私のちからとその代償
完全に人狼化したライカンの耳はふわふわでぴくぴく動いて時々とても触りたくなる。
2人でお弁当を食べながら、私の視線に気づいたライカンが「触りたいか?」と聞いたので私は首を縦に振りまくった。
ん、と短い返事と共に頭が下げられて私の目の前にふわふわの耳が差し出される。
うわああ、素敵この耳飼いたい。
柔らかくてあったかくて気持ちい。
摘まんだり引っ張ったりして十分に堪能するとライカンにお礼を言った。
「じゃあ次は俺の番だな」
「えっ??」
ライカンは私の耳に手を伸ばすと引っ張ったり揉んだりした。
「えええ!?人間の耳触っても何も楽しくなくない!?」
「ロザリアのだから楽しい」
何それ?と思ったのだが、人の耳を触りまくったあとなので嫌だとは言えなかった。くっ、罠だったとしてもまた差し出されたらあのふわふわの耳に抵抗できるか自信がない。
仕方がないのでライカンが満足するまでぼうっとしていると、ぴちゃ、と耳元で音がして舐められていた。
「ぴゃっ!?」
思わず腰がひけたが、いつの間にかがっちりホールドされている。
そのまま耳をはむはむと甘噛みされて私は自分の口を押えて悲鳴を呑み込んだ。
少し吸ってから、ちゅっと音がしてライカンが離れていき、私はぐったりとして文句をいった。
「私はそんなことやってない……」
「なんだ、やりたいなら好きにやってもいいぞ?」
「やらない!!」
睨みつけたがライカンは意地悪な顔で笑うだけで、くやしいのでライカンの分のおかずを1つとってやった。
「そういえば勝負に勝ったから1つロザリアに願い事を言えるんだよな?」
「はっ、そういえばそんな事いってたような」
ライカンは自分の獣耳に空いたピアスの穴を指さした。
「こんだけ空いてる穴を塞ぐのはいいが、今までつけっぱなしだったせいかないと落ち着かない。だけどあのピアスを使うのは嫌だからロザリアが新しいの選んでくれねぇか?」
「私が?いいけど……」
「よっしゃ。じゃあ今度の休み、一緒にデートな」
◇◆◇
次の日、学園へ行くと朝だというのにアレス殿下が迎えに来ていた。
「兄上の時間がとれた。悪いが授業を抜ける許可は先に取らせてもらったから今から向かうぞ」
「いってらっしゃーいロザリア。ノートはとっておいてあげるわよ~~」
モモとメアリに礼を言って手を振り、殿下とそのまま馬車乗り場に向かうことになった。
まだ登校時間なので、私みたいな庶民と殿下が歩いているのを色んな人がひそひそと話をしながら見ている。
居心地の悪い思いをしていると、アレス殿下が立ち止まって話をしている人達をじっと見た。
すると、すぐに周りから誰もいなくなる。
気遣ってくれたのだと思って私はお礼を言った。
「俺も不快だったからだ、気にするな」
「いえ、殿下はよく人を見ておいでですから。何も言わずともすぐに気が付いてくれて……嬉しいです」
素直な思いを口にすれば、すこし頬を赤らめてそっぽを向かれた。
照れているアレス殿下はとても貴重だ。
馬車について向かい合わせに座ると、もう元に戻った殿下が口を開いた。
「予想はしているかもしれないが、魔力を自在に扱えると報告を受けたからにはもう授業を言い訳にしてカイに会わせてやることはできん」
「はい……そうですよね」
「あとは自分の力で這い上がってこい。待っているぞ、カイも……俺も」
優しい声色に暖かい気持ちでいっぱいになる。
頑張ろう、と拳をぎゅっと握りしめた。
「しかしもしかしたら今日の『鑑定』によっては……いや、不確定なことは言わないほうがいいな。忘れてくれ」
それきり黙ってしまったアレス殿下と私はそのまま王宮に付くまで無言で外を眺めて過ごした。
王宮について殿下にエスコートされながら長い廊下を歩くと、前方からきらきらした女の子が歩いてきてアレス殿下に挨拶をした。
「アレス兄様ごきげんよう。そちらの方はアレス兄様のお友達ですか?それとも……」
「レーナ。詮索はよくない。学園の1生徒を兄上の元へ案内するだけだ。ロザリア、こちらは私の妹で第一王女のレーナだ」
「ロザリアと申します」
私は軽く膝を折って学園で習ったばかりのカーテシーをとった。
「ふぅん、内緒なのね。いいわ、ロザリア……覚えたわよ」
そういうとレーナ様は去っていった。
初めてのカーテシー実践だったが咎められないということはうまくいったということだろう。
しかし、ほっとした私とは違いアレス殿下は少しこわばった顔をしていた。
「会わせない様にしていたが厄介な相手に見つかってしまった……すまない」
「何かあるんですか??」
「いや、大丈夫だろう。今日のところは」
レーナ様意外には他に誰とすれ違うこともなく王太子殿下の執務室に到着した。
「兄上、アレスです」
「入室を許可する」
2人で並ぶときらびやかさが威力を増して半端ない。
そっくりの顔がまた良い。
少しうっとりしていると王太子殿下にソファーに座る用促された。
すぐにメイドのナタリーさんが紅茶を持ってくる。
「『鑑定』を受けられるようになったと聞いた。すぐに始めても?」
「お願いします」
王太子殿下がいつかのように掌を私に向けると、淡い光が私を包んだ。
「これは……」
『鑑定』を続ける王太子殿下の顔に汗が浮かび、ぽたりと垂れた。目を閉じてすごく集中している。
「ロザリア=ルルーシェ。君には特殊能力『無効化』に加えてもう1つ――――『増幅』を持っている」
やっぱりな、と私は思って頷いた。
薄々気づいていたから『鑑定』をお願いしたのだ。
狐の魔物と闘ったあの時、自分の魔力がありえないほどに膨らむのを感じた。
それは別に『無効化』で抑えられていたとかじゃなくって『無効化』とは正反対のもの……。
『無効化』をマイナスした先にあったもの。
「2つ持ち、というわけですか?」
「そうだ。魔力量は普通より上くらいだが、女神の祝福を確かに受けている。しかし代わりにバッドステータスがついている」
「バッドステータス?」
「祝福の代償として、恋心を頂くと」
恋心?
王太子殿下の『鑑定』の光が薄れて消えた。
「ロザリアには恋心がない。ときめきやドキドキを感じたとしても、それが恋愛感情だと認識することが一斉ない、呪いにかかったような状態になっている」
「それって何か問題がありますか?」
わたしは純粋に不思議に思って王太子殿下に尋ねた。
「カイの傍にいるのに、そんなもの必要ないでしょう?」
「もしかして、自分がそうだと知っていたのか?」
「いえ、初めて知りました。でも女神様にちからをお願いする時に、心をカイに捧げるって誓ったんです。だから、そのことかなって」
「そうか。聖女はその地位にある限り結婚を許されない。傍に居るためには……」
アレス殿下は苦みを潰したような顔をしている。
なんで殿下がそんな顔をするのかはわからないけれど、私にとっては何でもない事なので安心させるように笑顔を作ったが、殿下はますます顔を暗くしてそのまま目を逸らされてしまった。
「俺はこれをカイに告げなければならないのか……」
「アレス殿下、本当に私なら平気ですよ??」
「『無効化』に『増幅』か。我々にとってもカイにとっても助かる事になるだろう。アレス、来年の封印の儀式にはやはり、ロザリアも同行させなさい」
「……はい」
王太子殿下の執務室を後にして、最後にカイに会いたいとお願いするとアレス殿下は説明のついでに連れて行く分には構わないだろうと学園に戻ってからカイを呼び出してくれた。
Sクラスの人しか利用できない食堂の2階席にこんな形で来ることになるとは思わなかった。
まだ昼休みにもなっていないので私たちの他には誰も居ない。
隠れて話をするにはちょうどよかった。
「ロザリアの特殊能力は2つ……その代償として恋心がない……」
「ああ。それからロザリアは魔力を扱えるようになったのでもうカイに練習を見てもらう必要はなくなった」
一通り説明を受けたカイは私を睨むと、腕を掴んで歩き出した。
2階のテラス席から降りて食堂を出て行く。
「ちょっと、どこ行くの??」
「黙ってついてきなさい」
連れてこられた先は職員室だった。
ちょうど授業が終わって戻ってきた先生がちらほらいる。
いつも私が相談に乗って貰っていたGクラスの担任の前までくると、カイが高らかに宣言した。
「Sクラスの特権を行使します。ロザリア=ルルーシェと私はバディを組みたい」
まわりの時が止まったかと思う程、静まり返って誰も言葉を発さずに私たちを見守っていた。
「え?カイ、あの、私は今ライカンの……」
バディなんだけど、といおうとした言葉は指一本で黙らされられた。
「入学式の日に説明があったから知らないんですね、ロザリア。バディ制度に置いてSクラスは何事においても優先されます。例え人のバディでも……奪える」
カイはそういうと、私の手からバディの証だった腕輪を引き抜いた。
「ロザリアは私が相手で嬉しくないの?」
「う、嬉しい……!けど……」
「良いんじゃないか?」
口をはさんだのは担任の先生だった。
「もともとライカンとバディを組んだのはお互い理由があったからだろう? ロザリアは魔力をうまく扱えず自衛ができなかったからだし、ライカンは封印を煩わしく思っていたからだ。だが君はめっきり上達したし、ライカンには今日封印がなくなったという話を聞いたよ」
「そ、そっか……。そういえばそうだった」
バディじゃなくなっても、別に友達じゃなくなるわけじゃない。
私を襲ってきた事件も解決したし、もうライカンに守って貰う必要も、私がライカンを助ける必要もなくなったんだ……。
「先生、バディの登録をお願いします」
「聖女カイ、少し待ちなさい。先に解除しないと。ロザリア、ライカンを呼んでくれ」
言われた通りバディの通信機能を使ってライカンを呼ぶ。
私の隣にいるカイにバディの解消を請われたライカンは私の頭を撫でて少し寂しそうに「よかったな」と言った。
登録しなおされた腕輪にはカイの名前がある。
嬉しい筈なのに、なんでか少し寂しかった。




