sideカイ
「随分強引な事をしたな」
帰りの馬車の中でアレスにそう言われるだろうことはわかっていた。
自分でもそう思う。
「『無効化』と『増幅』を扱える少女なんて、誰もが手に入れようとするでしょう。確かにあの人狼は強いですが、それを守り抜けるだけの地位はありません。私がロザリアをバディにしなければアレス、貴方がしようと思っていたのでは?」
「その通りだ。『鑑定』の結果は思った以上だった。望まなくとも様々な思惑や権力者が彼女によって来ることになるだろう。聖女と一緒だ」
アレスがバディに1人の少女を選んだと知られ、そしてその少女が有能であれば、そのまま婚約者に据えられてもおかしくない。
アレスは僕の気持ちを知っているからそんなことはしないと言うだろうが、周りが煩わしくなるのは目に見えている。
それだったら最初から自分が匿ってしまった方が早い。
「認めるんだな、ロザリアの事」
「そうなるよう仕向けたのはあなた方でしょう」
どんどん力をつけて、僕が無視できないくらいにして。
思い通りにさせられていると思うと腹が立って口の端を噛んだ。
「ただロザリアを応援していただけだ。実際バディになれて嬉しいのはカイも同じじゃないのか?」
「それはそう、ですけど」
手に光るバディの腕輪にはロザリアの名前が刻まれている。
思わず目で追ってしまい、顔が熱くなる。
じわじわと自覚が湧いてきて、喜びで心が躍り始めた。
「しかし、恋心か……」
「私にとっては好都合です。どれだけ愛を囁いても、彼女には響かないんでしょう?」
「本当にそう思っているのか? お前が辛いだけにならないか?」
「いいえ、決して。別に私はロザリアに愛されたいわけじゃないですから。ただひたすら焦がれているだけ。聖女にこれ以上は許されません」
「それはお前が知らないだけだから……」
言いかけて、アレスは口を噤んだ。
それでいい、言ったってどうしようもない。
アレスが僕を心配しているのは知っているけれど、まるで僕がとてもかわいそうな人間に思えてしまうから、そんなに暗い顔をしないでほしい。
「それより、アレスに提案があります」
「なんだ?」
「今度の魔王に対する封印の儀式ですが……私は魔王を封印したくありません」
どういうことだ?と探るような視線に対して僕はにっこりと笑った。
「魔王を倒してしまいましょう」
歴代最強の聖女に、『増幅』を持つ幼馴染。
2人で力を合わせれば、ずっと考えていた事が出来そうな気がして、僕は堂々と言い放った。
「協力してください、アレス。魔王を倒して、私は聖女を辞めたい」
「……なるほどな。考えておこう」
慎重なアレスは肯定も否定もしなかった。
それはそうだ、まだ僕たちは一度も魔王を見たことはないし、実際に儀式に立つまでは判断はできないだろう。
それでいい、その時になって僕が行動を起こすことを許してくれれば。
◇◆◇
次の日、寮まで迎えにきた僕をロゼリアが驚いた表情で見ていた。
「どうしたの? 通信機能で迎えに来るって言ったでしょう?」
「そそそ、そうだけどでも……! 待って、いったん落ち着かせて……」
「何を落ち着くの? 私達幼馴染でしょう?」
そういって腕を開いてやれば、たちまち破願したロゼリアが腕の中に飛び込んでくる。
そのままぎゅっと抱き締めてロゼリアの好きなこの顔でにっこりと笑ってあげる。
「はあ、カイ最高に可愛い……」
「さ、行こう?」
手を繋いで歩き出す。
ロゼリアは昔から僕の顔に弱いのは知っている。
この顔が成長によっていつまで崩れずにいるかはわからないが、有効なものはありがたく使わせてもらう。
僕達が連れ立って歩くのを見て、驚いている人達にお揃いのバディの腕輪を見せつけるようにして歩いた。
「ロゼリア、今日から一緒にお昼ご飯も食べようね」
「はっ……!2階の特別席……!?」
「でもいいけど、どうする? いつもお友達と食べているところに私がお邪魔してもいいよ」
「知ってたの?」
当然だ。
1階からは見えないかもしれないが、2階席からはよく見える。
ロゼリアがいつもこちらを見てはため息をついたり、友達と嬉しそうに話をする様子を眺めるのは僕の昼時の楽しみだった。
隣にいたアレスには気づかれていたけれど、他には誰も僕がロザリアを見ているなんて気づいていない。
「友達と一緒でもいい? カイのこと紹介したい」
「いいよ。じゃあ昼休みになったら教室まで迎えにいくね」
僕に言われて幸せそうな顔をするロザリアに、勝手に胸がきゅんとする。
ロザリアはまだ僕の事を女だって勘違いしているんだよね?
じゃなきゃこんな顔しないよね?
こんなに可愛い顔向けられたら、男なんて単純なんだから、誰でもロザリアのこと好きになってしまうんじゃないの?
教室へ向かうと、僕に直接は話しかけてないものの、バディの腕輪へ視線が向けられているのがわかる。
それをすべて無視して席についた。
詮索は煩わしい。
何故ロゼリアを選んだだとか、そんなのは他人にわざわざ教えてやる必要がない。
王宮にはいってすぐに叩き込まれた行儀作法のおかげで授業は退屈である。
ふと外に目をやると、Gクラスが外で演習をしているのが見えた。
すぐにロゼリアの赤髪を見つけて目で追う。あの人狼や吸血鬼もどきと仲良く魔法で戦っている。
今のロゼリアの相手ができるのはGクラスではその2人くらいのものだろう。
人狼がひと際大きい魔法をロゼリアに向かって放ったが、ロゼリアはまったく気にせずにそれを撃ち返している。
もしかしたらあの2人は来年はSクラスに来るかもしれない。
昼食の時間になったので席を立とうとすると、どうしても話しかけたいらしいクラスメイトが僕の前に立とうとしたので面倒くさがった僕はアレスを使う事にした。
「アレス、行きましょう」
「……ああ」
僕に盾にされていることなんて心得ているから彼とは身分を抜きにしてもつるみやすい。
敵だらけの中で聖女としてやってこれたのはアレスの存在があったからだと思う。
「ロゼリアと一緒に食べる約束をしているから遅れたくないんですよ。アレスも一緒にどうですか?」
「……たまには悪くないか」
そうして2人してGクラスを訪れると、笑顔のロゼリアと精一杯の笑顔を作った友人たちに出会った。
「はじめまして、カイと言います。こっちはアレス、よろしくね」
「も、ももも……」
「モモモさん?」
僕が首をかしげると、まわりで見ていたギャラリーがごくりとつばを飲み込む音が聞こえてくる。
はいはい、どうせこの顔に見とれているんでしょ。
「モモだよ。こっちがメアリ。さ、はやく食堂に行こ。お腹ぺこぺこだよ~~」
ロゼリアはまったく気にしていないが、その友達2人は多分ご飯の味なんてしないことだろう。
ご愁傷様だ。今日だけご一緒させてもらったら、次からはロゼリアをさらって行くから我慢してほしい。
普段は見ない僕と殿下が食事しているせいか、周りの目がうっとおしいので、アレスにねだって少しだけ魔法で認識阻害をしてもらった。
ロザリア以外に興味がないと自覚している僕がこうしてその友達とも食事をとろうと思ったのには理由がある。
その目的を果たすため、僕は積極的に話しかけた。
「あの、ロザリアと私が幼馴染というのは知っていますか?」
「あ、はい。時々言ってたから知っています」
「ロザリアは私をいつも可愛い女の子だって褒めてくれるんですよ。私はそれが嬉しくって」
「お、女の子……?」
「はい、何か気になる事でも?」
にっこり笑ってから目線で合わせろと訴えれば察しの良いタイプらしく2人ともすぐに合わせた。
「確かに、聖女様ほど素敵な方はいませんね。ロザリアもずっとバディを組みたがっていたし」
「え、ええ。本当に。ロザリアったら聖女様をそんな風に思ってたなんて……あたし知らなったな~~」
「ええ? いつも言ってるじゃない。カイのこと」
普通の人なら僕が男だってことは皆知っている。
何故か昔から一緒にいたはずのロザリアだけが知らないのが何故なのか僕にもわからないが、まだ僕はロザリアの女友達のままでいたいので、こうして話を合わせるように働きかけておく必要があった。
「あの、2人はどんな風にして過ごしていたの?」
黒髪の女の子の方が、ロザリアに尋ねた。
「カイの居た孤児院に私がいつも遊びに行っててね、可愛い子がいるなあって思ってずっとついて回っていたの」
「何をするにもどこへでもずっとついてくるから最初は少し疎ましかったんです。だけど、同じ孤児院のガキ大将がロザリアの事が好きで、そのロザリアが私にずっと構うもんだから面白くなかったみたいで私を虐め始めて……当時の私は小さいうえに力もなかったからろくに抵抗もできなくって」
「そんなの許せるわけないでしょ。こんなに可愛い女の子を捕まえてぼこぼこにして。腹が立ったから代わりに私がそいつをぼこぼこにしたの」
あの時のロザリアは勇ましかったなあ。
真っ赤な髪を振り乱して、相手が男の子だなんて関係なしに傷だらけで取っ組み合いをしてた。
「それ以来ロザリアの傍にいれば守って貰えると私は気づいたので一緒に過ごすようになったんです」
小さいころからこの顔でおねだりすれば、ロゼリアはだいたい叶えてくれた。
僕以外とは遊ばないでとか、ロザリアとお揃いのものが欲しいとか。
それで揃いの洋服としてスカートを手渡されたのには絶句したけど、今ならわかる。
からかったとかじゃなく、僕の事を女の子だって思ってたからだったんだろうな……。
「そのうちいつも一緒に居るのが当たり前になってて、いつも好奇心旺盛であちこち振り回されて、でもそれも楽しくてね。いつの間にかロザリアの事が大好きになってたんですよ」
「えへへ。私もカイの事が大好きだよ!」
傍から見れば惚気ているように見えるかもしれないが、これは僕の一方通行だ。
ロザリアには恋心が存在しないし、僕の事を女の子だと思っているので純粋に親友として好きだと言っている。
それでもいい、こうして君の傍にいられるだけで僕はものすごく幸せな気持ちになれる。
微笑みあう僕達を、事情を知っているアレスが少し悲しそうな瞳で見ていた。
それを勘違いしたロザリアが、慌ててアレスに弁明している。
「アレス殿下、大丈夫ですよ!どんなに仲が良くっても私たちはあくまで女の子同士ですから、ね?」
「……そうだね」
以前はそれで大爆笑していたというのに、アレスは少し悲しそうなまま微笑むだけだった。
そのやり取りを見て、ロザリアのお友達2人もひそひそと「え……アレス殿下ってもしかして……?」「いや、聖女様はお綺麗だしありなのかも」と話をしている。
ロザリアの勘違いを本気にするんじゃない!
「そういえば、バディを変更したんだから、クリスマスパーティーはどうするの?ロザリアは聖女様と出るってこと?」
「あ……そうなる、のかな?えっ、女の子同士の場合ってどうするの?」
「私が男装するから大丈夫だよ、ロゼリア」
男だからドレスなんて着る訳ないだろう、という突っ込みは封印してにっこりと笑った。
「ええ……カイのドレス姿見たいよぉ。絶対可愛いよお……!」
ロゼリアがいうと、これまでちょっと悲しげだったアレスが噴出した。
お友達2人も必死に笑いをこらえて俯いている。
「私はロゼリアにドレスを贈りたいの。いいでしょう?親友のお願い聞いてくれる?」
必殺微笑みながら上目遣いに、すこし涙目もプラスだ。
これで僕のおねだりをロゼリアが断ったことは一度もない。
案の定すぐにロゼリアは陥落してこくこくと頷いた。
「カイお前……」
「うるさいですよ」
普段と違いすぎるっていいたいんだろう、僕だって好きでぶりっ子してるんじゃないよ。
「聖女様って思ってたより……」
「うん、苦労してるのね……」
お友達2人のつぶやきは聞かなかったことにして、僕はロゼリアの両手を握った。
「そうと決まればドレスの採寸に今度お出かけしましょう。次の休みは空いている?」
「えーっと、次の休みはごめんね。ライカンと出かける約束をしてるの」
「……へーえ」
おっといけない。
つい低い声が出てしまった。
「じゃあその次ならいい?」
「いいよ。カイとお出かけ楽しみ!」
僕が少し目を話しているうちに、ロゼリアにはたくさん大事なものができたみたい。
それを咎める権利は僕にはないけれど、それでもむかつくものはむかつくので、後でアレスにストレス発散に付き合ってもらおうっと。




