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演劇部の助っ人は大変です

 

 毎朝カイは私を寮まで迎えに来てくれて、一緒に手を繋いで登園する。

 放課後は王宮で仕事がある事が多いので一緒には帰ることはできないが、時々腕輪の通信機能でお話したりして、私は大変満足していた。

 夢にまでみたカイのある生活、最高。


 もうすぐ、年に3回あるテストのうち、最後の1回が行われる。

 ここで実技の点数をあげておけば、来年もしかしたらカイと同じクラスになれるかもしれない。

 そうすれば授業中もカイと一緒……そういうわけで、私は放課後一生懸命魔法訓練に励んでいた。

 いつも訓練に付き合ってくれるのは、おなじみライカンである。

 今のところ魔力量で全然追い付ける気配がなく、私よりもライカンの方がSクラスに近いかもしれない。


 しかし、今日は珍しく少しだるそうにしていた。

 いつもはガンガンに攻めてくるくせに、ちょっと控えている感じがする。


「どこか体調が悪いの?」

「あぁ……トゥーリオが最近よく血をねだるからな。ジーンは捕まってるから俺しか血をあげられないだろ?今テストのためにトゥーリオも頑張ってるらしくってさ、飲む回数が多いんだ。そうするといくら俺でもだりぃんだわ」


 ほら、といってライカンは制服の袖を捲った。

 二の腕にたくさんの噛み跡があって結構えぐい。


「うわあ……」

「結構気が立ってるから、トゥーリオにしばらく近づくなよ。いざとなったら腕輪で聖女様を呼べ」

「ええ、そんなに??」

「まぁテストまであと少しだし。なんとかなるだろ」


 ライカンはそういうと大きな欠伸をして、「今日は終わろうぜ」と言った。

 血が足りないのか、たくさん食べるしとても眠いらしい。

 じゃあな、と私の頬へキスを落としてひらひらと手を振り帰っていった。

 早業で防御する暇もなかった……ライカンに追いつくにはまだまだ全然足りないな。


 仕方がないので、1人で訓練をすることにした。

 魔力は筋肉と同じで、使えば使う程強くなる。

 攻撃の的にするために用意されているかかしが見えなくなるくらいにたくさんの矢を撃ちこんで、少し休憩しようとベンチに座った。


「こんにちは。随分上手になったんだね」


 話しかけてきたのは、ピンクブロンドで垂れ目に泣きボクロがセクシーなシェノン先輩だった。

 そっか、部活はテスト前だからお休みなんだ。


「あっ、お久しぶりです」

「しかも今じゃ聖女様のバディなんだって? Sクラスも1時期その噂でもちきりだったよ。そんな君とさぁ、1回やってみたかったんだよねぇ。どうかな、もう疲れちゃっててだめ?」

「シェノン先輩と勝負……どこまでできるかわからないけれど、いいですよ。やってみましょう」

「勝負の方法は、訓練用のかかしの的の、頭だけを狙ってそれぞれ3発撃つ。より鼻の部分に近い方が勝ち。もし3発撃った時点で同点なら、そこから1発ずつ撃って先に外した方が負け」

「わかりました」

「それでもし僕が勝ったら、ちょっと君にお願い事があるんだよね……。もちろん負けたら逆に君のお願い事を聞いてあげる」

「そ、それは内容によります」


 もし困ることをお願いされたらどうしよう、と思って私が引くと、シェノン先輩はえ~~先に言っちゃう?と少し楽しそうにした。


「演劇部のね、助っ人をしてほしいんだ。ど~~しても足りなくって。ね、お願い」

「なんだ、それなら別に勝負でなくともいいのに」

「それじゃつまらないでしょ?さ、というわけでやろう。先に君からどうぞ」


 私は案山子の鼻をよく狙って弓矢を引くように動かした。

 正確に魔法をあてる訓練みたいですごく集中力がいる。

 狙い通り当たる様に、しっかり想像してから魔法を放った。

 きちんと鼻にあたったのが見えて、ガッツポーズをする。


「やった!」

「なかなかやるね」


 言い出したシェノン先輩は当然うまい。

 手を銃のような形にして、「ばん!」といいながら的を狙う。

 一瞬もぶれることなく正確な射撃だ。

 お互い3発ずつ撃ったがどちらも鼻を貫通したので穴が1つしかあかない。


「じゃあここからずれた方が負けだね」


 こくりと頷いてまた鼻を狙う。

 無事穴に魔法があたってシェノン先輩に交代した。

 シェノン先輩は迷うことなく撃って、すぐに私の番がまた来た。

 外さない様によく狙っていると、耳元にふぅ~~っと息が吹きかけられて、私はあらぬ方向に魔法を放ってしまった。


「ひゃああ!?」

「おや、はずしちゃったねえ」


 私の耳に息を吹きかけた張本人は白々しく言った。


「シェノン先輩ぃ!」

「あっはっはっは。じゃあどうぞ、僕の妨害もしていいよ?」


 先輩はにっこり笑って言うが、私にそんなことをさせる隙もなくすぐに的を撃ちぬいた。


「よしよし、じゃあ約束通り助っ人よろしくね。テストが終わったあと演劇部にモモとおいでね」

「もー。しょうがないですね、わかりましたよ……では、またその時に」


 寮に帰って夜ご飯を頂きながら、モモに助っ人の件を伝えるととても喜んでいた。


「ロザリアが出てくれるの!? 助かる……! よし、追試にならないよう頑張ろうねっ」


 そしてそのままモモとメアリの部屋に連れていかれ、しっかり筆記テストの対策を叩き込まれた。




 ◇◆◇



 筆記テストはおかげさまでほぼ満点をとり、実技も思いっきりやったので後は結果を待つだけだ。

 私は約束通りモモと一緒に演劇部を尋ねた。


「いらっしゃーい。待ってたよ!」


 にっこり笑って、シェノン先輩が迎えてくれた。


「皆、頼んでた助っ人の子。ヒロイン役をしてくれる1年のロザリアだよ」

「……え?なんか適当なモブじゃないんですか?」

「そんなこと一言もいってないけど?」


 いやだって助っ人っていったらそういうことでしょ。

 なんでそんなメインキャラに呼ぶの?


「勝負に負けて引き受けてくれたんだし、今更しないはナシだよ~~?」

「くっ、つまり私が断れない様にわざわざ……」


 相変わらずにっこりと笑うシェノン先輩の笑顔がなんだか悪魔のように見える。この人見た目は儚げ美人だけどとんでもない策士だ……!


「今度演劇部はアマチュアの大会にでるんだけど、その時に全力で俺は『魅了』を使いたい。観客すべてにかかるくらいにね。だけどそうすると、俺の共演相手にも『魅了』はかかってしまう。そうすると芝居どころじゃなくなってしまう」

「だから、ロザリアがやってくれると助かるんだよね……みんな試したんだけど全滅で」


 モモが申し訳なさそうにいった。

 私はそれを元気づけるようにぽんぽんと肩を叩いて「わかりました」と言った。


「そういうことならお力になれればと思います。モモのために頑張ります!」

「ありがとうロザリア!」


 渡された脚本は、呪いにかけられた王子様を、ヒロインのキスで目覚めさせるというような童話のようなお話だった。


「もちろん実際にはキスしないでいいからね。セリフもそんなに多くないしよろしくね。ちなみに本番は1週間後」

「どうしてもっと早く言いに来てくれなかったんですか~~!?」

「だってロザリアの周りには常に聖女様や人狼の子がいるんだもの。そんな状態じゃ交渉しにくいよ」


 確かに最近ずっと一緒だったもんな。

 あまり時間がないので、私は必死に脚本を読み込んだ。




 好奇心旺盛なお姫様が、ある日立ち入ってはいけないと言われていた塔のてっぺんに入ると、眠っている王子様を見つける。

 なんてかっこいいのかしらと思いキスすると、王子様は起き上がり、お姫様をさらってしまった。

 王子様のように見えたのは、実は封印されていた悪魔だったのだ。

 悪魔はお姫様を気に入ってお嫁さんにしようとし、お姫様も持ち前の好奇心から悪魔と見たことのない生活をするのがとても楽しい。

 しかし、それを許さない王様が勇者に悪魔を討伐させようとする。

 勇者と悪魔は死闘を繰り広げ、負けそうになった悪魔を守ったお姫様は死んでしまう。

 勇者は王様にそう報告しに帰ったが、悪魔は諦めなかった。

 お姫様を助けるために、自分の天敵である天使に頼み込む。

 悪魔は再度封印され、それを代償にお姫様は生き返るが、悪魔の事は忘れてしまう。

 でも、残された悪魔の像を見てまたキスをする。

 悪魔の封印は解けて、記憶も戻ったお姫様と悪魔は今度は誰にも邪魔されることなく過ごす――……


「あれは勇者だわ。お父様が私を連れ戻そうと、あなたを倒しにきたに違いないわ」

「僕と君を引き裂くなんて許さない。そんな奴は僕が倒してやる」

「だめよカミーユ。あの勇者はとても強いの」


 台本の読み合わせをするが、どうしても棒読みになってしまう。

 シェノン先輩の悪魔はすごいのにヒロインがこれではだめだろう。


「もっと声を張ってお腹から出すんだ。感情を乗せるよりもまず、セリフが聞き取れないほうがいけない」

「はい!」

「読み合わせでも関係ない。この部屋のとなりに居る人に聞こえるぐらいの気持ちでいこう」

「はい!」


 演劇部舐めてた。

 どっちかというと体育系かもしれない。


「じゃあ次のセリフは……生き返ったあとのセリフからどうぞ」

「あら? 私はどうしてここにいるのかしら? それにこの像の男の人……いったい誰なのかしら、すごくきれいなひと。見ているととても悲しい、あぁ、このきもちは一体なんなのかしら」

「いいね。そんな感じで続けよう」


 セリフ合わせが終わると、急遽私に合わせた衣装を作る為に採寸される。

 仮縫いをされている間に制服のままで一度ステージに立って、位置を確認。

 実際に演じてみたり、ボイストレーニングをしたり、怒涛の1週間だった。



 ◇◆◇



「いよいよね……!ロザリア、頑張って!」


 モモは今回裏方で機材の調整をしてくれる。

 お姫様の格好に着替えた私は、セリフが頭からこぼれない様にするのが精いっぱいでとても緊張していた。


「い、い、いってきます……」


 ステージに立って、幕が上がるのを待つ。

 まずは私が塔へ向かって歩いていくシーンだ。

 カーテンが引かれ、スポットライトが当たった私は顔をあげて胸を張った。


「ここがお父様が入ってはいけないといっていた塔ね! いったい何があるのかしら……」


 そうして順調に芝居は進んでいき、いよいよ悪魔のシェノン先輩と勇者が戦おうとするシーンに差し掛かった時、演劇ホールの屋根から人が落ちてきた。

 黒づくめのその人はくるくると空中で回転して重心を取り戻し、そのままステージの真ん中に降り立つ。

 恰好的にちょうど悪魔の格好をしたシェノン先輩によく似ていてるが、私はその人に見覚えがあった。

 金髪を黒い帽子に押し込め、顔を黒いマスクで隠したカムイだ。

 そのカムイを追って、再び屋根から落ちてくるものがあった。魔物だ。


「きゃあああ!!」


 観客席から悲鳴があがる。何人かがパニックを起こした様だ。

 このままだとまずいと思い、私はこれが演劇であるかのように叫んだ。


「カムイ! まさかカムイなの? もしかして私を助けに来てくれたのね!」


 驚いてこちらを振り返ったカムイの手を握ると、お願い合わせてと呟いて私は魔物に『無効化』を放った。

 カムイはすぐに『無効化』された魔物に対してに魔法でできた剣で切りかかった。

 この魔物は教科書で見たことがある、魔力はとても高いがそれ以外は愚鈍で力も弱い筈である。

 つまり、私が『無効化』さえしてしまえば簡単に片付けられるのだ!


「ありがとう」


 魔物を倒したカイが近寄ってきて小さい声で私にお礼をいった。


「え?こんなに簡単に倒れるってことは演劇の一部だったの?」

「本物かと思ったわ……すごい出来ね……」


 ざわついていた観客が落ち着きを取り戻して席に座り始めた。

 いけるかもしれない。悪魔の名前もカミーユとカムイは似ているし、先輩には悪いけど『魅了』だけ舞台裏で放っていて欲しい!


 私が目配せをすると、シェノン先輩は頷いて勇者役の人に囁いた。

 勇者役の人がでてきて叫ぶ。


「驚いた! 悪魔が魔物を倒すとは! もしかしてこの悪魔は悪い悪魔ではないのかもしれない!」

「は?……え?」


 カムイは戸惑ったように私を見た。

 しかし最後まで付き合ってもらわねば困るので、私はカムイの細い腰をがっちりと握った。


「そのとおりよ。勇者様、お父様に伝えて。私はこのひとと結婚してここで幸せに暮らしますって! ね?」

「け……結婚……するわけには、僕は」


 カムイは狼狽えている。

 ダメだ、さすがにシナリオも知らずに合わせるのは無理かもしれない。

 しかし、勇者役の人が強引に続ける。


「わかった、必ず伝える! しかしそれが本当だという証拠にここでキスして見せろ! そうすれば王様も納得するだろう!」

「キス!?」


 物語の終盤にはだいたい幸せなキスはつきものだ。

 それ以上カムイが何か言わない様に、私はカムイの肩に手を回して顔を近づけた。

 ほんの少し、そう見えるようにするだけだからちょっとだけ我慢してほしい……!そう思いながらカムイを見つめると、カムイはぼうっとしたような瞳で私の事を見て、私の眼を片手で塞いだ。

 何も見えなくなった私の唇に、キスの感触がする。

 マスク越しではない、少し濡れた感覚。

 いつの間にか私の腰にも手が回されている。


 キスを終えると、スポットライトが落ちてステージが暗くなった。

 予想外の事に固まってしまった私を抱えてカムイが舞台の袖に運んでくれた。

 そのまま私をおろすと、耳元で「なんだかわからないけどごちそうさま」と言い残し、暗闇の中魔物の死体を担いで穴の開いた屋根から帰っていった。


「ロザリア、ナイスファイトだったよ」


 モモがちょっと泣きながら言う。

 勇者役の人もうんうんと頷いてくれた。

 ナレーション役が、「こうして悪魔とお姫様は結婚し、仲睦まじく暮らしました」と締めくくっている。

 シェノン先輩は少し残念そうにしていたが、『魅了』は思う存分放ったと言っていた。


 アマチュア大会の人たちは後であれが本物だったと聞かされ、穴の開いた屋根を見てとても驚いていた。

 それをまったく感じさせなかった咄嗟の演技力と判断力を買われたのと、観客の大半が悪魔役の人が素敵だったと票をいれたため、優秀賞をもらうことができた。

 果たしてその悪魔役とは、『魅了』を使ったシェノン先輩のことなのか、それともカムイのことなのかはわからないが、なんとか終わって安心した。


 そのまま演劇部の人たちと打ち上げにいったあと、2次会はお断りして私は帰路についた。

 モモは2次会にいったので私1人である。

 歩いていると、後ろから声がかけられた。

 黒い帽子を深く被った金髪の男の子だ。


「夜道を1人でいくのは危ないよ」

「カムイ!」


 話がしたかったので会えて嬉しい。


「さっきは演劇の舞台上だったんだね。乱入してしまってごめん。ちょっと相手の魔法の勢いが強くて、屋根ごと貫通してしまった」

「ううん、こちらこそパニックにならないようにってそのまま演劇に付き合わせちゃった。その……キスまでしてくれるなんて思わなかった」

「そ、それはつい……あんな事されたら……」


 何かごにょごにょいっているが、嫌そうには見えないからいっか。

 どうせ私のファーストキスはもう終わってしまったし……。


「とにかく、学園まで送るよ」


 そういってカムイは私に肩を並べて歩き出した。


「ありがとう。あのね、カムイに会えたら言おうと思ってたの。私『無効化』使えるようになったんだよ。魔力も……魔法って楽しいね」

「楽しい?」

「うん、想像通りに動くの楽しいよ。攻撃するとかばっかりじゃなくって、お庭を作ったりお城をつくってみたりとかも自在にできるの」


 マスク越しではわかりにくいが、カムイが微笑んでいる気がする。


「それでね、私強くなったから、聖女様とバディも組めるようになったの!ほら、この腕輪知ってる?」

「知っている。その……バディは嫌じゃない?無理矢理組まされたとか……」

「え?全然。聖女様は言わないけど、たぶん私を守る為にそうしたんだと思ってる。私もね、このちからで聖女様の力になるために頑張ってるんだ」

「それは……たぶん、聖女様もとても、お喜びだと思うよ」


 そういうとカムイは笑っているくせに何故か泣きそうな目をしていた。




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