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⑫ー6 決戦、そして その6

「ずっと一人ですよ、私は」


 振り返りもせず答える小さな背中。同情したくなる気持ちを堪え、できるだけ平常心で続ける。


「俺も両親を亡くしてはいるんだが、お前ほど小さい歳じゃなかったからな。『わかるよ』なんて言えないが……でもお前のやってるのが正しいことじゃないことはわかるよ」


「じゃあどうすればいいんですか。このどうしようもない憤りを」


 涙を流すどころか声も震わせず、淡々と答える彼女。年齢の割にやけに大人びたその態度が、彼女が十分に親に甘えられなかった悲しみを物語っている。


「でもな、復讐にすらなってない蛮行を続けてもお前は救われないんだよ。エリス」


 名を呼ばれて初めて彼女は振り返った。寂しげな彼女の目は俺の姿よりずっと遠くを見つめているようで……

 

「お仲間はどうしたんですか」


「少し離れたところにいるよ。俺たちの会話が聞こえないくらいのところに」


「気を遣わないでください。どうせ誰が聞いたところで、私の気持ちなんてわかってくれないでしょうから」


 ポツリ、とこぼすように呟いたエリス。拗ねたような口ぶりというよりは、どこか諦めたようなセリフだ。

 首だけをこちらに向けた彼女の虚ろな表情を見て、俺は言葉に詰まってしまった。


 エリスを説得するつもりで来たし、事前に色々と伝えるべき言葉を考えてきたが、それらすべてが無意味に思えてきた。

 人魔に両親を殺された彼女に対して、別世界から来た俺が無責任なことを吐き散らかしてもきっと彼女には伝わらない。


 それでも、俺にできることはあるはずだ。


「ゼンゼマンの口調は自分で考えたのか?」


「それ、聞く意味あります?」


「いや、少し気になっただけだ」


 ゼンゼマン「は」倒せない。ライン神の言った通りだ。だってあの老人は、とっくに死んでいるのだから。

 エリスの能力によって見た目だけ復活した、影だけの存在。そりゃあ攻撃も受けないし、敵に攻撃もできないわな。実体の無い、エリスの操り人形みたいなものだったんだから。


「誰でも復活させれるのか? たとえば、その……」


「いいえ、ゼンゼマンおじいちゃんだけです。私だけの能力というより、生前のおじいちゃんの能力との合わせ技なんでしょうね。理屈はよくわからないですが」


「そうか……」


 本当はエリスはその能力で自分の両親の影を復活させたかったのかもしれない。

 残念ながら当ては外れて、遠い祖先の影を呼び起こすことしかできなかったようだが。


「それで、アンゴさんは私を殺しますか? 恨まれて当然ですからねえ」


 卑屈な笑みを浮かべるエリス。むしろ殺してほしい、と言わんばかりの態度に背筋が凍るようなおぞましさを感じるとともに、一抹の寂しさを覚えた。

 この少女が過ごした半生はどんなものだったろう。俺も元の世界では幸福な方じゃなかったが、エリスの境遇よりはずっとマシだった。

 そんな俺に言えることは卑怯な言い訳だけだ。


「エリスを裁くのは俺じゃねえよ。お前が迷惑かけた人魔に裁いてもらうのが筋ってもんだ」


「そうですか。どうせならアンゴさんに殺されたかったかも。遺恨も禍根も無い相手なら私も安らかに逝けるというもの」


 エリスがゼンゼマンの姿を借りて俺を仲間に誘ったのは、もしかすると同情の意味もあったのかもしれない。

 おぞましい能力で人間社会からは爪弾きにされていた俺と、復讐に燃えて人道を外れたエリス。はぐれ者同士ならお似合いと言えばお似合いか。


「とにかくお前は捕まえて裁判にかけてもらう。それでいいな?」


「好きにしてください。もう腐り手さんもいませんからね」


 ようやく重い腰を上げ、両手を挙げるエリス。全面降伏のポーズはこの世界でも同じようだ。

 しかしエリスは腐り手が自壊しかかっていたことも知っていたのだろうか。年齢不相応の超然とした態度を見るに、その程度は想定していたように見えるが……






 そして俺たちはティンテたちの待つ森に戻った。そこにはティンテ、エーゲル、シャルフといった俺の仲間だけでなく、4人の勇者とミヤビ、ヴォルフ、ドライエード様、それと見慣れない竜人の少女までが集まっていた。


 ゼンゼマンはとっくに死んでおり、エリスが一連の事件の首謀者だったと知り、みな驚愕の表情を浮かべたが、どこか納得したようにすぐ平静に戻る者もいた。


「計画が拙速すぎるとは思ったのだ。とても人魔すべてを滅ぼせるやり口ではないしな」


「私の本体を壊す力がありながら街を襲わなかったのは不思議でした。実は腐り手の方は私を追い込むので精一杯でしたのね。エリス様もそこまでは計算できていなかった、と」 


 さすがヴォルフとドライエード様は理解が早い。長命でありこれまでも「世界の危機」とやらに遭遇していたからか、手慣れているようにすら見えた。


「『大山鳴動して鼠一匹』っちゅうやつやな。勇者4人もいらんかったんちゃう?」


「そうでもなかろうよ。もし腐り手の量産方法を見出されていれば流石の我とて危うかった。全員で一気に叩いたのが功を奏したな」


 水棲族の里をやられて遅きに失したかと思ったが、これでも被害は小さく留められた方なのかもしれない。

 実際、もし大都市「ヴィン」でエリスたちを止めることができなければ大変なことになっていただろう。

 さらにヴォルフの言う通り、二代目・三代目の腐り手が現れていたら……考えたくもないな。


「それで、エリスの処遇なんだが……」


「考えるまでもねぇよ。殺しちまえ」


 最初に口火を切ったのはトオル。まあコイツならそう言うだろうが……しかしさっきから気になることがある。


「トオル、その竜人っぽい女の子は?」


「うるさい。死ね」


「話しかけただけで!?」


 答えどころか罵声が返ってくるとは思ってもみなかった。

 おそらくトオルの人魔嫌いが治ったのは隣にいる小さな竜人少女のお陰なんだろうが、俺は相変わらず嫌われているらしい。

 縛ったまま放置して去っていったんだから嫌われて当たり前ではあるんだが……


「可愛らしいお嬢さん。貴女のご両親は」


「死んじゃった。だからトオルと一緒にいるの」


「そう……ごめんなさいね、辛いことを聞いて」


 ドライエード様が優しく探りを入れてくれたが、詳しいことはあまり聞かない方が良さそうだ。

 今はまず、先にやらないといけないこともあるしな。



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