそれは好きって訳じゃなくてみんなの栄養を考えての事だったと思います。嫌いなものは蛇かな?すっごい小さい時ですけど、怖がってめちゃくちゃ嫌がってたことがあります。でも今は普通に退治してたりするし、違うかもしれないですけど」


 蛇という単語にぴくりとジーンさんが反応した。

 それまでは割と無表情だったのに、明らかに不機嫌になっている。

 何が原因でそうなったのかわからず私は何かやってしまったかと焦る。


「……君はライカンやトゥーリオと仲が良いよね」

「え?ええ、そうですね」


 急に話題が変わって、私はジーンさんの機嫌が直るといいなと思いながら相槌を打つ。


「人狼や吸血鬼ってことも知ってるんでしょ? 初めて知った時どう思った?」

「え?えーーっと確か、ライカンの時はすごーい魔法学園にはいろんな人がいるなあって思って、トゥーリオの時は血をあげる約束してたからちょっと怖かったけど……それ以外は別に何も。1回冗談で眷属にしてやるって言われた時もそんなことができるんなら無敵じゃん!って言って呆れさせてしまいました」

「さっき誘拐犯の小屋に飛び込んだと聞いた時も思ったけど、君に恐怖心というものはないの?」


「えぇとですね……」良い言い訳が思いつかず、私はぽりぽりと自分の頬をかいた。恐怖心よりも、いつも好奇心のほうが勝つのだ。カイにもよく注意されていた。


「……じゃあ……俺の鱗が綺麗だっていったのも、本当?」


 聞こえるか聞こえないかくらいの声でぽつりと言われた。

 急にシン、と静まり返った気がする。

 私はできるだけジーンさんを刺激しない様に、素直に答えようと思った。


「本当ですよ。言ってもいいなら、もう少し詳しく感想をお教えしますけど」

「言ってみて」

「見たのは一瞬だけですけど。つるつるでぴかぴかの鱗が虹色にきらきら光って輝いて見えました。ジーンさんの許可があれば、そのままうっとり見惚れてしまったと思います。まるで宝石が背中に飾られているみたいでぶっ」

「……もういい」


 ジーンさんが私の口を直接塞いだのでむせた。

 喉の変なところに入ってしまいゴホゴホと咳をする。

 もう少し優しく止めてくれないかな!?

 少し涙目になりながらジーンさんを見ると、少しだけ頬を染めて恥ずかしそうにこっちを見ており、目が合うとすぐに逸らされた。


「君の事少し苦手になった」


 機嫌悪くなさそうなのに……どうして!?

 そのあとすぐ、起きてきたカイとアレス殿下に交代して私は朝までもう少し眠った。




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