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聖女の贈り物

 トゥーリオに噛まれた跡がしっかりついていたので、絆創膏を張って隠すことにした。

 噛み跡に気づいて指摘したのは同室のエスメラルダ様で、頬を染めて訳を聞きたがったので素直に吸血鬼の友達に血を分けたと話すと残念そうな顔をして「あなたの周りって変わった人が多いのね」と言われた。

 それにはエスメラルダ様も含まれていることに気づいているのだろうか?


 さて、今日は日直なので1人で早めに学園に向かっていると、アレス殿下とカイが歩いているところにちょうどであった。

 カイが啖呵を切ってから、押し寄せるファンは自重して減ったがわざわざ登校時間を合わせて歩く人は多い。

 邪魔にはならない程度に、おはようございます、と声だけ掛けて通り抜けてしまおうと思ったが、アレス殿下に止められた。


「ロザリア、今日は時間が空いたので放課後迎えに行く」


 まるでアレス殿下の時間が空いたかのような言い方だが、たぶんカイの魔力指導の話だ。

 私は礼を言って先を急いだ。


 教室につくと、日直の相方はまだ来ていないようだった。

 先に教室の花瓶の水を取り替えようと手を伸ばすと、先に誰かの手が持って行ってしまった。


「僕がやるよ」


 昨日見た姿とは違い、眼鏡をしてきっちりとネクタイを締めたトゥーリオだった。


「えっ?でも私、日直……」

「君との日直相手と当番を変わってもらった。その、昨日は無理をさせたから……座ってて」


 私を教室の椅子に座らせて、トゥーリオは花瓶の水を魔法で消して新しい水に取り換えた。

 そのまま窓を開いて、クラスで育てている薬草にも魔法で水やりを済ませてしまう。

 それぐらいの仕事を余裕でこなす魔力があるのにGクラスにいるというのは、やはり昨日の事も含めて何か事情があるんだろう。

 手作業でしなければいけないと覚悟していた仕事は、あっという間に片付けられてしまった。

 後は2人で先生のところへ行き、今日使う予定の教材やプリントを運ぶ。


 その途中で、私の首筋に貼られた絆創膏にトゥーリオが触れてきた。


「痛かった?」

「大丈夫だよ。そんなに気にしないで」


 終わったことだから、と私はトゥーリオを安心させるように微笑んだ。

 トゥーリオの頬がさっと赤身を増す。

 昨日に比べるとずっと血色がいいのは、やっぱり私の血をたっぷり飲んだからなのかな?

 私はトゥーリオが気にかけないように少しからかってあげようと思った。


「ふふ、そんなに見つめて私、よっぽど美味しかった?」

「えっ」


 トゥーリオが更に頬を赤らめた。

 眼鏡の奥の瞳が揺れている。


「でもダメだよ。あんなに吸われたら私絶対もたないもん。健康と元気には自信があるけど、昨日は大変だったんだからね」


 ライカンに送ってもらったあと、私は爆睡したのだ。

 夜中に一度目覚めてからはふらふらしながら野菜ジュースをがぶ飲みして朝ごはんにいたってはおかわりまでしたのである。

 栄養をしっかりとったこともあって今朝は普通に動けるようになった。


「くっ……1度あの味を知ってしまったのは失敗だったよ。今も甘い香りに誘われてる」

「だめっ! 離れてくださいっ!」


 トゥーリオがじりじりと近づいて来たので私は素早く距離をとった。

 優等生みたいな見た目の癖に、手が早く油断も隙も無い。


「普段はあんなに飲まないんだよ。あの時はテストでたくさん魔力を消費した後だったから、余計にお腹がすいてて……本当だよ」

「別に怒ってたりはしないよ。でも、普段はライカンとかもうひとりのお仲間さんとやらがいるんでしょう?」

「もう1人はなかなか帰ってこないから、ほぼライカンだけどね」


 職員室についたのでおしゃべりをやめて先生のところへ行く。

 今日はマナー教養の練習をするためにカラトリーや紅茶などを淹れるための道具一式を運ぶよう言われたので、トゥーリオと半分こして持とうと思ったが、それも遮られた。

 結構重たいと思うのだが、なんでもないように運んでいる。

 血を要求してくる以外は頼れる優しい男の子なのだ。


 マナーの授業は4人1組で行う。

 いつもは余っている人に積極的に声をかける気遣いの塊のようなトゥーリオが、今日はとことん過保護で、真っ先に私のところへ来た。

 モモとメアリが何かあったの?と目配せをしてくるがなんでもない、と手を振った。

 ライカンはサボりでいなかったので、その4人で組んで授業を受ける。


 食器の並べ方や使い方を順番に実践したあと、先生に1組ずつテーマが書かれた紙を渡されて、そのテーマに似合うようにクロスや食器を選ぶ課題に取り組む。

 私たちのお題には「ガーデンでの昼食」と書かれていたので、明るめのクロスを選び、庭を楽しむものとして食器の方はあまり豪華ではないシンプルなものにした。

 合格点をもらった後は、紅茶のおいしい淹れ方を学ぶ。

 たくさんの種類があって、それぞれ蒸らし方や最適な温度が異なるらしい。

 メアリは紅茶が趣味なので詳しく教えてくれ、先生も絶賛してテストに出るからきちんと覚えるように言ったので、私達3人はしっかりメモをとった。


 授業が終わったあとの片付けも私はついていくだけでトゥーリオが荷物を全部持ってくれた。

 礼を言って昼食をとりに食堂へ行くと、モモとメアリが待ってましたとばかりに口を開いた。


「ねえ、トゥーリオどうしちゃったの?まるでロザリアに恋してるみたいじゃない」

「こっ……!?いやいや、そんなんじゃないって」

「昨日呼び出されてたことと何か関係あるの??」


 2人が興味津々に聞いてくるが、ライカンと違いトゥーリオは吸血鬼であることを隠しているようなのでバラすのはよくないだろう。

 私は少しぼかした言い方をした。


「その、頼みごとを引き受けた時に私が少し無理をしたからトゥーリオが気遣ってくれてるの」


 大方省きはしたが、間違ってはいないはずだ。


「ふぅ~~ん。でもトゥーリオのあの目はちょっと、ねえ」

「ねえ、モモも思うわよねえ」


 2人は意味深に目配せをしてにやついている。

 私がなに?という顔をしても、「ロザリアにはまだ早いかもね~~」と笑って答えてくれなかった。

 私もトゥーリオとのことをボカしているので強く突っ込めない。

 昼食を終えると私は次の授業の準備をするために早めに教室に戻った。



 ◇◆◇


 放課後、板書を消したり備品の整理などの雑事はすべてトゥーリオが片付けてくれるので、私は日誌を書くのに専念した。

 授業の一言感想を書き終えると、廊下が少し騒がしくなってアレス殿下が迎えに来た。


「ロザリア、後は提出だけだから僕がやっておくよ」

「いいの? ありがとう」


 お礼を言って殿下を待たせない様に手早く準備をする。

 そのうちに殿下は近づいてきて私の鞄を受け取り歩き出そうとして立ち止まった。

 私の首筋あたりをじっと見て、そのあと日誌を持っていってらっしゃいと手を振るトゥーリオの方を見る。


「どうかしましたか?」

「……いや、なんでもない」


 アレス殿下が口ごもった理由はすぐにわかった。

 殿下はライカンを『封印』した人物なのだから、当然トゥーリオが吸血鬼だということも知っている筈だ。

 だから、私の首筋にはられた絆創膏の下に吸血鬼によって噛まれた跡があることにすぐに気づいたらしい。

 馬車の中で、合意か?と聞かれて私が戸惑いながら頷くと、殿下はまたしてもため息をついた。

 アレス殿下はよくため息をつく。

 そのまましばらく腕を組んでいつものようにとんとんと指を叩いて何事かを考えると、よし、と呟き私に殿下の上着を羽織らせた。


「いいか、ロザリア。君は今日寒がりだ。絶対にその上着をとるな」


 そうして上着の合わせ目をしっかりと上まで閉められる。

 アレス殿下の服は詰襟のようになっているので、絆創膏のある部分がしっかり隠れた。

 私は頷くと、カイの待つ客間へと向かった。



 カイに会うのはテストの後、王宮の魔法騎士訓練に付き合って以来だからおよそ1週間ぶりくらいだろうか。

 その間に『無効化』を特訓した成果をはやく見せたくて、私はカイの元へ駆け寄った。

 白いベールに聖女服を着たカイは今日も大変可愛らしい。

 しかし、カイは私を見ると少しだけその形の良い眉を顰めた。


「どうしたんですか?その恰好は」

「あ……えっと、今日はちょっと寒いから殿下に借りたの」

「ふぅん?初夏だというのに随分ぴったりと襟まで閉めて……ロザリア? 汗が出ていますよ?」


 それは冷や汗です。

 どうか突っ込んでくれるなという雰囲気を感じ取ったのか、カイの尋問はそこまでで終わった。

 私も話題を替えようと、『無効化』を抑えたり出したりできるようになったことを伝えた。


「私のいないところで練習したのですか?」

「ごめんなさい。早く上達したくて……でも、ちゃんと頼れる人に見ていてもらいながらだったから」

「頼れる人ね……」


 カイがジト目で私を見てくる。

 心配してくれるのはありがたいけど大丈夫、という思いでじっと見返すと、ふ、と紫色の瞳は逸らされた。


「まぁいいでしょう。では、今日は魔力を使う練習をします」

「え?『無効化』はもういいの?」

「『無効化』を抑えたり出したりできるようになったのなら、抑えたまま魔力の練習をしましょう。それができれば、魔力と同じように『無効化』ももっと扱えるようになるでしょう。何せ『無効化』は少し効果がわかりにくいですからね……」


 カイの言う通りである。

 いつも、どこまで効いているのかとてもわかりにくい。

 私はカイの指示通りに『無効化』を抑えながら掌の上に水を出す練習をした。

 用意したバケツにぽたぽたと水が溜まっていくのを見て私は興奮した。


「できてる!魔力、使えてるっ!!」

「良い調子ですよ。魔力は自分の想像に引っ張られます。ちゃんと思った通りになっていますか?」

「うーん、もうちょっと勢いよく水が出るのを想像してるんだけど……」

「『無効化』が少し働いているのかもしれません。意識してみてください」


 カイに言われて目を閉じて集中すると、確かに魔力を扱うのに夢中になって、少し『無効化』を押さえ込めていない部分があった。

 抑え込むように意識すると、掌から出た水が急に勢いを増して飛び散り、咄嗟にバリアを張ったカイと違い私は水濡れになってしまった。


「ううう~~……冷たい……」

「制御は練習が必要ですから。失敗は誰にでもあるものですよ。上着を脱いで、メイドに乾かしてもらいましょう」


 私は殿下に借りていた理由を忘れて上着を脱いで外にいたメイドさんに頼んだ。

 その時にこすれて、絆創膏もとれしまっていたらしい。

 振り返った私の首筋にがっつり残っている噛み跡は目立つ。

 カイも当然すぐに気づいて私に詰め寄った。


「何ですか?これは。噛み跡ですよね。これを隠すためにあの上着を着ていたというわけですか。つまり噛んだのはアレス殿下ですか?」


 聖女の格好をした魔王が居る。

 冷えた空気に恐ろしい形相をしたカイを前に私は首をもげそうなくらいに横に振った。

 カイは(たぶん)殿下を好いているんだから、はやく誤解を解いてあげないと!


「ちがうから!アレス殿下じゃないから!安心してください!」

「じゃあ誰です?ロザリアのバディの座を射止めたあの人狼ですか?」


 私はもう一度首を振った。

 誤解を解いたはずなのにカイの追及は止まらない。

 これはもしかして、殿下とのことじゃなくって、親友の私を心配してくれているのかもしれない!

 私は嬉しくなってカイの手をとってにっこり微笑んだ。


「大丈夫。これは私が嫌々されたんじゃなくて、ちゃんと了承してされたことだから!」

「……っ」


 カイの瞳孔が開いて、その瞬間王宮がどぉん、と揺れた。


「は、はは……へえ。了承したんですか……」

「え? 地震? なんか今揺れなかった?」

「気のせいじゃないですか? 別に聖女が怒りのあまり力を暴発させたとかではないですから」


 それよりも、とカイが私の首筋にある噛み跡に手をやった。

 治癒魔法が行使されてぱあっと光る。


「これで跡形もなく消し去りました。よくみれば吸血鬼の噛んだ跡に似ているので想像がつきます、人狼にばかり目がいっていましたが、まさかそっちまでロザリアに魅せられているとは」

「あっ本当だ、消えてる! ありがとうカイ」


 ぺたぺたと自分の首を触れば噛み跡がなく綺麗になっている。

 しばらく消えないのを覚悟していたのでとても助かる。

 もっと早くカイにお願いすればよかったかもしれない。

 尊敬の籠った眼差しで見上げれば、カイはため息をついてポケットを漁り、何かを取り出した。


「まだ片方だから迷っていましたが、虫除けとしてもう渡しておいた方がよさそうです。ロザリア、貴女にさしあげます」


 差し出されたのは綺麗な紫色の宝石のついたピアスだった。

 カイのいう通り片耳分しかない。


「綺麗!嬉しい、けど……私、ピアス穴開いてない」

「もちろん私が開けてあげますよ」


 にっこり笑ってカイが私の右耳を触った。

 カイにされることは不思議と何でも怖くない。


「リップクリームのお礼です」


 ぶちっ、と音がして耳に穴があけられたんだなと思った。

 そのままピアスをねじ込まれて装着される。

 治療魔法をかけられて、ピアスの先についた宝石が揺れる感覚がした。


「これでいい。よく似合っていますよ」

「えへへ、そう?」


 カイも嬉しそうに笑うので私もつられて笑った。

 親友が私の為に用意した贈り物だと思うととても幸せな気持ちになる。

 まるで友情の証みたいだ。


「ねえロザリア、ロザリアは私の事が好きなんですよね?」

「え?う、うん」


 カイが私の両頬を包み込んで顔を近づけた。

 長い睫毛の奥でもらったピアスと同じ色の瞳がきらめいていて、とてもきれい。


「じゃあ私を置いてけぼりにして彼氏や婚約者を決めたら嫌ですよ。お願いロゼリア。1人にしないで」

「わかった!!!!」


 美少女が目を潤ませてお願いする破壊力はやばい。

 親友のあまりの美しさに私は鼻息を荒くしながら即答した。

 だって可愛いんだもの。

 可愛いは正義!!


「……貴女は昔から面食いですよね……」


 ロゼリアが何事か呟いたが、私はカイがようやく親友である私に甘えてくれたことで歓喜に浸っていたので気づかなかった。


 そのあともう少し『無効化』を抑えながら水魔法を使う練習をして今日の練習はお開きとなった。

 迎えに来たアレス殿下が私の耳を飾るピアスをみてカイの方を向いて言う。


「親友だと認めたのか?」

「この間リップクリームを頂いたので、そのお礼として贈っただけです」


人前ではまだ認めてくれないらしい。


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