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⑫ー7 決戦、そして その7

「エリスには罪を償ってもらう、それは当然のことだ。ただ、この世界には万国法なんてないよな?」


「無いね。人魔と人間の法が違うのはもちろん、人魔であれば種族ごと、人間であれば国や村ごとにそれぞれ法や規則がある。ただ……」


「なんだ? ティンテ」


「どの法に照らし合わせてもエリスのしたことは死罪は免れないだろう。腐り手を使ってあまりに多くの命を奪いすぎたし、狂躁を引き起こしたことも加算されれば……死罪ですら寛大な処置かもしれない」


 流れとはいえティンテには言いにくいことを言わせてしまった。嫌な役割を背負わせてしまったものだ。

 ただ、エリスはそれを聞いてもニヤニヤ笑うばかりで。最初からすべてわかっていてやったのだろう。


「年齢で減刑とか、そういうのは……」


 さすがに目の前の人が極刑になるのには抵抗を覚えたのか、ノエルがボソボソと口を挟む。

 それに答えるようにティンテは目を閉じ、静かに首を振った。


「年齢を加味したうえで、死罪相当ということですわね」


 シャルフもため息混じりで解説を加えてくれた。

 ずいぶん前から雨は上がっているのに、未だ空には黒い雲がかかっており、昼間だというのに妙に薄暗い。


「どうだろう、彼女の更生に賭けてみるといのは!?」


「更生したところで失われた命は戻ってこない、そうでしょう?」


「う……」


 ライトの意見も一蹴された。俺たち転生者は元の世界の価値観を引きずっているせいか、つい幼い少女に肩入れしてしまう。だがこの世界ではそんな甘い考えは通用しないようだ。

 それに、自分の直接の知人が被害に遭っていればこんな悠長なことは言っていられないだろう。


 何なら俺だって、エリスを死刑に処すべきだと頭では理解している。

 自分の両親を殺した人魔とは無関係の者まで手にかけるのは明らかにやりすぎだ。かつての被害者……あるいは被害者遺族だからといって、無限の復讐が許されるはずがない。法律的にも、道義的にも。


 ただ、何か引っかかるものがある。このままエリスが死ねば何もかも丸く収まる、なんてことはないわけで……


「やっぱり、人間と人魔の溝は埋めないとダメだよなあ」


「甘いことを抜かしおる。小僧も知ったであろう。人魔と人間の融和など、反り立った急峻を駆け上がるようなもの。容易くできるなら既にできておる」


「それは……」


 ヴォルフの言うことも否定できない。今回俺は人魔の側に立って人戻会と戦ったが、ハチの人魔のような危険思想を持っている連中と全面的に戦っていた可能性もあるのだ。

 人間と人魔、どちら側からも歩み寄りが必要なわけだが、そもそも融和する気の無い奴らをどう説得すればいいのか見当もつかない。


「えー、でもウチとヴォルフは仲良うやれてるやん?」


「それとこれとは別の話であろう」


 ナギに頭をポンポンとされながらそっぽを向くヴォルフ。サイズ感を除けばどことなく飼い犬っぽい。そして仲が良いことは否定しないんだな……


「うだうだ言ってねえでさっさとこのチビ殺せや。カスは死ななきゃ治んねえよ」


 素行の悪いトオルがそれを言うのか、とツッコミたくなったが、理論的にはトオルの主張は否定できるものではなかった。

 危険思想の持ち主をいたずらに生かしておく意味なんて……いや、待てよ。


「やはり殺すべきか」


「残念ですが……」


 エリスを極刑に処す方向へ流れていくムード。これに水をさすには勇気がいるが、躊躇っている場合じゃない。


「ちょっと待ってくれ、みんな」


 俺の言葉で全員の視線が俺に集まる。みな一様に真剣な面持ちだ。こういう針のむしろみたいな状況は苦手だが、いま思いついたことは無視できない。


「腐り手の生み出し方はエリスしか知らないんだ。それを解明するまでは殺さない方がいいんじゃないか?」


 俺の言葉を最後に、誰も口を開かなくなった。静けさが不安を誘う。俺はよほど変なことを言ったのか?


「……一理あるが、ずいぶんその娘を庇うのだな。情にほだされたか?」


「そんなつもりはない……けど小さい女の子が死ぬのが嫌なのはちょっとあるかもな」


 正直な気持ちを開陳した俺を睨んだ後、ヴォルフは目を瞑った。


「愚かな男だ……だが、一人でもその娘を生かしてやりたいという意見があるなら無視はできぬか。それも、功労者の意志なれば」


 ヴォルフに言われて気づいたが、一応俺は今回の功労者なのか。腐り手はほとんど自壊したわけだが、俺が倒したようにも見えてるだろうしな。

 俺がトドメを刺したのもあながち間違いではないし。


「別にいいんですよ、私は死んだって。両親と同じところに行けるなら何よりです」


 うつむいたまま呟くエリス。その声には震えも迷いもなく、強がりには聞こえなかった。むしろ積極的に死にたがっているようにも見える。


「ふむ。本人もこう言っておるなら尚更生かすべきか。みすみす死に逃げはさせんよ」


「なんやヴォルフ、珍しく優しいんやな」


「フン……死後の地獄と生き地獄とではどちらが苦しいかわからんものでな。我からすれば業を背負い生きていくことも容易くは思えん。優しさと呼ぶにはいささか残酷な処置よ」


 ヴォルフの言葉を受けてナギは首を傾げたが、実は彼女も心のどこかで理解はしているのだろう。エリスを一瞥するその視線には同情の色が宿っていた。


「じゃあこのガキを拷問でもするかあ?」


「……場合によってはな」


「誰が拷問するんだあ? ぬるいヤツしかできねえなら承知しねえぞ」


「生かす選択をしたのは俺だ。必要なら俺が処置を下す」


「あ? お前が拷問したがってるだけじゃねえのか? 変態ヤローが!」


「なに、そっちの趣味があったのかアンゴ……」


「ちが……! 違うんだ俺は……!」


 トオルのせいであらぬ疑いをかけられてしまったが、とにかくエリスは生かしたまま罪を償わせることとなった。

 納得しない者もいるだろうが、おそらくこれがエリスにとって最も厳しい処置だろう。憎き人魔に生殺与奪を握られ、常に監視下に置かれる状況。

 怒りと失望、そして諦めの混じったエリスの表情を見ただけで、その処置の酷薄さがわかるというものだ。


 一件落着とはいかない。これからエリスを更生させるか、あるいは更生の影も見えないまま彼女が生涯を終えるのかはわからない。

 それでもエリスの動向を見張り続けると決めたのは俺の責任だ。最後まで付き合ってやるしかないだろう。


「私を殺さなかったこと、いつか後悔しますよ」


「そうならないようにするのが俺の役目だ。長生きしようぜ、お互いにな」


 エリスの深く長いため息を最後に、俺たちの旅は終わりを迎えた。



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