クリスマスパーティー・下
薄く切られたローストビーフなら食べやすそうだと思い皿に盛り、しっかりと炒められた玉ねぎの匂いがする茶色いソースをかけて頬張ると最高に美味しかった。
歯ごたえを少し楽しむだけでつるりと飲み込んで味わうそののど越しがまた堪らない。
一口サイズに油で揚げられた骨つきチキンはかぶりつくのに少し勇気がいる。
このような立食の場では手を汚さずに食べるのは不可能と言ってもよいくらいなので、女性は誰も食べない。
食べたがったが私もさすがに断念して、大きな原木に飾られた美しい生ハムの元へはせ参じた。
給仕に切り分けてもらい、お野菜と共に頂く。
塩がよく効いていて野菜の中にはいったオリーヴとよく合う。
何もドレッシングをかけずとも美味しくいただけた。そうしてお肉を堪能していると、クリスマスパーティーの主役ともいえるケーキが運ばれてきた。
見栄えするように3段にわけてデコレーションされたものと、実際に食されるように取り分けられた小さなケーキたち。
それまで立食スペースには人が少なかったのに、ケーキが来た途端どこにいたのかというほど女子が多くなだれ込んできた。
そのおかげか、ようやく解放されたアレス殿下が私を見つけて寄ってくる。
顔に疲れは見えないが、私が傍にあった果実水をとって渡すと、「ありがとう」と少し掠れた声で一息に飲み干した。
「今のうちにここを離れたい。ロザリアも行くぞ」
しかし私の皿にはまだ結構な生ハムサラダが残っている。
少し考えて、私はその生ハムをくるくるとフォークでまとめて一塊にするとアレス殿下に差し出した。
あれだけダンスを踊ったのだ、お腹もぺこぺこに違いない。
一瞬目を瞬かせた殿下はさっとあたりを見回すが、誰もがケーキに夢中で肉なんてとりにきていないしこちらを見ることもない。
ぱくり、と生ハムは殿下の口の中へ誘われた。
空になった食器を置いて殿下の手をとる。
「意外と大胆な事をする」
「そうですか? ちょっと失礼かとは思ったんですけど、残すのも勿体なかったのでつい……すみません」
「いや、いい。旨かった」
しかしよくよく考えてみればちょっと失礼どころではなくかなり不敬だったかもしれない。
食べ残りを殿下に食べさせて処理させたようなものだ。
急がないとと思ってついやってしまった。
へこむ私を気遣いの塊の殿下が放っている訳もなく、「腹が空いていたから助かった」とまで仰った上に安心させるように微笑んでくれた。
さすがはカイの好きになる人だ。
顔面偏差値は最高、魔力も強いし権力もある、優しくって気遣いもできる男前……この人に敵う男性なんていないんじゃないだろうか?
ダンス会場で踊りつかれた人が涼むためにテラスが開放されている。
季節は冬なので、少し涼むくらいで、テラスに居座る人もそう居ない。
薄着の令嬢達がここまで殿下を探しに来るわけもないのでちょうどいい。
殿下は軍服の上着を私に着せてテラスへ出た。
「同じ赤系統のせいか軍服も似合うな」
「それは、ありがとうございます?」
臙脂色の軍服は勲章がいくつか縫い付けられていてとても重たい。
しかししっかりとした厚みがあるので外でもまったく寒さを感じずにすみそうだ。
上着を脱いだ殿下の方が寒く感じそうだなと思い見やると、殿下は手を振ってこの周辺を快適な温度に変えてしまった。
人間暖房装置だ。
一家に一台欲しい便利なやつ……そんな魔法の使い方もあるんだなぁ、と感心する。
『無効化』してしまわないようにしないと。
「これで寒くはないだろう。しかし周りから見ればおかしいから、ロザリアはそのまま上着をきていろ」
「はい。その……どうしてこちらに? もしお疲れでしたらこのまま会場を去ってもよろしいのでは?」
「少し話があってな」
テラスに用意されている、テーブルと椅子に手招きされて座った。
そこから夜空に星が瞬いているのが見える。
「周知の事実だがロザリアにも一応確認しておかねばなるまい。来年……といってももうすぐだが、カイや俺が魔王の封印を強化する旅に出るのは知っているか?」
私は頷いた。
カイの情報が少しでも知りたくて読んだ新聞で何度も見たことがある。
封印された場所は王都からとても離れているから結構な長旅になると書かれていた。
その準備は滞りなく進んでいるとも。
「その旅にロザリアも同行すると決まった。これは国王からの直々の命令になるので拒否はできない。ロザリアならカイが居れば喜んで行くと言うと思うが念のため、大丈夫か?」
「もちろんです!むしろメンバーになれなくともついていきたいくらいです!」
私は鼻息を荒くしていった。
「うむ。他にもメンバーは何人か見繕う予定だ。この旅に国の命運がかかっているのはわかっているだろうが、それくらい重要で、かつ危険なものになる。最近封印の綻びを感じているのか、魔物の現れる頻度が増えている。もちろん俺は全力でロザリアたちを守るが、念のため実家にはきちんと手紙を送るなり一度帰るなりして報告しておけ」
月に1回は、カイ観察日記といっても過言ではない手紙を実家には送っているが、入学して以来1度も帰っていないのは事実だ。
王都からは少し離れているので帰っていなかったが2年生になるまでに長期休暇もあるしその時に帰るのはいいかもしれない。
旅に必要なものとか細かな注意点を聞きながら相槌を打っていると、テラスの手すりにこつんと小さな魔法がぶつかった。
殿下と顔を見合わせて下を覗き込むと、聖女服に身を包んだカイが居た。
「お話中申し訳ありませんが、ただいま戻りました。ロザリア、ごめんね。時間がギリギリで急いできたからタキシードを着用する暇がなくてこのままで……会場には入れませんでした」
私の腕輪を通してカイの声が聞こえる。
おそらく殿下と旅の話をしていたのも聞いていたんだろう。
殿下は私に微笑むと、もうパーティーももうじき終わるだろうから行きなさいと言ってくれた。
上着を返してお礼を言った。
「飛んで、ロザリア。魔法で受け止めるから大丈夫」
カイの声が優しくそういうので、私は椅子を引いて手すりの近くに寄せようとした。
それを見ていた殿下がふっと私の膝裏に手をやって姫抱きにする。
「で、殿下っ」
「カイ、投げるよ」
「えええ!?」
私は心の準備をする間もなく空中に放り出された。
ちゃんと風魔法で掬ってもらい、無事にカイのところへ着地する。
上を見上げたが、もう殿下の姿はなかった。
「ロザリア、踊ってくれませんか」
会場から漏れ出る小さな音楽に、目の前にはタキシードを着ていない聖女服のカイ。
だけどそんなもの関係ない!私は頷く前にカイの腕に飛び込んだ。
くるくると踊りながらカイの綺麗な顔を間近で見る。
魔物を倒してきたとは思えないほど乱れ1つない聖女服に、お人形のように整った顔。
無事でよかったなぁと思い微笑めば、カイの顔も私に向かって微笑んでくれた。
「そういえばロザリアにはピアス用の穴はないんだったね」
「そうなの、折角もらったんだけどつけられなくって……」
「あれは2つつけると聖女の守護が得られるようにまじないをかけてあるんだ。今度つけてあげるから学園へ持ってきて」
私はこくりと頷いた。
そんなすごいものだったなんて、リップクリームのお礼としてもらっても良かったのかな。
「ロザリア、こうして君とまた近くにいられるだなんて思っても居なかった。ありがとう、追いかけてきてくれて」
「だって1度も帰ってこないんだもん。寂しかったんだからね」
「……ん、ごめんね」
ステップをとめて私の腰を支えながら身体を倒し、こつんとおでこが合わされてカイの瞳が閉じられた。
その長い睫毛を1本1本数えられそうなほどの距離で、カイが囁く。
「僕も、会いたかった」
そう言って開かれた紫色の瞳は宝石みたいで、あまりにも綺麗な顔面にどきどきしてぼうっとする私とカイの唇が触れ合いそうになったところで、ぱっとカイが離れて、また私はくるりと回される。
「カイったら、また僕っていってる。私って言わなきゃだめよ」
聖女になってからはだいぶ女の子らしい言葉遣いになったと思ったのに、時々まだ孤児院の時の癖が出るのね。私は少し懐かしくなってふふ、と笑った。
「今度ね、封印の旅に一緒に行く前に1回実家に帰る。その時に孤児院にもいってくるから、もし言伝があったら渡すわよ」
「特にないよ。あぁいや、手紙を書くからロザリアのご両親に渡してくれる?」
「孤児院じゃないの?? ……いいけど」
ダンスを終えて私たちは帰り路を手を繋いで歩きだす。
馬車のところでお別れかと思ったが、カイは私を寮まで送ってから帰ると譲らなかった。
明日の終業式が終われば、長期休みに入る。
さすがに王都と実家では離れすぎているからバディの通信機能で会話することはできない。
しばしのお別れの前に私はカイをもう一度抱きしめて、しっかりとカイ成分を補給しておいた。




