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自分に自信を持って

 

 また魔物が襲ってくることを警戒していたが特に何も起こらず平穏な日々が続き、魔法祭を迎えた。


 魔法祭の当日、私は着ぐるみを着て立っていた。

 客引きのためである。

 白くふわふわなうさぎの着ぐるみを、モモが演劇部から借りてきたのだ。


「もっと可愛い衣装はなかったの?」


 宣言通りに何人かの友達を連れて遊びに来てくれたエスメラルダ様がうさぎの中から聞こえる私のくぐもった声に気が付いて、眉をひそめた。


「色々あったんですけど、却下されました」


 丈の短いメイド服とか大胆なスリットのはいったお姫様ドレスとかあったのだけど、ライカンとトゥーリオが結託して反対したのでこうなった。

 おかげで着ぐるみの中は熱く、汗だくである。

 それに喋っても相手に聞き取られにくく、私は「ミニゲーム開催中!」の看板を掲げて教室の前に立っているという訳だ。


「ささ、それよりもどうぞ。エスメラルダ様ならきっといい点数とれますよ」

「当たり前でしてよ」


 エスメラルダ様とそのお友達は楽しそうに土人形を叩き、風船の的を割って音当てクイズも全問正解すると、景品を受け取った。

 景品の菓子にもよろこんで、今度のお茶会で頂くわといって帰っていった。

 反応は上々だ。


「こんにちは。ライカンとトゥーリオはいる?」


 着ぐるみの私にではなく、受付に向かって話しかけている男の人がいた。

 その人がエスメラルダ様に要注意人物として言われた人と同じ特徴の紫色の髪の毛と赤い瞳をしていたので、私は思わず反応して目で追ってしまう。

 ライカンとトゥーリオはその人に気が付くとすぐにやってきた。


「おー、()()()。どうした?」

「君たちに頼みたいことがあってね……手は空けられそうかい?」


 名前まで一致したので間違いない。

 しかしこの人、2人の知り合いなのだろうか?


「いや、空いているには空いているが……」


 ライカンはそう言って私をちらりと見た。

 クラスのミニゲーム係ではない時間だが、私の護衛を兼ねてこの2人はここにいたのだ。

 うさぎの着ぐるみを着たままだととてもコミュニケーションがとりづらい。

 ふわふわの手で「行っていいよ」と合図したが伝わらないようだ。

 仕方なく私はうさぎの頭をとった。

 髪の毛が汗で張り付いて気持ちが悪い。

 ついでだからこの際に紐でまとめてしまおうと結い上げようとすると、ピアスが揺れて、それをジーンさんがじっと見ていた。


「彼女がライカンの言っていた子?」

「ん? あぁ、そうだよ。こいつが俺のバディ。ロザリア、この間一緒に食事に行ったっていってた相手がこのジーンだ」


 私は雷に打たれたような衝撃をうけた。

 じゃあ、この人がライカンやトゥーリオと一緒に研究所にとらわれていたっていう人?

 2人がすごく仲がよさそうな相手に、私は狙われているの?

 顔に不安が出ていたのだろう、ライカンが私の頭を撫でてくれた。


「少し手伝ってきてもいいか?ここに居れば大丈夫だろ」

「う、うん……」


 嫌な予感はするが、ジーンさんが犯人だという確信もない。

 2人の友達が怪しいという訳にもいかず、私は頷くしかなかった。

 大丈夫、そのジーンさんに2人はついていくのだから、私に仕掛けることなんてできるわけないし、ここでずっと客引きをやっている分には安全だろう。


 しかし、2人が離れた後私は呼び出しを受けた。


「うさぎの子って多分君だよね?先生が4階の空き教室まで来るように言ってたよ」


 明らかに怪しいが、モモは部活の方にいって、メアリもミニゲーム接客中で相談できない。

 いざとなったらバディの通信機能を使えばいいと思って、私は空き教室へ向かった。

 4階は今日は一般の人が入らないよう封鎖されており、人気がない。

 しかし、廊下に先生の姿が見えたので私は不安は杞憂だったかと少しほっとした。


「頑張ってる最中にすまない。ちょっとそこの荷物を運ぶのを手伝ってくれないか」


 わかりました、と答えて教室の中に入るが、荷物は見当たらない。

 どれですか?と先生を振り返ると、その先生の姿がぐにゃりと歪んだ。


「……っ!」


 現れたのは狐の魔物だった。変化を得意とする魔物だと授業で習ったばかりだったというのに……気づかなかった。

 私はすぐに『無効化』を抑え込んで腕輪の通信機能を使おうとしたが、繋がらない。

 狐は待ってくれるはずもなく、私に炎を吐いた。

 すぐに『無効化』で応戦しようとしたが、炎は私の『無効化』を貫通して私の服を焦がす。


「なんでっ……!?」


 パニックになって逃げだそうとするも狐に立ちはだかられて教室からは出れそうにない。

『無効化』を発動している感覚はある。

 たぶん、狐の魔物の力が私の『無効化』よりも強いのだ。

 魔法だけじゃない、鋭い牙と爪もこちらを狙っている。

 笑っているような狐の顔がひどく恐ろしくて、私は絶望を感じた。

 魔物はじわりじわりと私を追い詰め、服を焦がし肌を切り裂いてなぶる様に遊んでいる。

 痛くて怖くて、誰も助けに来ることはない。

 いつも守られるばかりで、私は……私は……ここで死ぬのかな?

 カイの役に立てないまま。


「そんなのやだっ!!」


 私はカイの傍にいるためにちからを願い、そのちからは授けられたのだからあとは私の問題なのだ。

 絶対に使いこなしてみせる!


 痛む身体を感じない様にしながら、私は立ち止まって集中した。

 逃げることをやめた私に向かって、狐が面白くなさそうにこちらを見て大きな火の玉を作り始めた。


『無力化』を抑制して、0にする。

 その先に見える光――……私の中にあるちから。

『無効化』をマイナスまで持って行って、私はその光を掴んだ。

 魔力の暖かい感じがぐんと溢れて、はやく弾けたいと暴れだす。

 私はその力をそのままにふるい叫んだ。


「凍れぇぇええ!!」


 その瞬間私以外が教室ごと凍った。

 狐の魔物も、その炎も一瞬で呑み込まれて氷像になる。

 しばらく睨みつけて、動く気配がないのを感じてようやく私は座り込んだ。


「はあ、感じた……今、できた……!」

「これは……ロザリアか?」


 教室が凍った異変にすぐ駆けつけたのはアレス殿下だった。

 カチコチに凍った狐の魔物を見て『封印』をかけると、座り込んだ私に駆け寄ってくる。

 あちこちぼろぼろで肌が見えている私にさっと上着をかけてくれた。


「何があった? 立てるか?」


 はい、と答えて立とうとすると、安心して腰が抜けていた。

 アレス殿下は私を抱えて凍っていない隣の教室に移し、どこかへ連絡をとった。


「カイを呼んだ。お前を治療するのに必要だろう」

「ありがとうございます。でももう、カイでなくとも大丈夫だと思います」


 私はそう言って、アレス殿下の目の間で簡単な魔法を披露した。

 水が空中でくるくる回って踊っている。


「私には魔力はないものだと、できないものだと勝手に自分で決めつけていたところがありました。だって毎日お祈りしても魔力なんて1滴もなくて、ずっと普通の生活をしていたんですから」

「そうだな。ロザリアは女神によって急にちからを授けられた。それを今更認めたというのか?」

「はい。自信がなかったんです。でも、私の中にあるちからはもう、私のものです。私の一部。だったら扱えて当然なはず……今まで無意識にできないって決めつけていただけだったんだと思います」


 魔力は想像力が大事だ。

 自分ができないと思ったままそこで線引きをしてしまえば、できないのは当然だった。


「それに、私がうまく魔力を扱えないことでカイに教えてもらえる……カイに会える。そう思って甘えていたからこうなった……この傷は自業自得かもしれません」

「そんなわけないでしょう」


 返事をしたのはアレス殿下ではなく、カイだった。

 いつものように聖女のベールに白い服が眩しい。

 カイは私のところへ向かってくると、すぐに治療魔法を展開した。


「カイ、ありがとう。アレス殿下、お願いがあります」

「なんだ?」


 綺麗に傷が治っていく様子を見ながら、私は殿下に言った。


「王太子殿下にもう一度『鑑定』をお願いしてもいいですか?」

「それは……そうだな。『無効化』も扱えるようになったのなら『鑑定』も通るだろう。いいのか?」

「はい。知りたいことがあるんです」

「アレス殿下、私からもお願いがあります」


 治療をし終えたカイが立ち上がり、殿下の方に向き直る。


「この事件とその犯人……私に任せてくれませんか?」

「ダメだ。カイ、お前がでると大事になりすぎる」


 カイはしばらくアレス殿下を睨みつけていたが、殿下が折れないのを見ると、諦めてため息をついた。


「この身は本当に生きづらいです」

「……すまない。だが、報いはちゃんと受けさせるから」

「当然です」


 2人とも事件が何故起こされたのか、誰が犯人なのか知っている様だった。

 そしてそれは予想通り――――ジーンさんによるものだったと聞かされた。




 ◇◆◇




 魔法祭どころではなくなり、噂話が飛び交う中、私はしばらく寮で休むように言われていた。

 そこへ、ライカンとトゥーリオが訪ねてきた。


「すまないロゼリア。ジーンは俺たちに嘘をついて旧校舎へ連れて行ったあと、閉じ込めやがった」

「ライカンが満月に暴れて出て行ってしまわない様にするための装置を使われたんだ。ビクともしないし、通信もできなくて……まさかジーンが犯人だったなんて」


 落ち込んでいる2人に対して、私は首を振った。


「ううん。2人は悪くないし、私が守って貰う事に慣れて、甘えてた結果だから。寮だからちょっと見せられないけれど、もう魔法が使えるようになって自信もついたから、もう大丈夫だよ」

「魔法が使えるようになった??」

「うん! ふふ、もしかしたらライカンよりも強いかもね!」


 あからさまに信じていない顔の2人に本当だもん、と私は頬を膨らませた。


「それよりも、ジーンさんはどうして私を?」

「あいつは聖女に夢中だから。ロザリアは聖女に贔屓されてる、相応しくないのにずるいって捕まりながらずっと言ってた」


 アレス殿下とカイは私を寮に送り届けた後、ジーンさんを捕獲して、旧校舎に閉じ込められたライカンとトゥーリオも無事解放してくれたらしい。

 学園の中で起きた出来事とは言え、危険とされる『獣使い』の特殊能力を使用して人を傷つけた罪は重いとして2年間牢に入れられることとなった。

 対処が早かったのは、エスメラルダ様の助言もあって既に犯人の目星がついており、逮捕寸前まで調査が済んでいたかららしい。

 もう少し早ければロゼリアが傷つく必要はなかったのに、とエスメラルダ様はため息をついていた。


「確かにカイは美人だし、力もあって優しくてまさに雲の上の人! って感じだけど、カイが誰を好んで親友にするかは他の人が決める事じゃないよね」

「その通りだ。好かれたいなら、努力しなきゃな」


 そう言ってライカンは私の手を取った。


「俺もお前に選ばれたいと思っている者の1人だぜ」

「ライカン、抜け駆け! 僕も! 僕も、ロザリアの事が好きだからね?」


 競うようにトゥーリオが私のもう片方の手をとる。

 2人に同時に手に口づけされて、私は思わず顔を赤くした。


「もー! 私の一番は残念ながらカイですから!」

「それは()()だろうが」


 呆れた顔でライカンが言い、トゥーリオもジト目で私を睨んでいた。

 それ以外何があるっていうのよ。




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