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sideカイ

 ロザリアが実家に帰ると聞いて、彼女には内緒で思わずついてきてしまった。

 王都に来たときはどうだったか知らないが、あんなに可愛い女の子が往復するのに変な輩に声を掛けられない筈がない。

 そういう訳で、行きはこっそり見守っては声を掛けようとする奴がいれば一方的に撃退していたが、帰りはもう一緒に帰ってもいいだろうと馬車乗り場で待っていた。

 いつ頃くるかは腕輪を通してわかっていたし。


 孤児院の中で楽しそうに遊ぶ子供たちや、ギルとする会話も聞こえていた。

 ギルは相変わらずロザリアの事が好きなようだが、チキンだから言う度胸なんてないだろうしどうでもいい。

 問題は会話の内容から察するに、ギルがロザリアに僕の事を女だと吹聴した可能性がある事だ。


 もしやと思いロザリアの後孤児院を訪ねて問い詰めればあっさりと白状しやがった。

 お前のせいか、という恨みと共にお前のおかげで、とも思える状況だったため殴るのは勘弁してやった。

 僕は今一応聖女だしね。

 久しぶりにお会いした院長先生にお世話になってた分、たくさん寄付金も渡したし、お別れの挨拶も済ませた。

 無事に帰ってくる自信はあるから形だけだけど、ロザリアが教会のいつもの席でお祈りしていたから僕も同じ席でお祈りしておいた。

 祈ると聖女の力が自動的に発動して子供達の怪我が治ったり、持病持ちのシスターたちが急に身体が楽になったと目を白黒させていた。

 おおごとにしたくないので、院長先生に目配せしてそのまま立ち去った。


 王都に帰る馬車で隣同士に座りながら、ロザリアが僕にぽつぽつと話をしてくれる。


 僕が知っている、ロザリアの実家の話。

 母のお店のお話に、孤児院のお話。大好きな幼馴染の話と、これから旅に出るという話。

 全部彼女が愛おしいと思っているもので、それは僕が守ってあげたいと思っているもの。

 相槌をうちながらじっと聞いていると、ロザリアはいつもの溌剌とした雰囲気から、ふっと急に静かになり、俯いた。


「魔王を封印する旅ってどんなのなんだろうな。大変で、命がけだって聞いたの。私足を引っ張らずにいけるかな?」

「ロザリアなら大丈夫だよ。僕と2人でも2回も魔物を倒しているじゃないか。君の『無効化』はすごいよ、自信を持って」

「うん……ありがとうカムイ」


 微笑むロザリアの顔にまだ元気は戻らない。

 もしかしてと思って、僕は伺うように尋ねた。


「怖い?」


 ぴくりと反応があったので、そのまま続けて話しかける。


「怖かったらそう言っていいんだよ。嫌なことも嫌だっていいって良い。ロザリアは別に逃げようとしているわけじゃないんだろう? 怖くても、立ち向かおうとしてる。それは誰にでも出来る事じゃない。ロザリアは偉いよ」


 そういって頭を撫でる。

 同時に馬車がカーブを曲がった勢いで、ロザリアの頭がとん、と僕の肩に乗せられた。

 僕は孤児だから、愛する家族と離れる気持ちはわからないけれど、もしもロザリアが僕の家族だったなら、きっと感傷に浸るだろうし、離れがたく思うだろう。

 そのまま会えなくなってしまうかもしれない旅に出るのはきっと怖いはず。

 ロザリアの家は仲が良くて、居心地がよさそうだったから猶更だ。

 僕はロザリアをそのまま抱きしめた。


 今の僕は聖女としてロザリアの前にいるわけじゃないから、守ってあげるとも一緒に行くから大丈夫だとも言えない。

 ただ静かに涙を流すロザリアの頭を、知らないフリしてずっと撫で続けた。


 次の街へ到着するころには、ロザリアはもう泣き止んだ。

 ひときしり泣いて、少しすっきりしたのかもしれない。

 赤くなった目元を拭うふりをしながら腫れないよう回復魔法をかけてあげると、じっとこちらをロザリアが見ていた。

 もしや、回復魔法を使ったのがバレたのかと内心焦っていると、「カムイってさ……」とロザリアが切り出す。


「聖女様に似てるって言われない?」


 思わず心臓が跳ねて、目線を逸らしながら「言われないよ」と言った。

 いや本人だからね、言われるわけないよ。


「いや、絶対に似てるよ。太陽に透けてきらきら麦の穂みたいに輝く金髪も、その宝石みたいな瞳の色も同じだし……」


 頼む、気づかないでくれ。


「何より頭を撫でてくれた時の手つきがね、すごくそっくりだったの。でもカイはもっと美少女だもんね。カムイはその……かっこいい、し」


 かっこいい、という言葉をロザリアから貰うのは初めてで、僕は一気に顔が熱くなった。

 いつも可愛い、綺麗というばかりで、それも女の子相手だと思って言っている言葉だったのに、今日は僕の事をちゃんと男だと認識した上で、かっこいいと言っている。

 しかもちょっと照れながら。

 破壊力がえぐい。

 まともにロザリアの顔が見れそうにない。

 マスク越しでも赤い僕の顔に気づいて、ロザリアもますます照れてお互いに真っ赤な顔で違う方向を向き合っている。

 

 なんだこの甘酸っぱいのは。

 好きだと思う気持ちでいっぱいになるが、ふとそこでロザリアに『恋心』がない事を思い出してしまった。


 どんなにいい雰囲気になったって、ロザリアにとってそれは決して恋愛じゃないんだ。

 この時初めて、アレスの「お前が辛いだけじゃないのか」という言葉が頭をよぎった。

 頭を振ってその言葉を追い出す。

 僕はロザリアと居られる今この時が幸せだから関係ない、と自分に言い聞かせたが駄目だった。

 1度欲してしまえばもう止まらない。

 ロザリアの心が欲しいと、奥底で叫んでいる自分が居る事に気が付いてしまった。


「どうかした?」


 ぼうっとしている僕に気が付いて、ロザリアが目の前で手をひらひらとさせていて、気づいた時には僕の口はするすると喋りだしていた。


「とても、好きな人が居るんだ。だけど、伝える事も出来ないし、それが叶う事もないと知っていて……覚悟していたつもりだったけど、思っていたより辛いなって」


『恋心』のないロザリアに何を言っているのか。

 しかもその好きな人はロザリア本人だし、馬鹿な事をしたと自分でも思う。


「そうさせたのは自分のせいなのにね。ごめん、よくわからないことを言って」

「ううん。大丈夫だよ。辛いのにどうして恋ってやめられないんだろうね。私のは恋とは違って友情なんだけど、すごく大好きな幼馴染が居て、その傍にいきたくても行けなくて、神様にお願いしても叶わなくって……でもどうしても諦めたくなかったから、()()()()()足掻いたの。幼馴染の傍に居たいって……そしたらね、叶っちゃったんだよ。だからさ、カムイもその……もしその好きな人が死んでるとかだったら無理かもしれないけど例えば身分差とかだったりして、諦めきれないなら頑張るしかないと思うの」


 そう言って語るロザリアの横顔を、僕はぽかんとして見ていた。


「だって辛くたって諦めきれないんだもの。諦められるようになるまで足掻くしかなくない? 一つでも可能性があるなら私は賭けたいし、格好悪くてもいいから手に入れたい。カムイがそう思うなら、頑張って。私も応援するから」


 そうして僕の手を握ってくれるロザリアが眩しくて、とても愛おしくて……焦がれた僕の心臓を鷲掴みにしていく。

 諦められる訳ないよね。

 僕はロザリアに「ありがとう」と言って微笑んだ。

 もし僕が聖女の役割を終えたその時は、ロザリアに届かなくても好きだと告げて、愛をたくさん伝えようと決心して。





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