⑫ー5 決戦、そして その5
人魔が人間の分岐結果であるという、驚くべき事実をぶつけられてショックではあるのだが、どういう進化でそうなったのだろうか。
「進化というか、うちの姉ちゃんの失敗やね。君の世界で亡くなったもんを呼び寄せた時、うまくいかんで動植物と混ざってしまったわけや。それが人魔の始まり」
「はあ!? じゃあ人魔は転生者の子孫ってことになるのか!?」
「そうなるなあ」
カカカ、笑うライン神。ずいぶんお気楽なものだ。俺だってハチの人魔みたいなヤバい連中に苦しめられたってのに……
人戻会も含め、俺たちみんな暇を持て余した神々の遊びに振り回されてるってことか。
「遊びっちゅうわけでもない。世界の運営は僕らの義務であり、責務であり、存在理由でもある。下手こくことはあっても怠けてるわけちゃうねん。ま、何かあって君らに責められるのは受け止めなアカンやろけど」
神様にも神様なりの悩みがあるんだな、と思うとこの世はやはり「一切皆苦」なんだなと思わずにはいられない。
しかし真理を悟って呆けている場合ではない。ちゃんと現実を生きるため、一番大事なことを聞けていないのだ。
このまま帰るわけにはいかない。この空間に来ている間にもティンテたちの身が危ないのだ。
「なあ、腐り手やゼンゼマンは結局どうやって倒せばいいんだ。それがわからないと戻っても意味ないんだが」
「ああ、腐り手は大丈夫やで。君を取り込んだ時点でほぼ死んでる。というか、あの状態になってるせいで身体も精神もボロボロやろうからなあ」
「えっ!?」
「そら代償もなくあんな力が手に入るわけないやろ。寿命やら何やら削ってようやくあんだけの無茶ができる。それも長続きはせえへんしな」
なるほど……てっきり人魔すべてを滅ぼす怪物が生まれたのかと思ったが、「腐り手」は存在自体が自爆テロみたいなものだったのか。
ゼンゼマンもそれがわかったうえで俺たちにケンカを売ってきたのかもな。
これみよがしに水棲族の里を襲ったりして俺たちを煽ったのは、人魔と仲良くしてる転生者の俺が気に食わなかっただけとか……?
「それで、ゼンゼマンは? アイツはどうやって倒せば……」
「うーん……ゼンゼマン自身は倒せへんのちゃう?」
断言するライン神の表情は笑っているようにも嘆いているようにも見えた。ゼンゼマンという怪物を生み出してしまった後悔から来る表情なのだろうか。
いや……それより、俺の能力なら倒せるんじゃなかったのか? あの地下通路では一応俺の能力も効いてたし、どうにかできるんじゃ……
「ところでアンゴ君よ。ほんまに不死身の人間っておると思うか?」
「いるだろ。だってゼンゼマンが現にそうで……」
「ちゃんと見極めた方がいい。僕から言えるのはそこまでや」
ライン神はいつも肝心なことは教えてくれない。神様なりのルールがあるのか、あるいは、本人の哲学で直接的な解を教えたくないだけなのか……
いずれにしても、俺自身でゼンゼマンの攻略法を探さないといけないわけか。
触れることのできない相手を倒すだなんて、雲を掴むような話ではないか? 煙のように浮かび、霧のように消え、水のようにすり抜ける相手に捕まえる方法……
いや、そもそも捕まえられない相手なのか? 実体の無い存在。だとしたら……
「そろそろ時間やな。まだ色々知りたいことはあるやろうけど、あんま長居すると帰られへんからなあ」
ライン神は感情の読みづらい薄笑いを浮かべて俺に手を振ってくる。挨拶というよりは、追い出そうとするような仕草だ。
もう少しで仮説がまとまりそうなので待ってほしいが、きっとそんな猶予もないのだろう。
せめて、最後に一つだけ聞いておくか……
「なあ、戻ってみたら俺の身体がドロドロに溶けてたりしないよな」
「……」
「黙るなよ!」
何とも不安な気持ちを残したまま、ライン神の姿が遠ざかっていく。俺の身体は宙に浮いてふわふわと、魂が離れていくような感覚に包まれ……
目を覚ました瞬間、視界に入ってきたのはゆるゆると動く扇風機だった。壁掛けの扇風機は小さくうなりながら周囲に気の抜けた風を送っている。そして鼻に染み込んでくる石鹸の香り……
なるほど、ここは……銭湯か。腐り手と戦う前に休業を促した店だな。
「アンゴ……また心配ばかりかけて!」
ティンテの触手が俺の腕をギュッと締め付けてくる。骨まで痛いぐらいの圧だったが、無責任な俺にはふさわしい苦痛だと思わされた。
「今度こそダメかと思ったよう」
「危うくお墓の準備をするところでしたわ」
続いてエーゲルとシャルフが俺の両手をそれぞれ握ってくる。二人のひんやりとした体温で俺がまだ生きていることをようやく実感できた。
「腐り手は!? それに、ゼンゼマンも……」
「腐り手はドロドロに溶けて消えました。きっとアンゴ様のお陰でしょう。万一復活した時のために対策は練っておくべきでしょうが……」
「ただ、ゼンゼマンの行方はわからないんだ。取り逃しまったというか、そもそも触れることができないからねえ……」
「そうか……なら早く行かないとな」
「アンゴくん!? どこに……?」
俺が立ち上がった瞬間、勢いでエーゲルは尻もちをついてしまったようだ。悪いことをした。俺一人で納得していてもダメだな。
「ゼンゼマン……いや、『アイツ』の居場所は見当がついてるんだ。向かわなくちゃ、そこに」
目を覚ました瞬間、パズルのピースがはまったみたいに不思議と謎が解けた気がしたのだ。ゼンゼマンの不死性、そして奴を倒す方法。
ライン神はヒントどころかほとんど答えをくれていたのかもしれない。
「勇者たちも連れていくかい? 声をかけるなら今のうちに……」
「いや……人数は少ない方がいい。何なら俺一人の方がいいんだが……」
当然ティンテたちはそんな無謀を許してはくれない表情だ。普段ふにゃふにゃした顔のエーゲルですら険しく眉を顰めている。
「隠れてついてきてくれ。俺が危なくなったら助けてもらう、ってことで」
湖のほとりに「アイツ」の影を認めた。寂しそうに佇むその姿に同情心は湧いたが、だからといってここで取り逃がすのは違うだろう。
気づかれないよう静かに近づき、「アイツ」の隣に腰を下ろす。
「よう、一人になっちまったな」




