騎士団の訓練に参加します
頑張った甲斐があって、筆記テストは無事よい点数をとれた。
実技の方は、魔力はあるがまだうまく扱えないため免除とする、という手紙をアレス殿下に一筆頂いたので、テストをするかわりに先生のお手伝いをした。
具体的には、実技テスト中に他の生徒の魔法が演習場からでていかないように立っているだけである。それでも全生徒のテストが行われる間ずーーっと立ちっぱなしだったので足が疲れてしまった。
椅子を持ち込めばよかった。
「ご苦労だったな」
「あっ、ありがとうございます」
テスト会場だった演習場から出ると、アレス殿下がいた。
殿下も実技で水龍を出現させたり、あたり一面に雷を落としたりしていたというのにまったく疲れた様子はない。
「頼みがあってロザリアを待っていた」
「私を?」
「ああ。今度また空いている日に魔法騎士団の演習に顔を出してほしい」
「公開練習の日ですか?」
「いや、北の森ではなく王宮で行われる訓練の日だ。抜き打ちで『無効化』させて緊急時に兵がどのように動くか試験をするのを手伝って欲しい」
学校を出た騎士団の人たちも試験とは大変だなぁ。
アレス殿下には大変お世話になっているし、私も試験が終わって手が空いているので断る選択肢はない。
「いいですよ。……あ、エスメラルダ様も一緒にいいですか?」
「義姉上か……」
私だけで行ったら間違いなく不機嫌になりそうだ。
アレス殿下も想像がつくのか、眉をひそめて腕組みした手をとんとん、と叩き考えている。
「仕方がない。兄上に申し上げて協力を請おう。それで、空いている日はいつだ?」
「テストが終わったからいつでもいけますよ」
「では3日後の休みの日に寮まで迎えに来る」
アレス殿下はそういうとそのまま私を寮までエスコートしてくれた。
相変わらずの紳士っぷりである。
寮に戻ってエスメラルダ様に魔法騎士団の訓練を手伝う話をすると、彼女は飛び上がって喜び、私の手を握ってくるくると踊った。
「ロザリア!! なんて素晴らしいの!! 王宮での訓練なんて一般人ではとても追えないものを……なんてこと!!」
「エスメラルダ様は一般人ではないでしょう……」
「いいえ!! いくらわたくしが王太子の婚約者といえども、魔法騎士団のいちファンとしては立派な一般人ですわ!! ロザリアがいなければこんな機会なんてなかったことでしょう。ああ、ありがとうございます……!」
「立って!立ってください!」
隙あらば私を拝もうとするのをやめてほしい。
せめて私を拝まずに玄関のところにある金の置物の前でならご自由にどうぞ。
「それでいつですの? その貴重な日は!」
「3日後のお休みの日です。寮までお迎えがくるそうです」
「なんてこと!! 思ったより時間がないわ!! こうしてはいられないわ、わたくしすぐにマッサージの予約をいれてマニキュアを塗りなおさないと。そうよ、服も決めなくては!!」
推しに会いに行くのにこんな状態ではいけないわ!とエスメラルダ様は部屋を飛び出していった。
扉を出たとたんスキップが優雅な足取りに変わり、崩れたお顔は淑女らしく取り繕われたのを見て私は1人残された部屋でぽかんとした。
まぁ、喜んでもらえて何よりである。
◇◆◇
3日後、寮まで迎えに来てくれたのはランハート様だった。
寮の玄関でそのことを知ったエスメラルダ様はすっ、と私を連れて一度部屋に戻った。
「ロザリア!! これは夢!?」
「私をつねらないでください!!」
声にならない悲鳴をあげ、顔を真っ赤にしたエスメラルダ様は金の置物に向かって話しかけ始めた。
「ご、ごきげんようランハート様。今日はいい天気ですわね……」
「練習する暇はありません、行きますよ!」
エスメラルダ様の手をひいて玄関に戻り、ランハート様と挨拶を済ませて馬車に乗り込む。
せっかく隣に座れるチャンスだというのに、エスメラルダ様は私の隣へ座った。
「いいんですか?」
「こういうのは隣ではなく真正面から見るのが良いのよ」
広げた扇の隙間からちらちらと推しの顔を眺め幸せそうにしている。
ランハート様は私たちの様子をふふ、と眺めて笑った。
「エスメラルダ様とロザリア様は仲が大変よろしいのですね。この間も一緒に演習を見に来て下さったでしょう?」
「はっ……き、気づいていらっしゃったのね」
「もちろんですとも。エスメラルダ様はいつも応援に来て下さいますよね。いつだったかは差し入れも頂きました事も覚えております。その節はありがとうございました。中々お礼を言う機会もなく、今になってしまいましたが」
「いえ……しかとお礼は承りましたわ!」
エスメラルダ様のお顔が扇で隠せないほど赤くなっていく。
ランハート様はそれに気づいているようだが言及はしない。
大人の余裕でにこにこと笑っているままだ。
「今日の訓練にも意欲的にご参加くださると聞きました。王太子殿下とご一緒のところに俺もついてお守りしますのでよろしくお願いいたします」
「ええ。よろしくね」
「私はどこへ行けばいいでしょうか?」
「ロザリア様は第三王子アレス殿下のお傍に。曲者役は赤い鉢巻をしておりますのですぐにわかるかと思います。曲者役の目的をロゼリア様の誘拐にしておりますので、触れられることもあるかと思いますが抵抗すると逆に危ないですのでできるだけされるがままでお願いいたします」
「わかりました」
私に触れるということはそこでの攻防が『無効化』されることになるだろう。
魔法での危険はないが、模擬剣に当たると痛いのは間違いない。
大人しくしておくというのはそういう事だろうなと思う。
「もちろん殿下も我々も曲者役に触れられることがないよう努めますので!」
「はい。皆様のご活躍を応援しております」
王宮につくと、エスメラルダ様はランハート様と共に王太子殿下の元へ、私はアレス殿下の執務室に案内された。
そこで久しぶりにあうヴァルヴァロッサ様が必死に書類仕事をこなす中、私と殿下はお茶を飲む。
「義姉上が望んだとしても実際の訓練に参加させると万が一があるといけない。兄上と共にランハートをつけておけば満足するだろう」
「ご配慮ありがとうございます……」
「お前の方は俺が守るから安心しろ」
アレス殿下の青い瞳は自信に満ち、色っぽいほくろのある口元が薄く笑った。
「まもなく合図の鐘が鳴る。侵入者が入った時になる鐘だ。ヴァルヴァロッサ、書類が乱されないよう片付けろ」
「承知しました」
書類を抱えてヴァルヴァロッサ様は部屋を出て行った。
訓練の間は居ないらしい。
それからほどなくして、カンカンカンカンと警鐘がなった。
アレス殿下は私を立たせると部屋の奥へ行かせた。
すぐに扉をノックする音が響き、護衛が2人入ってくる。
それ以外は扉の前で待機するようだ。
しばらくすると、廊下の方が騒がしくなって、あちこちで魔法の音がし始めた。
「来るぞ」
赤い鉢巻をつけた曲者役が扉を壊して入ってきた。
私を見つけると、捕獲用に魔法を展開するが、私に『無効化』され発動しない。
動揺したところに私の傍にいた護衛の兵士が攻撃しようとするが、当然それは発動しない。
「なんだ!?」
「魔法が使えないぞ!!」
一瞬狼狽えた曲者役は、すぐに距離をとって護衛役の方に目標を切り替えた。
立て直すのが遅くなった護衛役は一瞬遅く蹴りをくらって飛んでいく。
次に曲者役は剣を振り下ろし、アレス殿下がそれを受け止めた。
何度も攻撃しては躱し、受け止めては攻撃に出る。
その間に別の曲者役が私の方へ近づいてきたのを見てアレス殿下は持っていた剣をその曲者役に向かって投げてしまった。
剣は曲者役の顔面すれすれで壁に刺さる。
丸腰になった殿下に剣が叩き込まれるかと思ったその時、先に強烈な蹴りが相手の手に入って逆に剣が叩き落された。
曲者役たちは降参して赤い鉢巻をとった。
「お見事でした」
「なんだ、もう終いか」
私の傍に剣が2本落ちている。
これが実践だと思うと少し怖くなって今更ぶるりと震えた。
「ロザリア、大丈夫か?」
私の怯えた表情に気が付いて、アレス殿下が私の手をとった。
その手が暖かく、安心する。
そのままソファーへ誘導されて座った。
「怖い思いをさせてしまったようだな。すまない」
「い、いえ。殿下が守ってくださったから大丈夫です」
「今日の礼に何か贈ろう。欲しいものはあるか?」
曲者役の人たちが後片付けをしに護衛役と共に出て行った。
2人きりになってしまった上に、なんだかアレス殿下との距離が近い気がして居心地が悪い。
「ううん、とくには何も思いつかないです……」
「カイに関する事でもいいぞ」
「えっ……?でも、カイの事なのにアレス殿下に頼むのは違う気がします。カイ相手だったらぎゅってしてほしいとか、一緒に遊びたいとか、いっぱいあるんですけど」
「だそうだぞ」
アレス殿下が私の後ろに向かって話しかけた。
振り向くと、そこには白いベールに聖女服姿のカイがいた。
「……訓練での怪我はありませんか?」
「ない。では俺は兵に終了と解散を伝えに行く」
アレス殿下がぱたんと扉をしめて出て行った。
カイは私の隣に座り、ため息をついた。
もしかしてさっき殿下と私の距離が近かったから勘違いとかさせちゃったのかな?
「あ、あの、アレス殿下とは何も……」
「そんな心配していませんよ」
カイが私をぎゅっと抱きしめた。
「訓練お疲れさまでした。これでご褒美になりますか?」
「えへっ」
思わずにまにまと笑ってしまう。
さっきまでちょっと怖かった思いがどこかへいってしまった。
「カイ、だいすきっ!」
ぎゅっと抱きしめ返すと、カイが吃驚したのか少し震えた。
「ロザリア、君って子は……」
「カイは訓練じゃなくて、いつもこんな風に戦っているんだよね。すごいね。私も早く強くなって、カイのこと守れるようになりたい! 頑張るから、もう少し待っててね」
私はカイの身体を離すと、困ったような顔を見ない様に紅茶のセットを借りてお茶を入れた。
私が見たいのはそんな顔じゃない。
楽しそうに笑ってた頃のカイの、幸せそうな顔が見たい。
そのためにわたしは女神様にちからを下さいってお願いしたのだ。