バディの相手
次の日の朝、教室に入ると私が第三王子アレス殿下と一緒に王宮へ行ったことが噂話として広がっていた。
アレス殿下はとてもお顔のきらびやかな人だ。
水色の髪は日に透かすと涼しげな水面のように輝き、青い瞳の中にいくつもの星が煌めている。
鼻筋はすっと通り、引き締まった口元にひとつ、ほくろがあるのが色っぽい。
14歳とは思えぬほど大人びていて、鞄を持ってくれたりエスコートも完璧な紳士。
昨日の気遣いも完璧だったし、むしろ欠点が見つからない。
そのうえ、入学したてでまだ婚約者もバディもいないとくれば、ちょっとした事でもすぐに噂になるのは当たり前だった。
「ロザリア、アレス殿下に荷物を持たせたって本当!?」
「馬車までエスコートされたって……羨ましい!なんのお呼び出しだったの?」
何人かのクラスメイトが昨日の事を知りたがって私の周りに集まった。
一緒に登校してきたモモとメアリが、目を白黒させている。
「えっ、なにそれ。ロザリア、あたしたち聞いてないわよ!?」
「ごめん、言ってなかった。昨日すごく疲れて帰ってきたら速攻寝ちゃって……今朝にはすっかり忘れてた」
「それでそれで?何があったの?」
私の周りに集まってきた人以外の人間も聞き耳を立てている。
私はアレス殿下とは何でもないということを強調するためわざと少し大きめに発言した。
「私が特殊能力を扱えないのを知って、アレス殿下が講師として聖女様を紹介してくれたの。だからアレス殿下とはそれ以外特にお話していないよ」
「聖女様ともお話したってこと!?」
周りの人間が更に増えた。
あれだけ美少女なんだもん、アレス殿下だけじゃなくって、そりゃあカイだって人気に決まっているよね。
「うん。忙しいのに時間を作ってくれて、優しく教えてくれたよ」
「いいなあ~~!」
クラスメイト達は昨日、私が能力を扱うのに四苦八苦していたバディ訓練を見て知っているので、すぐに納得したようだったが、廊下からちらちら探ってくる人たちからは、嫉妬の混じった視線が消えない。
でも、カイに会えることに比べたら、それくらいの悪意なんてことはない。
私は昨日のカイとの幸せな時間を思い出してにまにまと笑った。
しかし、それはほんの序の口だった。
移動教室のたびに噂をされ、私に聞こえるように言われる悪口にモモとメアリが眉をひそめた。
「ロザリア、絶対1人になっちゃだめだよ」
「そうよ、熱狂的なファンに何されるかわかんないんだから」
2人が私を庇って一緒に居てくれようとするが、絶え間なくずっとという訳にはいかない。
放課後になって、モモが部活へ行き、メアリが日直で先生に呼び出されたその隙に、私は誰かからもわからぬ攻撃を受けたのだ。
いきなり水がかけられたと思ったら『無効化』が発動して事なきを得たのはいい。
私が歩く先に土魔法で凹凸を作ってこけさせようとするのも『無効化』で回避した。
そうやって何度か魔法での嫌がらせをすると、私の『無効化』に気づいたらしく、相手はとんでもない行動にでた。
4つ足の身体に山羊のような角を持ち、背中に翼が生え、尻尾が蛇の魔物――キメラが襲ってきたのである。
嫌がらせのレベルを超えている!アレス殿下やカイとちょっと話しただけでこんなことする!?
私は人生で2番目くらいの速さで走った。
ちなみに1番目はカイに会うために東の森に行ったときである。
当然小娘の走りなどキメラにとっては赤子のようなもの。
すぐに追い詰められ、上に圧し掛かってキメラはその爪を私の身体に食い込ませた。
私に顔を近づけて噛もうとしたとき、上から誰かがすごい勢いで落ちてきてキメラを蹴り飛ばした。
「ロザリア、早く起きて俺に捕まれッ!」
シャラシャラとたくさんのピアスを揺らしてキメラに対し闘う構えをとったままライカンが言った。
私はすぐにライカンの大きな背中にしがみつく。
封印が消え、ライカンの耳が狼のものに変わると、すぐに大きな火球をいくつも作ってキメラに放った。
しかし、キメラは素早いのでなかなか当たらない。
「ライカン!キメラの足元に氷を張って!」
「こうかッ!?」
ライカンの右手一振りで当たり一面が凍る。
キメラは滑るのを嫌がってその翼で飛んだ。
「風でキメラの翼の制御を奪ってから攻撃!」
「了解ィ!」
私が言えば、ライカンはすぐに対応する。
私の『無効化』を受けながらだというのに、いくつもの属性魔法を次々と正確に放つ。
キメラはうまく飛べず氷の上を滑って、避けられない炎の玉を受けて転がった。
一度転がればあとはライカンの容赦のない攻撃を食らい続け、キメラは無事倒された。
私はほっとしてその場に座り込んだ。
人間に戻ったライカンが「大丈夫か?」と覗き込んでくる。
「助かった……ライカンありがとう……」
「おまえなんでキメラに襲われてんだ?」
「そんなの私が聞きたいよ……」
腰の抜けた私をライカンが運んでくれて、私たちは職員室にいった。
さすがにキメラが出たのを報告しないのはまずい。
すぐに調査が行われたが、どうやら相手が悪かったらしくうやむやにされてしまった。
それとは別に、どのようにしてライカンと共にキメラを倒したか聞かれて正直に答えた結果、先生からバディを組むことを勧められる。
封印と『無効化』だけでなく、私の指示でライカンが動くという組み合わせが相性抜群だとのお墨付きをもらってしまい、ライカンの期待するような赤い瞳から逃れるように私は片言で「イエ、バディマダキメナイ」と返した。
しかし、ここで先生がもう一度強くバディをすすめてきた。
というのも、今回の件では犯人の追及ができず、かといって危険な目にまたあう可能性が高いことを考えればできるだけライカンと一緒に居た方がいいというのだ。
「別にバディを組んだらずっとそのままという訳じゃない。他にもっと相性のいい相手と出会えば組みなおす事も可能だよ。勿論喧嘩して解散したバディの例もたくさんある」
「か、考えておきます……」
先生の言うことは最もだった。
でも、私はカイとバディになるという夢が諦めきれないのである!!
私の考えていることなんてわかっているだろうライカンが笑った。
「万が一聖女様がロザリアをバディに望んだら、その時は聖女様にお前を譲ってやるよ。それまでの間だったらどうだ?」
「そ、それは……とっても魅力的だけど……」
そんなことしちゃっていいのだろうか。
都合のいいようにライカンを利用しちゃってないかな?
「俺も封印さえどうにかなりゃお前の手を借りる必要はなくなる。その時はこっちからバディを解消することになるかもしれねぇ。どうだ?お互い様だろ」
「う、うん。それなら……いいかも」
「決まりだな。先生、バディ登録してくれ」
さらさらと書類に名前がかかれ登録が完了すると、先生から1組の対になった腕輪が渡される。
腕輪にはお互いの名前が刻まれ、合わせる事で1つの模様になるように工夫がされていた。
「これは?」
「誰かのバディですよ、と主張する役目がある。じゃないと知らずに近づいて、バディをとったとられたと騒ぎになったりする。まぁ着けていてもなることはあるが確率はグッと抑えられる。面倒だが今ここで着けて、肌身離さないようにしなさい」
言われたとおり手に通すと、自動的に腕輪のサイズが調整されてピッタリになった。
「他にも機能があって、お互いの腕輪を通して連絡がとれるようになっている。今のロザリアには必要なものだろう」
「呼べばすぐに助けてやるよ」
ライカンは、私の頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「あの、これって私の『無効化』があっても働きます?サイズ調整はされたみたいだけど……」
「あっ、忘れてた」
試してみたが通信機能は使えなかった。
はやく扱えるようにならないとマジで何も出来そうにないや……。
◇◆◇
ライカンに送ってもらって寮の部屋に帰ると、エスメラルダ様がすぐに私の腕輪に気づいて質問をしてきた。
「まあ! まあまあ! 貴女もうバディの申し込みをされたの?」
「はい、実は……」
私はエスメラルダ様に今日あった出来事を話した。
「貴女に嫌がらせをしている人がいるですって!?」
「はい。でも、うやむやにされてしまって……」
「一体どこの命知らずかしら。わたくしの唯一無二のオタ友にそんなことをするなんて!安心しなさい、このわたくしが何とかしてさしあげますからね!」
そういうとエスメラルダ様はヒールを鳴らし足早にどこかへ出かけて行った。
いつもランハートコーナーで悶えている姿からは想像がつかないが、彼女は王太子の婚約者様である。
その影響は凄まじく、私への嫌がらせはピタリとなくなった。
あれ?もしかしてバディを組む必要なかったのでは?




