封印の旅へいざ出発!
2年生になってからあまり時間もたっておらず、ようやくクラスメイトと仲良くなってきたかも、という頃、アレス殿下から招集がかかった。
予定より少し早いが、封印の旅へ出発が決まったらしい。
出発するメンバーを改めて招集し、詳細を説明するので来て欲しいといわれ、今私は王宮に向かって居るところだ。
今となっては少し懐かしい、カイと魔法の勉強をしていた客間に通されると、中にはアレス殿下と魔法騎士団のイケメン筆頭であるランハート様が待っていた。
「早かったな、ロザリア。今回のメンバーは力こそ強いが未成年が多いためこのランハートがお守り役として付き添ってくれることになった」
「ロザリアちゃん、いや、ロザリア様かな?殿下にお守りなんて必要か疑問ですけど、そういう事なんでよろしくお願いします」
「ロザリアちゃんでもいいですよ。……持っていくものに便箋と封筒増やさなきゃかな」
「ん?」
「いえいえ何でもありません」
ランハート様が行くって知ったらエスメラルダ様が「報告を! できれば毎日!」と行ってきそうだ。毎日は無理だとしても絶対に何度かは送るだろう。
「カイはまだですか?」
「リーナと共にもう1人を連れてくる」
3人でお茶を飲みながら待つこと数十分。
ようやく扉がノックされて、カイとリーナ殿下が入ってきた。
それからその後ろにもう1人、宵闇みたいな、紫色の髪の毛の赤い瞳の男の人……はじめて正面からしっかり見るが、この人は、間違いなく……
「ジーンという。知っているかもしれないが、魔物を操作してロザリアに襲わせた犯人だ」
やっぱり。
ジーンさんは無表情のまま低い声で「よろしく」と言った。動くと、つけられている首輪についた鎖がじゃらりと音を立てる。
えええ、どういうこと?見た感じ明らかに囚人ぽいし、人にあんな事しておいて謝りもせずしれっと挨拶とはどういう了見なのか。
この人が旅のメンバー?
「人に害をなしたと判断されれば首輪が拘束するから安心してくれ。カイが絡むと厄介だが、それさえなければジーンはかなり優秀な男だ。最近増えた魔物もジーンがいれば操ってどうにかなることも多いだろう。ジーン、念のためもう一度言っておくが、ロザリアは俺の大事な人だ。二度と傷つけるな」
「はいはい」
「はいは1回!」
「はーーーーい」
アレス殿下は、あのバディ騒動の後、私の事を「俺のものとして印象付けることで守る」と説明してくれた。
カイがバディとして傍にいたイメージを払拭するため少し大胆な事もするかもしれないと聞いている。
ジーンさんに私の事を紹介する時もそのつもりで主張しているんだろうけれど、興味がないのか信じていないのかおざなりな返事だ。
それに、ジーンさんの視線は私の両耳で揺れる紫色のピアスに注がれていた。
目を付けられたくなければ外した方がいいと忠告は受けたものの、これだけは外したくない、と我儘をいってつけている。
「では説明をはじめる。出立は1週間後。陛下に挨拶を済ませ次第馬車で出発する。リーナとカイは知っていると思うが改めて説明すると、魔王を封印した場所まで行くには鍵が必要となる。やすやすと立ち入られては困るからな。その為鍵を得るために各地巡礼をすることになる」
アレス殿下はランハート様に地図を広げさせた。
魔法で馬車を模した土人形が説明を受けながら地図の上を滑っていく。
「巡礼は4か所。4属性それぞれの欠片を集めれば鍵になる。最初は火の聖地アカムからだ。そのあとシロナス、ブルール、リョークンと回り、最終的に集めた鍵を用いて封印の場へ向かう事になる。まだ春だが、アカムは既に暑いと聞いているので、涼しめの格好をお勧めする。それから武器や防具についてはこちらで支給する。一応ポーションや常備薬、食料も積むが各々用意しておけ、万が一離れたとしても大丈夫なようにな」
そして、旅のための支度金と荷物を見た目よりもはるかに収納できる魔法鞄が配られた。
必要なものを1週間で揃えるには何日か学園をお休みする必要があるだろう。
そもそも学園を抜けて旅にいくので、そのための届け出も出してあるから大丈夫かな?
特例として出席扱いをしてもらえるらしいが、旅をしながら魔物を倒したりするのは魔法訓練になっても教養はつかない。
馬車の中でアレス殿下が直々に講義をしてくれると言っていた。
そうして、あっという間に1週間はすぎ、出発の日が来た。
◇◆◇
国王陛下に1人1人用意された剣を捧げる儀式をして、馬車に乗り込む。
2台用意されていて、レーナ殿下はカイと一緒に乗りたがったため、それにランハート様と、レーナ殿下の世話をするメイドの4人で1台。
もう1台に私とアレス殿下、そしてジーンさんが乗り込んだ。
王都を抜けてしばらく行くと、景色はだんだん森から荒地に変わってくる。
このあたりは鉱山が多いのだと殿下が説明してくれていたそのとき、馬の手綱を握っていた御者が「魔物です!」と叫んだ。
アレス殿下と私はすぐに外へ出て周りを確認する。
豚の魔物の群れが走っていくのが見えた。
「こちらへは向かってこないが、このままどこかの街へ流れ込めば被害になるだろう。せめて数を減らすぞ」
アレス殿下は腰から剣を引き抜いて雷の魔法を纏わせた。
そのまま群れに駆け抜けていっていまい、私はどうしようかとおろおろしてしまった。
「なに?君も旅のメンバーじゃないの?それとも、ただの荷物持ちか世話係かい?」
ジーンさんは馬車から出てくると、楽団の指揮者のように両手を振りはじめた。
そのリズムに合わせて遠くの方で群れが動き始める。
「そう、いい子だね。そのままじっとしていて……アレス殿下に祝福を」
さあ、と風が吹いて、アレス殿下の動きが速くなるのがわかった。
隣の馬車から出てきたリーナ王女が群れに向かって炎の魔法を撃ちこみ魔物を蹴散らしている。
そうだ、私も加勢しなければと思ってみれば、既に討伐は終わり、アレス殿下が戻ってくるところだった。
「は、はやい……」
「本当に君は何しに来たの?『無効化』なんてなくとも僕の支援魔法と『獣使い』があればよくない?戦い慣れもしていない子を連れてきても荷物持ちどころかお荷物そのものでしょ」
ジーンさんはそのまま馬車にまた乗り込んだ。
何も言い返せずにいる私の肩をアレス殿下がぽんと叩く。
「気にするな。ジーンは自分にも他人にも厳しい男だ。ロザリアも実践に徐々に慣れてくれればいい。次は得意な属性の魔法でいいから適当にぶっ放してくれ」
「はい、わかりました……」
アレス殿下と私が乗り込むと、また馬車は走り出す。
もしかしてまたジーンさんに何か言われるのではとびくびくしていたが、もう話しかけてくることはなかった。
火の都アカムは割と王都に近いが、それでも馬車で2日かかる。
今日はその手前の街で宿をとった。
普通は2人1室だろうが、王家がバックスポンサーについている旅なので1人1室である。
まぁ王子やお姫様がついてくるのだからそうなるよね。
メイドさん1人は随分大変そうだ。
それにしても、リーナ殿下はカイにべったりで、夕食も隣だったし、自室に戻って就寝するまでずうっと一緒だ。
ちょっとくらいお話できるかなと思っていたができそうにない。
アレス殿下はランハート様と打ち合わせに忙しそうだし、ジーンさんをちらっと見ると、視線に気づいてこちらを見はしたもののすぐに逸らされて無視されている。
私はしょんぼりして1人で過ごすしかなかった。
遊びに来たわけじゃないのはわかってるんだけど、それでももう少し仲間と一緒に頑張ろうとかよしやるぞみたいな気に満ち溢れているようなものをイメージしていたので格差がつらい。
このままこのメンバーとうまくやっていけるだろうか?
しかし、自分の機嫌をとれるのは自分だけである。
この4年間ひたすらカイに会おうと足掻いた私の根性を舐めてもらっては困る。
みんなが寝静まったころ、どうしても話がしたかった私はこっそりとカイの部屋に忍び込んだ。
王宮や学園の寮の扉は頑丈だしセキュリティがしっかりしているが、ここの宿の扉くらいなら私でもちょっといじれば開けそうだ。
孤児院の子と一緒にキッチンに忍び込んだ経験が生きた。
部屋の中は真っ暗だった。
そっと灯りを照らすための光を魔法で出すと、ベッドに寝ているカイを発見した。
お話したかったけどもう寝ちゃったのかな?
それなら仕方ないから、少しだけ私の大好きなカイの顔を拝ませてもらってから帰ろうかな、とベッドに近づくと、急に腕を引っ張られて布団に連れ込まれた。
「いけない子だね」
連れ込まれた際に口をカイの手で塞がれていたので返事はできない。
カイはその塞いでいる手に嵌められている銀色の腕輪をゆび指した。
そうか、通信機能を使えない様にしないと、リーナ殿下にバレるかもしれない。
私がこくりと頷いて腕輪に『無効化』をかけると、ようやく口が開放される。
幸い両隣の部屋はそれぞれアレス殿下とランハート様だが、できるだけ会話が漏れて聞こえない様に、私たちはベッドの中に2人はいったままひそひそと話をした。
「会いたかったから来ちゃった」
「本当にロザリアの行動力には驚かされるばかりだよ。嬉しいけど、無理しないで」
「だってこうでもしないと、全然近づけないんだもの。リーナ殿下って相当カイのことがお好きみたい」
「自分で言うのもなんだけどその通りだよ。アレスに聞いた?」
私はこくりと頷いた。
ライカンとアレス殿下が私のバディになるため争ったあと、カイの言動でふと気づいた私はアレス殿下に直接聞きに行ったのだ。
そのときに、カイとリーナ殿下のことについても教えてくれた。
リーナ殿下は人を信用できないらしい。
まだ小さい頃に懐いていたメイドがリーナ殿下に薬を盛り、それまで守っていてくれた筈の衛兵に襲われそうになったことがあった。
未遂で事なきを得たし、メイドと衛兵はそのまま極刑を言い渡されたものの、リーナ殿下は心に深い傷を負った。
以来誰にも心を開かず、常に疑いかかって接する癖がついたが、聖女であるカイだけは違った。
カイは女神にその人柄を愛された人間だ。
悪意のある嘘はつかず、騙したり人を乏しめたりなんて絶対にしないし、誰にでも分け隔てなく接する。その力を持つことを驕らず、惜しみなく全力で奮う姿に、誰もがカイを褒め讃えた。
そんな人間だから、リーナ殿下はカイにだけは猜疑心を抱かずに安らいで過ごせていた。
次第にそれが執着に変わり、カイに関わるものすべてに嫉妬しはじめるまでは。
「そっか、ごめんねロザリア。だけどこんな風に忍び込むのは感心しないよ。今度は僕の方から部屋に会いに行くからいい子にしてて?」
「うん。でもたぶん、私の隣はリーナ殿下のお部屋だよ。大丈夫かな?」
「防音の魔道具を持っていくから大丈夫」
カイが微笑む顔があまりにも綺麗で、久しぶりに堪能したいと思って私は抱き着いた。
カイに抱きしめ返されて私はふと気づいたことを口にした。
「あれ?カイ、少し大きくなった?」
寝そべっているからわからないが、少し目線が上にある気がする。
カイは嬉しそうに「そうかもね」と笑った。




