街中で出会った男の子
3日間ある休みのうち、2日は勉強に費やした。
モモとメアリは寮で相部屋なのでそこへお邪魔して、3人で一緒にやる。
まだ魔力の扱いができない私は実技には自信がないが、せめて紙のテストは何とかしたい。
モモが部活の先輩からもらった過去問を見せてもらって教科書にマークしていく。
「テストって思ったより難しくなさそうね?」
「うん、暗記すればいいみたい。けど、その分満点近くとらないとだめなんだって。ボーダーが高いのよ」
「できて当たり前って感じかぁ……」
過去問を既に写し終わっているモモが飲み物を用意してくれた。
「だから筆記テストが駄目だと再試験、それも無理なら落第になりやすいみたい。クラス分けの指標はやっぱり実技の方のテストね」
「ロザリアは聖女様の指導を時々受けてるんでしょう? どう、少しはできるようになった?」
私は首を横に振った。
「ううん、まだ。自分で練習するのは危ないからって止められていて……」
「ってことは実は相当な魔力あるんじゃない? ロザリアだけ違うクラスになったりして~~」
「クラス替えは1年後だからそれまでに私達が魔力量を鍛えればいいのよ」
「どうやってよ~~!」
一応、筋肉のように魔力は使えば使う程増える。
コツコツとした魔力トレーニングで少しずつ頑張るしか方法はない。
「写し終わった。ありがとうモモ」
「おつかれさま~~。じゃ、明日は朝食を食べたら寮のロビーに集合ね」
「うん。どこに行くか決めてるの?」
「そりゃもうショッピングよ! あっちこっち行くからヒールのある靴はお勧めしないわよ」
「わかった、じゃあまた明日ね」
ロザリアは2人の部屋を後にした。
自室に戻るとエスメラルダ様がぐったりとして金の置物の前に居た。
「あぁロザリア……おかえりなさい……」
「エスメラルダ様も今お戻りですか?」
「そうよ。ようやく2日に渡る大掃除が終わったの。もう体力も魔力もへとへとよ。明日はゆっくり休むことにするわ……」
エスメラルダ様は赤組だったので、学園の掃除を今までやっていたらしい。
疲れた顔をしているのを見ると、改めて勝ってよかったと思った私だった。
「あの、友達のところに行って過去問を写させてもらったんですけどエスメラルダ様もいります?」
「わたくしは結構よ。教科書はすべて暗記しているから」
さすがである。
やはり満点をとって当たり前なんだろう。
私は改めて気を引き締めると、自室でもう一度教科書を開いておさらいをすることにした。
◇◆◇
次の日、私はモモとメアリと一緒に街に遊びに出かけた。
初めての時は忍び込もうとして通れなかった入口も、今日はにこやかに警備員さんがお見送りしてくれる。
学園の生徒になると自動的に登録されて好きに行き来できる。
先生や清掃係などの学園で仕事をする人も登録されているので、変装したつもりの私がすぐにばれるのは当たり前だったというわけだ。
街はとても賑わっていた。
かなりの人が思い思いに動くので、ちょっと目を離すとすぐにお互いを見失いかねない。
もし迷子になった時は大きな噴水の前に集合しようと決めた。
最初はショッピングすると張り切っていたモモのおすすめの雑貨屋さんに入る。
果物と妖精をモチーフにした絵が描かれた小物がたくさん並んでいる。
モモは自分の名前にちなんで、桃の妖精の絵がはいったものがお気に入りで、よく新作をチェックしては揃えているらしい。
確かに部屋に遊びに行ったときに見たことのある絵柄と同じである。
新作はリップクリームだよ、と店主に見せられてモモはすぐに桃色のものを選んだ。
リップクリームはその果物の妖精と同じ色に匂いづけがしてあるらしく、ふんわりと香る桃の匂いがとてもよかったので、メアリと私もそれぞれ自分の好きな匂いを選ぶことにした。
「ぶどうの匂いおいしそう」
「確かに良い匂いだけど、薄紫はちょっと使いにくいわよ~~」
「ねぇ、柑橘系もいいよ。オレンジなら大丈夫でしょ」
「サクランボと林檎ってどう色が違うの??」
「よく見て、林檎は赤じゃなくて緑だから青林檎だよ、多分」
女の子同士できゃっきゃと雑貨を選ぶのは楽しい。
ストロベリーとオレンジで悩んでいたが、メアリがオレンジを選んだので、私はストロベリーを買った。
「あ、ちょっと待って。もう1本買う」
私はストロベリーのリップクリームをもう1本買った。
聖女って専用のメイク係とかいるのかな?
今度カイに会ったときにお揃いだよってあげたら喜んでくれるかも、と思ったのだ。
ラッピングしてもらい鞄にしまう。
「次どこ行く?」
「喉かわいたから何か飲も~~」
お店を出て少しいったところに、ちょうど飲み物を販売している出店があったのでメニューを覗いた。
「桃がある!桃にする~~」
「ふふ。モモは迷わなくていいね。私はレモンにしようかな」
「んん……私はさっき見てて食べたくなっちゃったベリーミルクにしよ!」
選んだフルーツを氷や牛乳と一緒に魔道具にいれると、注ぎ口から出来上がったジュースが出てくる。
3人で飲みながら歩いて、文具屋にでも行こうかと話をしている時だった。
ファンファンファン、と警報音がなった。
「住民は速やかに避難をお願いします。繰り返します、研究所から逃げ出した魔物がこのあたりにいる可能性がありますので、速やかに避難をお願いします!」
ざわついた人々が一目散に動き出して、その波におされ私はジュースを落とし、モモとメアリともはぐれてしまった。
魔物騒ぎが収まったら噴水に行くことにして、先に避難場所に行った方がいいだろう。
しかしその肝心の避難場所がわからない。
周りの人はばらばらに移動しているし、尋ねようにも皆足早に去ってしまう。
「こっちだよ」
声をかけられて振り向くと、黒い帽子を目深くかぶり、同じく黒いマスクで顔を隠した金髪の男の子が私の服を引いていた。
「避難場所がわからないんでしょう?」
「あ、ありがとう」
お礼をいって立ち去ろうとすると、建物の上に魔物の姿が見えた。
「ま、魔物……!」
「え?」
私が魔物を指さすが、誰もそれに気づいた様子はない。
男の子も私が指さす方向を見るが首を傾げている。
「あそこにいるの! 見えないの……?」
男の子ははっとした顔をして私の手を握った。
「見えた。悪いけど、あの魔物は君じゃないとわからないみたいだ」
「もしかして何か魔法を使っているのかも。私は『無効化』があるからきかないだけで……」
「多分そう。研究所からは『幻術』を使う魔物が逃げたって聞いているから」
「え?」
詳しい事情を知っているなんて、この男の子は一体何者なんだろう?
「僕は魔物の捕獲、無理そうなら退治を頼まれてここに来てたんだ。悪いけど君に協力してもらうよ」
「え?えぇ、それはいいけど……。えっと、あなたの名前は?」
「えっ??ぼ、僕は……カ、カムイ」
「カムイね。私はロゼリアっていうの」
カムイは頷くと、私の手を引いて魔物の居る建物の下まで移動した。
しかし、それに気づいた魔物はぴょんぴょん屋根の上をはねて別の建物に行ってしまう。
「どこへ行った?」
「あっち!3軒先の、緑の屋根の方!」
いたちごっこのように逃げる魔物にしびれを切らし、カムイは遠くから魔物に向かって魔法の矢のような攻撃を放った。
矢は魔物に避けられたが、そのまま落ちた先で魔法陣が展開され、罠に変わる。
網のように張られた罠に無事かかった魔物が抵抗してこちらに攻撃を放とうとしたので、私はカムイの前に守るように立った。
魔物の放った水流が、私に当たる寸前で消える。
「ロゼリア、前に出るなんて危ないよ」
「大丈夫。私が『無効化』してカムイの盾になるから」
「ダメ。女の子なんだから僕がロゼリアを守るよ」
捕獲はしたから、後は別の人に任せよう、とカムイは私を連れてその場を離れた。
「……協力ありがとう。君のおかげで犠牲者が出ないうちに片付けられた」
「よかった。カムイは私と同じくらいの年齢に見えるのに、もうお仕事をしているのね」
「う、うん。まぁ、僕は力が強いから……」
「そうよね。私の『無効化』を受けながら攻撃できるんだもの。私ね、このちからをまだ扱いきれてなくって、常時『無効化』状態なの」
「ロゼリアは、頑張っていると思うよ」
「え?」
何故か褒められて、私はカムイを見た。
黒いマスクの下の白い肌がうっすら色づいている気がする。
「あ、いや、えーっと……、そうだ。慣れてないのに出来る事をやろうって前向きでさ。手伝いも嫌な顔一つしないし。きっと扱えてなくても頑張っているんだろうな、と」
「ありがとう!カムイっていい人ね」
私は嬉しくなって、カムイの両手を握ってぶんぶんと振った。
「ねえ、私次に会えるまでにはもう少し能力が扱えるよう頑張るから! また今度会ったときにお話聞いてくれる?」
「う、うん」
避難警報が解除されたので、噴水のある広場までいくとモモとメアリが居るのが見えた。
送ってくれたカムイにお礼をいって別れる。
「ロゼリア!はぐれたから心配したよ!」
「だぁれ?さっきの男の子」
「魔物を捕獲にきてた人!ここまで送ってもらったの」
はぐれてからの出来事をかいつまんで話しながら、私たちはランチをした。