ランハート様とアカム観光
考え事をしながら湯につかっていると、頭がくらくらしてしまった。
長くつかりすぎるとなる現象らしい。
脱衣所を出てすぐのベンチに真っ赤な顔で崩れるように座り込む私を見つけたランハート様が慌てて魔法で風を送り、氷を作って冷やしてくれた。
なるほど、そうすればよかったのかと働かない頭で思う。
そのままランハート様は私を部屋まで送ってくれ、冷たいお水を飲んだ私はようやく元に戻った。
「シロナスへは明日出発するから、今日はそのまま休んでもいいし、城下に行きたかったら俺も今から行くから一緒に行こう。行かないんだったら教会の夕食は出ないから何か食べ物を買ってきてあげる。どうする?」
「一緒に行きたいです~~」
「じゃあ準備してくるね」
しばらくして戻ってきたランハート様はいつもの軍服を脱いでラフな格好だった。
暑いせいか露出も多く、こんな格好をエスメラルダ様がみたら卒倒するかもしれない。
「念のためはぐれないようにお手をどうぞ?」と言われてありがたく握らせてもらう。
観光客と冒険者の人込みのなかでもみくちゃにされながら、手を握っていてよかったと心底思った。
先にランハート様の用事を済ませる為、私たちは鍛冶屋へ向かった。
アカムの鍛冶技術がどうすごいのか素人の私にはわからないが、たくさん人が覗き込んでいる光景は異様なくらいだ。
店頭でその技術を披露しているため、それを観光している人が多いようだ。
数回技術を見たくらいでは真似はできないし、ここの鍛冶にはマグマを使用する。
よそものが簡単に盗める技術ではないからと惜しみなく披露されている。
「マグマを使って作られた剣は非常に硬度が高く、切れ味も素晴らしいです。こちらの大きな石をご覧ください」
観光者向けに解説を行う人がメガホンを持って宣伝している。
石は高いところに置かれているので、少し離れた場所からでも見えた。
メガホンを握った人が、さっと剣を一振りするとぱかりとその石が割れた。
観光客からおおお~~と歓声があがる。
「もし今日特注品を望まれるなら最短で2週間頂きます。既製品であれば向こうのお店で販売しておりますので是非どうぞ~~」
「俺の剣もここで作ったんだよ。今日来てすぐに研磨を頼んだから夕方にはできていると言われて取りに来たけど……やっぱりいいね、2本目が欲しくなっちゃう」
ランハート様は店に入ると、受付の人に声を掛けて、研磨済みの剣を受け取った。
試し切りができると言われて、店頭に積まれた藁でできた案山子を撫でるように一振りしただけでスッパリと両断された。
それを見ていた周りの客が、あれが欲しいと受付の人に次々に声を掛けに行くほどの出来栄えだ。
「うん。いい感じ。ロザリアちゃんも良かったら剣みてみる?」
「えっ、私には扱えないかも……」
武器なんて孤児院の子と新聞紙で作った棒でチャンバラごっこしたくらいしか記憶がない。
「剣は重いし難しいかもね。でも護身用に1つくらいはあった方がいいよ。ほら、こういう短剣とかどう?
」
ランハート様が手にとったのは刀身が鏡のようにぴかぴかに磨かれた短剣だった。
柄の部分が女性や子供にも握りやすいよう細身になっており、滑り止め代わりの装飾がとても綺麗だ。
美術品のように見えるが、この短剣でも岩は切れるのだろうか?
「岩はね、流石に鍛錬してないと……短剣だし、さすがに切れないけど、ロープや植物の種とかはサクサク切れる筈だよ」
「この短剣に合わせるなら剣袋はこれと……飾り紐は何色がいい? やっぱりそのピアスみたいな紫? こだわりがないならこっちの青色の方が出来はいい」
楽しそうに選ぶランハート様があっというまに1揃い用意して購入してしまい、私は青い紐のついた短剣を同様に購入してもらった白い革のベルトにさした。
おおお、なんかちょっと冒険者って感じがする。
「しまった、ロザリアちゃんの髪にあわせて飾り紐は赤にすればよかったなぁ、うっかり実用性で選んでしまった……」
「いえいえ、購入までしてくれてありがとうございます。なんだかちょっと心強くなりました」
「なら良かった。ついつい夢中になってしまって……女性にプレゼントするにしては華がなかったよねぇ。よし、仕切りなおしとしてご飯も俺が奢ろう」
遠慮しようとしたが、ランハート様は「気にしない気にしない、お兄さんに可愛がられなさい」と言って私の手を引きすいすいと歩いていく。
アカムには武器を求めて何度か来ているのであちこち店を把握しているらしい。
「辛いのって平気?」
私が頷くと、嬉しそうに「じゃあここに入ろう」と赤い暖簾のかかった店に入った。外からでもわかるスパイスの香りがぐんと強くなる。食欲をそそられる匂いだ。
ランハート様が慣れた手つきで注文すると、すぐに平べったいパンのようなものと、数種類のソースのようなスープのようなものがテーブルに置かれた。
「このパンみたいなのをちぎって、ソースにつけて。あとから湯で野菜もくるから色々試してみてきにいったソースをかけるといいよ。お肉の方は既にスパイスでしっかり味がつけられているからソースをつけると喧嘩しちゃうと思う」
言われた通り、パンをちぎって黄色のソースにつけて食べてみれば、それは意外とまろやかで美味しかった。
緑色のソースはかなり辛い!赤いのもとても辛そうなので、私は口を休めるためにもう一度黄色のソースをつけた。
「ふふふ。辛くて脳への刺激がすごくない? もしきつかったら店主に頼んで甘い飲み物を作ってもらおっか?」
「お、お願いしまふ……」
辛いのは平気だけど、ここまでとは思わなかった。
直接唐辛子を食べるよりも強い刺激を受けて口がヒリヒリしている。
渡された飲み物は牛乳をあま~~くした感じで、一口飲むだけでヒリヒリがおさまった。
そうするとさっきの黄色いソースでは物足りない。
後から届けられた野菜を赤いソースをつけて食べ、ヒーヒー言いながらもつい口は辛さを求めてしまう。
めちゃくちゃ辛い筈なのに絶妙にうまみがあるのだ。
ランハート様は緑色の一番辛かったソースがお気に入りのようで、いくつかパンと野菜をつけて食べるとタバコをつけて吸いだした。
タバコ、吸うんだ……という目でちらりと追えば、「あ、吸ってもよかった?」と聞かれたので「大丈夫です」と答えた。
「昨日から馬車移動の間は姫殿下と一緒でしょ? タバコずーーっと喫めてなくてさぁ、ようやく一服できたのよ、あ~~幸せ」
ふーーっと煙を吐く姿も絵になるイケメンだ。
言葉遣いは多少ちゃらいイメージだけど、タバコを吸うようなイメージがなかったので純粋に吃驚した。
我慢するのが本当につらかったのか幸せそうに吸っている。
そこへ店員がやってきて、テーブルに追加でお肉が置かれた。
「遠慮せず食って。俺もタバコ堪能したあと食うから」
スパイスの乗ったお肉も辛そうだけどおいしそうだ、私は遠慮なくかぶりついた。
想像通りの味につい笑顔になる。
ランハート様が「おいしい!」という私を頬杖をついてにっこりと笑いながら見ていた。
「ね、ね。正直ロザリアちゃんはさ、将来結婚するならだれが良いの?事情は知ってはいるけどさ、あれだけ周りにいい男がごろごろいたらさ、少しくらい想像とかしちゃわない?」
「ええっ!? そんな、想像したことないですよ」
「じゃあ今考えておにーさんにこっそり教えてよ」
この国で結婚できるようになるのは、16歳からだけど、16歳になったからといってすぐに結婚する人は少ない。
貴族はそうなのかもしれないが、庶民達は大抵働いて生活の基盤を作ってからの20歳前後くらいだ。
もうすぐ15歳になる私にとってはまだまだ先の話だし、結婚どころか、将来何かしたい事があるわけでもない。
ランハート様に言われて想像してみたが、頭にもやがかかったようになってうまく考えられなくなった。
恋心がないのと関係があるかもしれない。私は正直にそう答えた。
「一番仲がいいのはって言われたらやっぱりカイだと思うんですけど、カイは女の子だからそういう関係じゃないし。あの、ここだけの話にしてくれます?」
「なになに? もちろんだよ~~」
タバコを置いて、こちらに身を乗り出してきたランハート様に私はずっと気になっていたことを耳打ちした。
「あの、リーナ王女殿下ってカイの事を好きなんですか?その……友達としてって意味じゃなくって、そういう意味で」
「あ~~やっぱり気になっちゃう? 親友なんだもんね?」
「は、はい。そういうのに偏見はないつもりなんですけど……。友人として好いているにしてはちょっと違うかなって」
「まぁね、俺から見てもそうだと思うよ。リーナ殿下は聖女様の事愛してるというか執着してる? よね」
やっぱりそうなんだ。
私の勘違いじゃなかったんだ。
その、女の子同士でそういう関係を望む人を初めて見たけれど、2人とも美形だしとても絵になっているので全く嫌悪感がない。
頬を染める私に、肉にかぶりつきながらランハート様が尋ねてくる。
「そういうの見てもロザリアちゃんとしては何もないの?こう、嫉妬とかさ」
「うーん。カイと全然お話ができないことに不満はありますし、ちょっと寂しくはあるんですけど、でもリーナ殿下がそういうお気持ちだっていうんなら仕方ないかなって思う部分もあります。もちろんカイが嫌がってない前提なんですけど」
「大人だね~~、それともその心の穴のせいかな。ちょっと羨ましいかも、俺は過去に失恋して、いまだに忘れられない人がいるから」
あっこの話長くなる奴だ。
次々と肉を頬張りながら自分の話をしだしたランハート様に相槌をうちながら、どこまでエスメラルダ様に報告したものかな……と私は考えていた。




