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実家と孤児院

 

 王都から乗合馬車で揺られて街3つ分。

 そこに私の実家はある。


 ルルーシェ家は父がお役所勤め、母は小さいがお店を経営している裕福な家庭だ。

 貴族程ではないにしても大きなお屋敷に何人かの使用人がいる。

 いつも両親は忙しくしているので、昔からいるおばあさんメイドが遊び相手だった。


 私がばぁばと呼ぶそのメイドはいつもお手玉や刺繍を教えてくれたりしたのだが、それをつまらなく思っていた小さいころの私はよくお屋敷を抜け出しては遊びに出かけていた。

 それがカイのいた孤児院である。

 何せ同じくらいの年頃の子がたくさんいて、毎日忙しそうに仕事をしたり皆で遊んでいるのだ。


 私が家で料理を手伝ったりしようものならシェフに危ないので駄目ですといわれ、掃除をしようと思えば慌てて若いメイドが捕まえに来る。

 ばぁばと遊ぶのもつまらないし、その輪に入ってわたしは自分の旺盛な好奇心をどうしても満たしたかった。

 あまりにも頻繁に孤児院に顔を出すようになってから、両親も孤児院に対して寄付をするようになったので訪れても嫌な顔をされることもない。

 友達に交じって畑仕事に挑戦しては泥だらけになったり、鬼ごっこをしたりして遊んだり。

 その日の夜ごはんにするといって出かけた魚釣りについていった日、初めて竿を触らせてもらい、何時間も粘ってようやく奇跡的に吊り上げた魚をどうしても食べてみたいといって家に帰らず困らせた日もあったけれど。


 私が実家に帰るとばぁばが出迎えてくれた。

 両親は今日も忙しいみたいだった。

 私と顔を合わせることはあまりないけれど、別に愛情を疑ったことは1度もない。

 罪を犯さないことと、他人に迷惑をかけないことの2つを守れば基本的に私はやりたいことをやらせてもらい、のびのびと育てられたのだ。

 カイにどうしても会いたいからと馬車に乗って突然王都に行きたいと言った日も2つ返事で送り出された。

 私がカイが居なくなってからずっと落ち込んでたのを知っていたからかもしれないけれど、それにしても14歳の小娘がそんな風に行動してくれるのを許してくれるような寛容な親はなかなかいないと自分でも思う。


「旦那様も奥様も、ロザリアちゃんが帰ってくるなら今日は早めに帰宅すると言っておいででしたよ。それからシェフも、とろとろの豚バラ肉を朝から煮込んで張り切っておりました」

「わあ、楽しみ。ね、それまで孤児院にいってきてもいいかしら」

「そうおっしゃるのではないかと思って準備しておりますよ。手土産にこちらをお持ちくださいね」


 そう言ってばぁばが差し出したのは、母のお店で扱っているドーナツだ。

 20個ほどがぎっしりと詰められている。

 今から行けばおやつの時間に間に合うだろう。

 私は持ってきた荷物を自室に置くとすぐに出かけた。

 孤児院は歩いて5分もない距離にある。

 慣れた足取りで門を乗り越え、階段を上がって玄関扉を叩くと、院長先生が顔を覗かせた。


「まあロザリア。しばらく見ないと思ったらご両親から学園に入ったと聞いて驚きましたよ。今日はどうしたのですか?」


 この孤児院は教会も兼ねてあり、寄付と国からの援助で成り立っている。

 清廉なシスターたちの運営の元、孤児たちは清潔な住処を与えられ、必要な食事と教養を得ることができる。

 院長のシスターが時々私にも文字の読み書きを教えてくれることもあったので、敬意を込めて院長先生とお呼びしている。


「今度、カイと一緒に魔王封印の旅に行くことになったんです。だからその前に、一度挨拶に来たの。これ、手土産です」


 用意していたドーナツを渡すと、院長先生は皆喜ぶでしょうと中へ入れてくれた。

 孤児院では12歳になるとあちこちのお店でわずかな給金を貰いながら修行をし、3年ほど修行を積んだ15歳くらいになるとようやく1人前として雇われ暮らしていけるようになる。

 そうするとだいたい皆1年ほど孤児院で暮らしてお金を貯めてから、16歳には完全に孤児院をでて1人立ちをする。

 それまでに職の決まらない子も、16歳を過ぎれば出て行かなければならないので皆基本的にしっかり学んで働く。

 女の子の中には新たなシスターとして残る子もたまに居た。

 だから一緒に遊んでいた同年代の子はもう働きに出たり、孤児院を卒業したりしているが、何人かは知り合いが残っている。


「あっロザリアだ!」

「久しぶり! ねえみんな、ロザリアがいるよ!」


 遊んでいたころは小さかったから忘れられていたかと思ったが意外と覚えられている。

 私は皆に囲まれながら、今自分がどういう生活をしているのかを語って聞かせた。


「魔法使えるの? 見てみたい!」

「いいよ、じゃあ外に行こう」


 シスターに許可をとってみんなと一緒に外へ行き、水と光をあわせて虹の玉を作って風魔法で飛ばしたり、たくさんの土人形をだしておままごとをして遊んだ。

 女の子達にはミニチュアのお城や家をつくってやり、男の子たちには火でつくった龍を舞わせてあげると歓声をあげて喜んでくれる。


「ロザリア、来てたのか」


 低い声が聞こえて振り向くと、仕事から帰ってきたギルが居た。

 背が高くなって雰囲気も大人っぽくなっているが、驚いた時の顔は小さいころそっくりそのままなのですぐにわかった。


「ギル、声がぜんぜん違うね」

「声変わりしたんだ。男はでかくなると変わるんだよ。お前もその……ずいぶん……」

「なあに?」

「か、か、かわ……」


 小さい声でよく聞き取れないので、傍へよると、せっかく近づいたというのにギルは1歩さがってそっぽを向きながら言った。


「かわってねぇな! 全然!」

「えええ~~!? そんなことないでしょ。ほら、髪も伸びたし、少しは女の子らしくなったとかさあ!」


 胸もちょっとだけど出てき始めたんだからね、というのは言わないでおくが他にも変化はあるはずである。

 私は不満を露わにした。


「ふん、そういうところが相変わらずガキなんだよ。で、カイは元気だったのか?」

「うん。相変わらずの美少女だよ。きらきらしてていつまでも眺めていられる」

「ぷっ……おまえ……」


 私の言葉を聞いて急に笑い出したギルになぁに?と言ったがなんでもねぇとまたそっぽを向かれた。

 そのあともまだ笑っているので私はそのままギルに話を続けることにした。


「それでね、カイと一緒に旅に出るからその前に皆に挨拶に来たの。頑張ってくるから応援しててね!って」

「はあ? お前が?」

「うん。今見てたでしょ? 私も魔法が使えるようになったから」

「なんだよ、ようやくカイのこと諦めて帰ってきたと思ったのによ……」


 そういうとギルはため息をつく。

 私がカイの事諦めるなんて天変地異が起こってもないない。

 そろそろ遊ぶのは切り上げて孤児院の仕事手伝う時間なので、子供たちを戻らせた後わたしは教会へ入らせてもらった。何故かギルもついてくる。


 虹色のステンドグラスから差し込まれる光が幻想的に揺れるこの風景が昔から私は好きだ。

 カイとよく一緒にお祈りしていた席に座る。

 カイが聖女になってからも、月1くらいでここに来てはお祈りさせてもらっていた。

 手を組んで、「無事に旅を終えられますように」と呟くと、隣に座ったギルも私と同じようにして、「ロザリアとついでにカイが無事に帰ってきますように」と一緒に祈ってくれた。

 ギルは口は悪いしすぐに喧嘩を売ってくるけど、基本はいいやつなのだ。

 昔カイの事をいじめてた事はあるが、私が懲らしめてからは誰かをそういう風に扱うことはしなくなったし。


 ギルと別れて、家に帰ると両親も帰ってきていた。

 お互いにお帰りのハグをして、シェフ自慢の豚肉料理を夕食に頂く。

 お肉は口の中で溶けるほどほろほろでとても美味しかった。


「ちょっと目を離すとロザリアはどんどん大人になっていくわね」

「本当に。カイに会いに行くといって出て行った1年前はもっと小さくなかったか?」

「やだパパったら、物理的な話じゃないわよ~~」


 旅に行くという話は既に手紙で伝えているし、毎月便せんでたくさんカイとのことを報告しているので特に何も言及されることもない。

 そのままいつも通りおやすみのキスをしてベッドで寝た。

 次の日の朝、両親は私のいないところで少し泣いたのか腫れた目をしていた。

 それに気づかない様にいってきますと言ってまた2人とハグをした。母が包みをひとつ私に手渡す。


「お弁当よ。久しぶりに作ったわ……」


 シェフが作ったものではない、母の手作り。

 プロにはかなわないけれど、私好みの品がたくさん詰まっているに違いない。

 愛の詰まったそれを受け取って、私も涙を見せない様に微笑んだ。

 家を出て馬車乗り場へ歩いていく。

 すると、そこには見知った顔の人がいた。


「やあ、ロザリア。奇遇だね」


 黒い帽子を目深にかぶって、黒いマスクで顔を覆った男の子、カムイだ。

 こんなところで会うなんて本当に奇遇だ。

 もしかしてどこかに魔物が居るのかときょろきょろ見渡す私にカムイが笑って「今日は任務じゃないよ」と告げた。

 訳あってこの街にきて、今から王都まで帰るところだったらしい。

 ちょうどいいから一緒に帰ろうといってくれて、私はカムイの隣の席に座った。



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