sideカイ
いつも一緒の馬車で帰るアレスが珍しく忘れ物をしたというので、王宮に帰る馬車の中で待っていた。
しかし、扉が開いて乗り込んできたのは、他人のふりを続けていたはずの幼馴染で、しかも僕を見たとたんに名前を呼んで、抱きしめてきた。
「会いたかったよ……!」
花のような香りと、少しだけ成長した胸の柔らかい感触が夢ではないことを教えてくれる。
僕は呆然として、ロザリアの後ろから馬車に乗り込んできたアレスを見た。
「馬車を出してくれ」
アレスの一言で、御者が馬車を出発させる。
あれだけ避け続けていたロザリアから逃げることは不可能になった。
「……アレス殿下、これはどういうことです」
「どうもこうもない。彼女を王宮に連れて行くだけだ」
がくん、と馬車が校門のレールを踏んで揺れる。
「きゃっ」
ロザリアが倒れそうになり、慌ててぐっと自分の方に引き寄せてしまった。
くそっ、ありがとうと笑顔でいうロザリアも可愛すぎる。
あくまで冷静になれと自分に念じながら、僕はロザリアと共に席に座った。
「何故王宮に?彼女は寮で過ごしている筈ですが」
「よく知っているな?他人だというのに」
しれっというアレスに腹が立つが、ここで挑発に乗ってはいけない。
僕はこめかみをぐりぐりと押して文句を一旦飲み込んだ。
「はぐらかさないでください。何故彼女を連れて行くんですか」
「何故だと思う?」
僕の想像は悪い方にばかり傾いた。
もしかして、自分を傀儡をするための人質にされる?
いや、もしかしたらこんなに可愛い上に特殊能力を得たのだから、殿下の婚約者にでもされるのかもしれない。どちらにせよ僕にとって地獄でしかない。
青ざめていくカイの頭を、ロザリアが優しく撫でた。
「カイ、大丈夫だよ!心配しないで。私は殿下に能力の扱い方を教えてもらいにいくの」
「なんだもう種明かしか、つまらんな」
「もしかして、カイが教えてくれるの??」
何の話だ?
その小さな唇にむしゃぶりつきたくなりながら、僕はアレスに説明を求めた。
「ロザリアは今、特殊能力を自動でしか発動ができない。このままだと回復を受ける際や防御をはってもらう際にも『無効化』を発動してしまって困るから、自分で制御できるよう訓練をしなければならない」
「確かに回復をかけるのにいつもより多めに魔力が必要になりますね」
「それはカイだからなせる業だ。普通の人では『無効化』にはじかれてまともな治療ができない」
うんうん、とロザリアが頷いている。
「その訓練方法だが、一度ロザリアの『無効化』を剥がして、こちらから魔力を流す。流した魔力を止めれば『無効化』は勝手に展開されるだろう。これを繰り返して、『無力化』が展開する感覚を自分で意識出来るように掴ませる」
「よくわからないけど頑張ります!!」
「これは予測にすぎないが、ロザリアは魔力鑑定の玉も『無効化』した上、自分の魔法も自動で『無効化』している可能性がある。魔力がまったくないのに特殊能力だけを得るというのは本来ありえないから、そう考える方が説明がつく」
つまり魔力が全くないわけではなく、『無効化』さえうまく制御すればロザリアも魔法が使えるようになる可能性があるというわけだ。
そのことに気づいたロザリアは嬉しそうにしている。
「だからもしかしたら、『無効化』を剥がせばその時点で魔法が使えるかもしれない。それも是非試したい」
「私の『無効化』を剥がすために、カイが適任って聞いたの。でも忙しいからダメかもしれないって聞いて」
「私が適任?」
「攻撃をロザリアに撃って『無効化』を剥がすのは下手すれば怪我するだろう。強い魔力を持つ聖女の回復魔法が危険もなく、一番適任だろう」
自分がロザリアに能力の使い方を教える……。
僕の頭の中で「カイ先生、優しく教えて……」とすがるロザリアの姿を妄想してしまい頭を振った。
それを拒否だと勘違いしたロザリアが泣きそうになって僕を上目遣いで見てくる。
「ダメかな?」
「……っ」
正直やばかった。
慌てて反対を向き、深呼吸をする。
「あ、アレス殿下の頼みですので仕方なく引き受けましょう。今知り合った他人ですがアレス殿下たっての願いであれば聖女として引き受けないわけには参りませんからね!」
「やったああ~~!ありがとうカイ!」
往生際悪く他人のふりをし、言い訳がましいことをしているというのに、ロザリアが喜びの声をあげて、また僕に抱き着いてきた。
赤くなる顔を隠すため、僕は掌で顔を覆った。
こんな調子で自分は誘惑に耐えられるのだろうか。
幸せと不安を両方抱えながら少しだけ、とロザリアの頭を撫でようとした手が、彼女の次の発言でピタリととまった。
「カイ、安心してね。アレス殿下は私に興味があるとかいうわけじゃないからね。私もカイから殿下をとろうとか考えてないから!お二人の邪魔はしないから。私は親友のカイに会いたくてここまで来ただけだからね……!」
それは、もしかして、アレスと自分が恋愛関係にあると思っている?
くっ、とアレスが笑いをかみ殺す声がした。
嫌な予感がして、僕はロザリアに尋ねた。
「あの、ロザリアって私の事どう思っているの?」
「え?そりゃもちろん、昔から大切で大好きな幼馴染の女の子だよ!」
ぶはっとアレスがこらえきれずに噴き出し、僕は頭が真っ白になった。
どうやらロザリアは今まで一度も、僕を男だと思ったことがなかったようだ。
あまりにも予想外すぎて、馬車の窓縁をばんばん叩きながら笑うアレスを怒ることも忘れ、僕は城につくまで呆然としていた。




