sideカイ
この手首に銀色に光るバディの腕輪をつけたと知った途端、リーナ王女殿下は以前よりも更に独占欲を露わにしてきた。
呼び出されては詰問されるのを、このままのらりくらりと躱しながら旅にさえ出てしまえばなんとかなるだろうと思っていたのだが、リーナ王女は国王陛下に直接「わたくしも魔王封印の旅へ同行し国民の為その身を捧げたく思います」と奏上した。
陛下は普段は良き統率者だが、ようやくできた娘にはとても甘いことで有名だ。
2つ返事で旅の許可を出すと、王太子殿下にリーナ王女をメンバーに加えるように、通達までしてしまった。
その上で、14歳になって入学を果たしたリーナ王女はその足で職員室へ向かうとSクラスの特権を行使した。
いくらアレスや僕が相手をひた隠しにしたところでこうなってはお手上げだ。
ロザリアは呼び出されてそのまま腕輪を取り上げられた。
バディを解消しただけで済めばいいが、このまま僕がロザリアを気にかけたりすれば、たちまちリーナ王女は機嫌を損ねて八つ当たりをするだろう。
いくら聖女が王族に等しい権力を有するとはいえ、恋人でも家族でもない、ただのお気に入りの友人に対してまで権力を行使すれば暴君だと見なされるだろう。
ましてやロザリアはちからを得たとはいえ元は一般庶民だ。
存在を消されてしまって、そのまま闇に葬り去られてしまう可能性だってあるだろう。
苦汁を飲む気持ちで僕は、ロザリアのもの言いたげな視線を無視して無言を貫いた。
心がずたずたに踏み荒らされた気分だ。
僕がロザリアに接触しないか、リーナ殿下は病気みたいにずうっと見張っている。
今頃は、動けない僕の代わりにアレスがロザリアのところへ向かって居るだろう。
アレスは人の機敏を図るのが得意で、昔から立ち回りがうまく何度も助けられた。
今回もおそらく、ロザリアを守りたいという僕の思いを汲んで行動してくれたのだと思っていた。
あの、青い薔薇を見るまでは。
貴族なら誰でも知っている、王家がプロポーズの相手に渡すのが、青い薔薇だ。
アレスは自分の魔力で花を顕現させていたが、本当は生花を渡す。
青い薔薇は普通には咲くことはなく、王家の管轄でのみ管理されている奇跡の花と呼ばれている。
しかし、生花でなくとも意味は通じる。
どこまで本気かわからないそれに、僕は花から視線を逸らせなかった。
本当にロザリアを守るためだけにそんな演出をわざわざ?
こんなに人を集めておいて、皆の見てる前で?
真意を問えば、決定的な返事を聞くことになりそうで聞けなかった。
しかし、効果は覿面なのは確かだった。
リーナ王女はとりあえずはロザリアには手は出さないようにしているし、学園の誰もが遠巻きにロザリアとアレスを眺めるようになり、ひそひそと2人の居ない場所で噂話をしている。
1度だけその噂話を聞きつけた人狼が僕に尋ねに来たが、ロザリアを守るためだと言っておいた。
ふぅん、とだけ言った人狼はまた1人で魔法訓練に出かけて行った。
あのライカンという男は、アレスに勝つためにまた努力を始めたらしい。
それだというのに、自分はどうだ?
リーナ王女の持つ権力に怯えて、好きな子を自ら守ることも出来ず、このざまだ。
あれだけ啖呵を切ったというのに、なんと格好悪いことか。
聖女なんて肩書はただの紙切れと同じだ。
ギリ、と唇の端を噛みすぎて血の味がする。
治療魔法を使う気にはなれなくて、タオルかハンカチを探そうと自室を見渡して、ピンク色のリップクリームに目が留まる。
「どうしても諦めたくなかったから、死んででも足掻いたの。」というロザリアの声が頭の中で聞こえた。
「どうしても、諦めたくない……諦められないなら、頑張るしかない……」
リップクリームを手に取って、荒れた唇に塗った。
ベリーの甘い匂い。
舞台の上で突然演じさせられたキスの時にもふわりと漂っていた。
◇◆◇
「アレス、話があるんだけど」
リーナ王女に見つかるとうるさいので、夜中に屋根を伝って移動して窓から侵入した僕に対して、アレスはため息をついた。
「王宮の警備は俺が指導しているんだぞ……」
頭を抱えているが知ったことではない。
「ロザリアのことなんだけど」と切り出すと、ようやく聞く気になったのかとアレスの方から話し始めた。
「青い薔薇は俺が魔力で顕現させたにすぎないから正式なものではない。ただ、観客とリーナには効果があっただろう」
「僕にも覿面だったよ」
一瞬でも本気だったらどうしようかと悩んでしまった。
結局、アレスが本気だろうと僕がロゼリアを諦める気がないので関係ないと思いなおしてここへ来たのだ。
「しかし、そういう話は出始めている。リーナが水面下で動いているようだ。あいつはすぐに人を疑う癖がある。昔痛い目を見たからだろうが、それにしても病的だ。兄上の『鑑定』を受けに来たロザリアにすぐ反応して調べさせ、すでにお前との関係も把握していたらしい」
「なるほど。やっぱり思った通りだったみたいだ」
「それで、ただそのことだけを聞きに来たわけじゃないんだろう?」
アレスは腕を組んでとんとん、と指で叩きながら言った。
どうせ僕が次に頼むことにも気づいているんだろう。
そうして、その頼み事をいかにして叶えられるか既に頭の中で計算しているに違いない。
このアレスという男は本当に欠点のないほど完璧な男だ。
もし本当にアレスがロゼリアの事を望むのであれば、これほど怖い相手はいない。だけど、
「もちろん。国王陛下に会わせてくれ」
「……わかった。少し時間はかかるだろうが、必ず」
ロゼリア、僕も君を諦めない。




