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変なトゥーリオ

 トゥーリオは私が限界だと言う前に血を飲むのをやめた。

 唇から垂れた血をこの間と同じように舐めとり、私の首筋についた噛み跡をなぞる。


「あーあ。せっかく聖女様に治してもらったのに、またついちゃったね」

「気分はどう?少しは良くなった?」

「おかげさまで。ロザリアはずるいよねぇ」


 トゥーリオはまだ少し気怠げな表情でネクタイを緩めボタンを外した。

 赤い瞳が蠱惑的に輝いて私の方を見る。


「何が?さっきからよく分からないことばっかり。私の傍に居たくないとかずるいとか酷くない?こんなに心配してるのに」

「ははっ……そういうとこだよ」


 トゥーリオは笑ってソファーに倒れ込んだ。

 スプリングが弾んで私の鞄がずり落ち、中身が少し溢れた。

 トゥーリオがくれた、菓子で出来た花束だ。

 私は屈んでそれを拾おうとした。


「なんだか悩んでいる事の方が馬鹿らしくなってくるよ」


 トゥーリオがそういうと同時に、菓子の花束を拾おうとした手がとられて身体が引っ張られた。


「わ……っ!?」

「ねぇ知ってる?吸血鬼は血を飲んだ相手のことを眷属にして操れるんだって」


 ソファーに倒れこんで、私はトゥーリオの上に乗るような形になる。

 左手を私の右手に絡めて、右手は私の後頭部に回し顔を近づけてトゥーリオが囁くように言った。


「君の事もそうしちゃおうか」

「えっ?トゥーリオそんな事できるの?無敵じゃん」


 すごーい、と言うとトゥーリオはがくりと項垂れた。


「はあ。冗談だよ。僕は吸血鬼もどきで、ただ魔力を含んだ血を欲するだけで、そんな力はない」

「なぁんだ、本当かと思っちゃった」

「信じたのに怖がらないの?」

「えっ、なんでトゥーリオの事を怖がるの?」


 わたしがキョトンとすると、トゥーリオはもう説明するのも面倒くさいと言ってまたソファーに倒れ込んでしまう。


「もう僕ロザリア嫌い」

「えぇぇ!?」


 わたわたと慌てる私を寝転んだままのトゥーリオが引っ張って、私の頬にキスをした。


「嘘だよ。ばーか」

「ちょっと、何する……」

「おいトゥーリオ大丈夫か?扉がこわ……れて……」


 灰色の頭が現れて私たちを見るとぴしりと固まった。

 ライカンから見れば私がトゥーリオに襲いかかっているように見えるかもしれない。

 私は慌ててどこうとしたが、がっちりと腰を掴まれて動けなかった。


「どういうことだトゥーリオ……てめぇ……」

「諦めようと思ってたのに自分から飛び込んでくるんだから諦めるのを諦めちゃった。ごめんねライカン」


 2人が何故だか睨み合いをはじめたので、私はえいっ、とトゥーリオの腹を魔力を込めて殴った。

 いてっ、とトゥーリオが言ってその手が緩んだ隙に私は抜け出して立ち上がる。


「ライカン、キメラの時みたいに魔物が私を直接襲ってきたの。トゥーリオが守ってくれたんだけど魔力を使いすぎてぐったりしちゃって……ライカン探したけどいなくって、私が血をあげたの」

「なるほど、でも俺が聞きたいのはそこじゃない」

「だから言ったとおりだよライカン。僕も欲しくなったからもう遠慮はしない」

「わかった」


 トゥーリオとライカンの赤い瞳同士がお互いを見て、目配せをする。

 2人の剣呑な雰囲気は一応消えたので、なんだかわからないが仲直りしたようだ。


「トゥーリオの体調が良くなったのならロザリアはもう寮に帰す。まだ必要なら俺の血をやるが?」

「ありがとう、大丈夫だよ。ロザリア、もう遅いから魔物の件は明日先生に報告しよう」


 わたしはこくりと頷いた。

 今日は歩いてライカンと寮に帰る。

 途中ライカンは友人と食事に行った話をしてくれた。


「俺たちと同じ研究所出身なんだ。向こうは完璧に魔力を扱いこなしてるからSクラスにいて、久しぶりに食事に誘われて出かけてたんだが……なんかやたら聖女様の事を聞かれたな。昔助け出された時に一目惚れしてから相変わらずずっとそれだ」

「カイは美少女だもの。その気持ちわかるわ」

「そういやお前のことも聞かれたわ。聖女と仲が良いのかって」


 私は自分のピアスを見せてここぞとばかりに大親友ですとも!と胸を張った。


「そう言ってたって話したぜ。ま、信じてなかったみてぇだがな」

「えー、もっとちゃんと言っといてよ……」




 寮に帰ると、エスメラルダ様が魔法祭についてきて尋ねてきた。

 ミニゲームを3つして点数により粗品を渡すというと、目を輝かせて絶対に遊びに行くわと言った。


「エスメラルダ様のところはやっぱり研究発表ですか?」

「そうよ。まぁわたくしは既に将来を決められているようなものだから、凝ったものは作らなくてよいけれど正直つまらないわ。ロザリア達の方に参加したいくらいよ」

「私もエスメラルダ様と一緒だったらもっと楽しそうだと思います」


 エスメラルダ様は面倒見がいいし、リーダーシップもある。

 外面以外を知っている身としては、一緒にはしゃげたら楽しいだろうなと容易に想像ができた。


「ところでまた噛まれたの? 貴女って子は……」

「そのことなんですが、エスメラルダ様。私また魔物に襲われて……」

「魔物?キメラのこと?」


 エスメラルダ様は真剣な瞳をしてこちらに向き直った。

 私の身体をじろじろと眺め、噛み跡以外に傷はないようねと言った。


「いえ、今回は鳥の魔物でした。魔法祭の買い出しにいった帰りに、学園の門で待ち伏せされていたみたいです」

「わたくしがあれだけ周りに言い聞かせたのにまだ悪い子がいるみたいね」

「……はい、本当に助かってます。それでその悪い子に、心当たりってあります?」


 すうっとエスメラルダ様の瞳が細められた。

 その悪い子に怒っているようだ。


「あるわ。わたくしの手を逃れてそんなことをするような子は、その人しか居ないもの」


 確信があるわけではないけれど、用心をすることに越したことはない。

 エスメラルダ様はそういうと、心当たりのある人物の名前を教えてくれた。


 名前はジーン。宵闇のような紫色に、真っ赤な瞳をした男の人で、カイの事を崇拝しているらしい。

 Sクラスに在籍しており、その能力は『獣使い(ビーストテイマー)』。

 魔物を意のままに操り仕掛けられる人物としては話を聞くだけでも怪しかった。




 ◇◆◇




 次の日、トゥーリオと一緒に職員室に行き、鳥の魔物に襲撃された話すると、先生は険しい顔で報告書を書いた。


「あの、私少しだけなら魔力が使えるようになったので、このバディの腕輪の通信機能の使い方を教えてください!」

「ああ、そうか。使えないと思って教えていなかったか……」


 先生に教わった通りに魔力を流すとライカンに繋がり、寝息のようなものが聞こえた。

 どうやら相手の了承なしに好きなように繋いでどんな状況か把握してしまえるらしい。

 授業をさぼって絶賛お昼寝中ということがわかった。

 先生もそれに気づくと、私に向かって「ロザリアがそれでライカンを授業に連れてきてくれるようになって便利だなぁ」と言った。

 まだ連れてくるなんていってませんけど!


「まぁとりあえずそれでライカンに向かって話しかけてみろ」

「はい。ライカン!ライカーン!」


 ごそごそと音がして、「ロザリア?」とライカンが言う声がした。


「聞こえますか? 今あなたの脳内に直接話しかけています……」

「腕輪使えるようになったのか」


 特殊能力っぽく言ったのに、すぐにバレてしまった。

 つまんない。

 今職員室で魔物の件を報告しているというと、すぐに向かうといって通信が切れた。


「とりあえず通信機能が使えるようになったのはありがたいな。魔物の件についてはこちらで調べるが、2度あることは3度あるという。ライカンはバディだから言わずとも守るだろうが、できればトゥーリオもロザリアを気にかけてやってくれ」

「はい、もちろんです」


 トゥーリオは頷くと、私に向かって微笑んだ。

 ライカンが迎えに来たので、3人で教室に向かう。


「ライカン、サボるのやめてずっと傍に居た方がいいよ」

「そうだな。トゥーリオも頼むぜ。例の件はこれが落ち着いてからだ」


 2人ともとても心強い。

 しかし守られてばかりではいけないと私はもっと魔力の練習をしようと思った。

 教室に戻ると、モモとメアリが綺麗なドレスのカタログを広げて私を待っていた。


「ロザリア、待ってたよ~~! ねぇ、どれがいい?」

「赤い髪に似合うのはやっぱり赤か白でしょう。ロザリアに似合うものだと綺麗より可愛い系かしら」


 私が不思議そうな顔をしているのに気づいて、メアリが「今度のダンスの授業で着るのよ」と教えてくれた。


「ロザリアにはこれだろ」


 後ろからカタログを覗き込んだライカンが、赤いドレスのうちの1つを指さした。

 トゥーリオもいいんじゃない、と相槌を打つ。


「貴族の人は自分たちで仕立てるみたいなんだけど、私達みたいな庶民にはこうやって事前に貸し出ししてくれるのよ。選んだドレスは授業でも使うけど、クリスマス会のパーティーまでずっと借りられるの」

「ロザリアはパーティーの相手が決まっているようなものだから、その相手が言うんだったらこれに決めて、もう迷わなくていいわね」

「パーティーの相手?」

「俺だろ」


 きょとんとする私の頭を腕置きにしてライカンが言った。

 そっか、こういう催し物もバディと一緒に出るのか。


「モモとメアリはどれにするの?」

「あたしは当然ピンクよ。まだ相手は決まってないけど」

「私は青かな。トゥーリオ、ロザリアと一緒に居たいなら私とパーティーに行くのはどう?」


 話しかけられたトゥーリオは一瞬意表をつかれた顔をしたが、すぐににっこりと笑って「そうさせてもらおうかな」と承諾した。


「あ~~メアリ、その手があったのね!」

「ふふふ。早い者勝ちよ」

「モモは部活の人とかはどうなの?」

「はっ、そうよね。同じクラスでなくてもいいんだわ。誰でもいいから適当な人を捕まえておかないと、余りもの同士で組むなんて嫌よ……!」


 放課後になると、モモは魔法祭のためと相手を見つけるための両方の意味で急いで部活へ走っていった。



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