sideカイ
街で息抜きをしていたら、研究所から魔物が逃げ出したと緊急連絡が入った。
いつものような聖女の格好ではないが、特に気にすることもなく任務に入ろうとすると、道路でおろおろとしている幼馴染の姿を見てしまった。
そのままに出来る筈もなく、声をかけたがどうやら僕の事が分からない様子。
聖女としての責務があるうちは、ロザリアに好きだと告白してはいけない。
そう戒めた自分にとっては、ロザリアがカイのことを女の子だと思って勘違いしているのは都合がよかった。
今まで簡単に抱き着いてきたり、医療行為ではあるがキスをしても怒らなかったのは多分、女の子同士だと思っているからだ。
それなのに今、男だとバレたらもう自分の傍に居たいなんて思うのをやめるかもしれない。
そんな事になったら立ち直れる自信がない。
だから敢えて男だと訂正しないと決めたのに、男の格好で目の前にいても気づかないとは喜んでいいのやら悲しんでいいのやら。
魔物を倒し終えて帰宅しても悶々と悩んでしまい、ほとんど息抜きにならなかった。
明日はロザリアとの魔力練習の日なのだから、しっかり気を引き締めてうっかりカミングアウトしないようにしなければ。
◇◆◇
「実技試験までに少しは出来るようになるかな?」
今日もまた、魔力の流れを感じる練習から始めたロザリアがつぶやいた。
「実技試験?」
「もうすぐテストでしょ。このままだと0点になりそう」
「そうですね。今回は諦めた方が良いかもしれません」
僕が率直に言うと、ロザリアはあからさまに落ち込んだ。
気が乱れて『無効化』が張られ、せっかく注いだ僕の魔力が外に弾き出される。
「こら。ちゃんと集中しなさい」
「うぅ……ごめんなさい」
もう一度ゆっくり流し込み、『無効化』を押し除ける。
目を閉じてその流れを感じようとするロザリアの唇にふと目がいった。
柔らかそうな唇にはほんのり色がつけられ、少し濡れたような色っぽさがある。
「カイ?」
思わず乱れた僕の魔力にロザリアが気づいて目を開いた。
慌てて僕は目を逸らしたが、唇を見ていたことに気が付かれてしまったらしい。
「どうしたの?私の口……あっ、もしかして」
キスしたい、と思ったのがバレたかと思いギクリとする。
「カイ、こういうの好き? 実はね、お揃いのリップクリームを買ったの。カイにあげようと思って……はい。受け取ってくれる?」
ロザリアは鞄からごそごそとラッピングされた小さな包みを取り出して僕の掌の上に乗せた。
「リップ、クリーム?」
「あれ?もしかして使ったことない?」
あるわけがない。
僕は男だぞ。
首を振る僕にロザリアは驚いた顔をした。
「ええっ、メイクとかしないの?」
「しません」
「それでその顔……羨ましい! ね、ちょっと今塗ってみてもいい?」
ロザリアは僕の返事を聞かずに自分のリップクリームを取り出して僕に近づいてきた。
「はい、薄くでいいから口を開けてくれる?」
頬に手が添えられて、薄紅色のリップクリームが塗られる。
ふわりとベリーの甘い匂いがした。
「軽く口をん、って閉じて塗り合せておしまい! うん、何塗っても可愛い!ほらこれ、私とまったく同じお揃いだよ」
ラッピングの透明の部分からロザリアの手にあるものと同じリップクリームが見えた。
「お揃い……」
しかも、今塗ったのってロザリアが塗ったあとのものだよね?
それって間接的なキスじゃないか。
気づいてしまい、照れた僕の顔をロザリアが喜んでくれてよかった〜〜!と勘違いしていた。
「さ、練習に戻ろ。もう一度お願いします!」
「あ、は、はい」
差し出された手を握り、深呼吸をひとつして落ち着かせながら魔力を流した。
ロザリアは僕の魔力にだいぶなれて、『無効化』をやめ完全に受け入れられるようになってきた。
そこから『無効化』を意識して張らないようにする状態を維持させる。
この状態でないと、ロザリアは魔力を使えない。
魔力を扱う練習をするのはまだ早いだろう。
僕は魔力を送るのを止めた。
ゆっくり30秒数えて『無効化』を張らせ、また魔力を送る。
まるで腹筋のように力をいれたり抜いたりして何度も繰り返し感覚を覚えさせる。
「今日はここまでにしようか」
「あ……もうそんな時間?」
「次回は僕の魔力なしに『無効化』をとめられるようになろう」
「はい。ありがとうございました! またね、カイ」
そういって僕に手を振るロザリアの手に、ぴたりとはまった銀色の腕輪が見えた。
あの腕輪はこの間街中でもずっとしていた。
それにあの模様、もしかして……ロザリアは誰かとバディを組んだのか?
魔力を扱えないロザリアが、一体誰と?
「ライカンという同じクラスの男だよ」
アレスに聞くと、知らなかったのか?という顔をされた。
「運動祭でも一緒に走っていただろう。灰色の髪をした体の大きな奴だ」
「ライカン……どこかで聞き覚えがある」
「1年前に研究施設で保護された奴だよ。覚えているか?禁止されているにも関わらず人体へ特殊能力を人為的に付与しようとした研究施設の、被害者の1人だ。元の身体に戻せるかお前にも試してもらったができなかっただろう」
「ああ……あの時の。確か、3人いたような」
ライカンと、あと黒髪の男と、紫髪の男の3人だったか。
特にライカンは暴走がひどく、アレスの手で封印された筈だ。
「その封印を『無効化』したのがロザリアだ」
「え??」
「封印を解除したわけでもなく、一時的に『無効化』しているだけで魔力の暴走がない。それどころか『無効化』している最中に魔力を消費してしまえば、月1で自我を失なうこともなくなったようだ」
なるほど、つまりその人狼のためにバディを組んでいるということか?
「それだけじゃない。ロザリアは俺やお前と関わることが多いため嫌がらせを受けたことがある」
「なんだって!?」
「魔力によるものは『無効化』で防いだようだが、魔物をけしかけられ、どうにもならなかったところにライカンが助けに入ったそうだ。嫌がらせはロゼリアを気に入っている義姉がけん制したから落ち着きはしたが、たまに馬鹿なやつはいる。そういう時に守る意味でもバディを組んだと聞いている」
ロゼリアが危険な目にあっていたなんて知らなかった。
アレス殿下や僕と関わる事っていったって、魔力の練習に関わる事がほとんどで大したことなんてなかった筈なのに。
他の誰かとバディを組んだことよりも、ロゼリアが嫌な思いをする方が嫌だ。
「魔力の訓練頻度をもう少しあげられませんか?」
「無理だろう。お前は忙しい身だ。これ以上は身体を壊す」
「くっ……」
確かに疲れてはいる。
けれど、もう少しロゼリアの為に何かしたっていいんじゃないか?
食い下がる僕をアレスは早く帰って休めと執務室から追い出した。
自室に帰ると、リップクリームに目がとまる。
そうだ、これのお礼と称して、ロゼリアに護り石を贈ろう。
聖女が作るんだから効力は申し分ないだろう。




