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⑫ー4 決戦、そして その4

「えらい早よ来たなあ」


 以前会った時と同じ、やたらめったら長い髪を揺らしてライン神は振り返った。

 懐かしさと不気味さが混同する奇妙な空間。真っ暗なのに、ライン神の姿だけはハッキリ見える。

 俺の思惑通り、死の淵に立つとこの空間に来られるらしい。何も起こらず死ぬ可能性もあったが、賭けてみて良かった。


「あの腐り手の男……人魔だけを先祖返りさせるなんて反則だろ」


「アレなあ。君らにもわかりやすく言うと、バグやねアレ。姉ちゃんも想定してへんかったんちゃうかな」


 やはりライン神はすべてを見ていたようだ。今までも窮地に立つことは何度もあったが助けてくれりゃ良かったのに。


「しゃあないやん。変に手ぇ出すとグチャグチャになんねんから。難しいねんで? 世界の運用って」


「神様ってやつは万能じゃねえのかよ」


「僕らから見た君らの世界は、例えて言うなら『ビオトープ』っちゅうやつやね。そら色々手ぇ加えることもできんねんけど、それやったら『自然』やなくなるやん。できるだけ『自然』にせなアカン。姉ちゃんと比べたらその辺下手やしね、僕は」


「そうかい……」


 納得したわけじゃないが、ここで言い争っても仕方ないだろう。たぶんまた時間も限られてるだろうし、押し問答している場合じゃない。


「腐り手の男を止めることはできないのか? あとゼンゼマンを倒す方法とか……」


「腐り手は知らん。ほんでゼンゼマンは……」


 そこまでで言い淀むライン神。いつも泰然とした彼には珍しい思案顔だ。言葉を選んでいるのか、あるいは……


「アレな、君の先輩やねん。いわゆる転生者」


「へぁ!?」


 想定していなかった答えに思わず声が裏返ってしまった。ゼンゼマンが、転生者? 俺と同じ世界の出身ってことか? そんなこと一言も……

 いや、でも、色々と筋は通るか? あのチートじみた能力とか、やたら俺のことを気にかけてきたりとか、ある意味納得はいくけど……


「『色の勇者』って知ってるわな? 200年前の異世界転生の時のやつな」


「ああ、ティンテがそんなこと言ってたような……」


「ゼンゼマンは『灰の勇者』って呼ばれるべき存在やった。でもな、アイツだけ戦われへんから追放されたんよな。ゼンゼマンは避けることしかできんから避雷針にもならんし」


「なんでゼンゼマンだけ戦闘能力がなかったんだ? 他の勇者にはあったんだろ?」


「うん……アイツな、僕が召喚してん。まさに君と同じや」


「アンタが元凶だったのかよ!」


 不思議と恨みは湧いてこなかった。なぜなら目の前の偉そうな神様は、少し目を伏せていたから。ゼンゼマンを呼び出してしまったことを後悔しているように見えたからだ。


「ゼンゼマンには『不死』の権能を、君には『死』の権能を与えたんや。まあどっちも欠陥品やけどな!」


「偉そうに言ってんじゃねえよまったく……」


 なるほど「不死」の権能、ね……ゼンゼマンは自らが死なない代わりに他人を危害することもできない枷を与えられたわけか。

 ライン神からすれば「失敗」ではあったのだろうが、しかしお陰でゼンゼマンが手のつけられない怪物にならなくて助かったのかもしれない。


「じゃあエリスも不死性を受け継いでるのか?」


「ああ、ゼンゼマンの子孫の娘な。受け継いでても一部だけやろ。現にあの子の親は死んでるし」


 言われてみればそうか……しかしライン神の口振りで気になる点も出てきた。「子孫」ってどういう意味だ?


「ゼンゼマンはおじいちゃんって呼ばれてたけど、子孫って……」


「正確に言えば曾孫のさらに孫やね。まあ間違ってはないし、その辺はテキトーなんちゃう?」


 ゼンゼマンは200年前から生きる人間だから、年齢的に言えばそのあたりが妥当なのか。


 しかし200年も生きてて、しかもこの先も死ねないってなると気も狂うのかもな。子どもどころか孫にも先立たれ、そんな繰り返しが続く日々。せめて平穏な日々を送ってほしいと思った子孫は人魔に殺されてしまったり、とか……

 長く生きてりゃ嬉しいこともあろうが、悲しいこと、辛いこと、許せないこと、思い出したくないことまで澱のように溜まっていく。

 不老不死というわけでもなく老いていく身体と傷ついていく心を抱えて、あの爺さんは疲れ果ててしまったのかもしれない。

 敵だというのに、厄介な相手だとわかっているのに、少しだけ同情してしまう。


「ゼンゼマンを殺してやることはできないのか。アンタが原因なら、せめて……」


「わかる。言いたいことはようわかる。だから君を転生させたんや」


「俺ならゼンゼマンを殺せるってことか?」


 ライン神からの返答はない。静かな暗い空間で、耳鳴りの音がキィーンと小さく響いている。


「物騒な言い方しなや。君ならゼンゼマンを『救える』って意味な」


「でも、アイツを救う方法って……」


「わかってても口に出すべきやない。本来は君が背負うもんちゃうで、それ」


 俺たち人間とは何かと感覚のズレた神様だが、彼なりに俺に気を遣ってくれているらしい。

 ここまで首を突っ込んだんだから、俺だって無責任でいるつもりではないのだが。


「あとゼンゼマンは本名ちゃうで。山本勘左衛門とかいう名前ちゃうかったかな」


「やっぱり日本からの転生者ではあったんだな……」


 それもずいぶん古臭い名前だ。アイツからすれば「ライト」やら「ノエル」やらが日本からの転生者なんて信じられないかもな。




「転生者をアンタらが呼んだのはわかったけど、人魔はどうやって生まれたんだ? あんな風変わりな生き物、元の世界にはいなかったぞ」


「人魔なあ。アレ、元々人間やねん。勇者召喚の失敗……いや、半端な完成形って言ってもええんかな」


「えっ……」


 ここに来て衝撃の事実をぶちまけられた。人魔が、元は人間? どういうことだ? 「先祖返り」で動物に戻っていたのに? わからん……


「ヨソの世界から人間の魂を引っ張ってくる時に、動物やら植物やらと混じってしまってんなあ。器用な姉ちゃんでミスるねんから、ほんまに難しいねんで?」


「いやいやいや。色々ツッコミたいことはあるんだが、だったら人魔を滅ぼそうとしてる人戻会は何なんだよ。人間の近縁種を攻撃してるんだよな?」


「だから言うたやん。人戻会はアホやって」


 人魔は人間とは違う形で生まれた、いわゆる「亜人」とか「新人類」ってことか? この世界に学会があったらノーベル賞的なやつをもらえそうな事実を知ってしまった。

 あるいはコペルニクスみたいにとんでもないホラ吹きとして石を投げられるか……



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