⑫ー3 決戦、そして その3
「まずミヤビを解放してもらおうか。そうでなくては私の無駄死にだろう」
「腐り手さーん、無視していいですよ。他の人魔も片付けないと、非力な私は安心できませんから」
ミヤビの首を抱えたまま放す素振りさえ見せないエリス。交渉の余地も無さそうだ。
腐り手の男のドロドロした両腕がティンテの首に迫る。クソッ、俺のいる位置からじゃとても間に合わない……
忌々しい手がティンテに触れる寸前、「腐り手」の顔が吹っ飛んだ。間一髪でティンテは飛び退き、どうやら無事らしいが……
何が起こったというのだろう。誰かが助けてくれたようだが。
「あらあら、約束を違えるなんて……残念ですが朽巫女のお姉さんには死んでもらいましょうか」
「やってみろやボケが! できねえから人質なんだろが!」
ドスのきいた罵声。こっちの世界に来てからどこかで聞いたことのある声だ。
コイツは確か……
「トオル!? 助けに来てくれたのか!?」
「お前を助けに来たわけじゃねえよ死ね!」
「うおっ!?」
かつて俺たちと戦った「怒の勇者」トオルが放った弾丸は俺の耳をかすめた。俺の頭まで吹き飛ばすつもりかよ……相変わらず狂犬みたいな奴だ。
憎々しげな目をこちらに向けてくるあたり、気が変わって俺たちの仲間になろうという意図ではなさそうだ。
何か別の理由があって人戻会と戦うつもりなのだろう。どうあれ「敵の敵は味方」だ。飛び道具を使える人間は腐り手戦では貴重な戦力になってくれる。
「こらこら君! ミヤビに何かあったらどうするつもりなんだ!」
「アァ!? 誰だテメェは!? ダッセェジャージ着やがって!」
「ダサくないだろう! 君こそなんだ! ジャラジャラとチェーンなんてつけよってからに!」
「うるせぇ死ね! 喋り方もキモいんだよ!」
どうでもいいことで言い争う二人の勇者を前に、エリスは不機嫌そうな顔だ。せっかくの人質が無下になってしまったうえ、相手にされていないことが気に食わないらしい。
そして顔を失ってもなお倒れない腐り手の男も不気味だ。ただのんびりと突っ立っているだけに見える。
トオルの銃弾は以前よりも明らかにパワーアップしていたし、普通の人間なら即死だろうが、この化け物はそんなヤワな相手には見えな。
腐り手の動向をじっと見守っていると、男は突然ブルブルと震えだし、首から上がズルリと生えでた。
血でヌルヌルと光る男の顔は、元の不吉さを何倍にも増して薄気味悪い。
「はぁ……じゃあもういいです。朽巫女の力はどうせ厄介なのでとりあえず片付けときますね」
「待て、エリス……!」
エリスが刃に力を込めようとした瞬間、彼女の腕がピタリと止まった。まるで一時停止ボタンでも押したかのように、彼女の腕は微動だにしない。
ミヤビの血も止まっていて、あそこだけまるで凍ってしまったかのようだ……
まるで……? いや違う、あれは実際に凍っているのだ。
「遅れたというか間に合ったというか……危なかったのです」
息を切らしたノエルとドライエード様が俺たちの横に並ぶ。
カナンはまだ療養中なのか姿は見えないが、この二人が来てくれただけでもありがたいところだ。
ノエルは以前会った時よりも少し大人びて見えた。短期間であれドライエード様に鍛えられた成果だろうか。
腕を動かせなくなったエリスの拘束から抜け出し、ミヤビもこちらへ寄ってきた。
さて……こちらには勇者全員と有能な人魔たちまで揃っている。さすがに形勢逆転だな。
「あーあ、つまんないなあ。おじいちゃん、出直しましょう」
「逃がすわけないだろ! お前らとはここで決着をつけるぞ!」
「そうですか。では精々がんばってください」
エリスは余裕の笑みを浮かべる。しかもその台詞は明らかに逃げる側の態度ではない。なんだ? 何を隠してる? まさか……
「走れ! 下だ!」
ティンテの叫び声に驚き地面を見ると、ドロドロとしたジェル状の物体が迫ってきていた。
これは……腐り手の男の仕業か。湖一帯に影響を及ぼすことができる奴なのだ。範囲攻撃ができても不思議じゃない。
よく見ると腐り手の身体は全身がドロドロに溶けていた。本気を出せば手だけじゃなく全身を腐らせることもできるのか……奥の手を使ってきた、というところか。
クソッ……このままじゃバラバラにされてしまう。これだけ面子が揃った状態でアイツらと戦えるのは最後かもしれない。
そうなったら最悪各個撃破される危険性もあるのだ。ここで取り逃がすわけにはいかない。なら、俺にできることは……
「アンゴ!?」
ティンテが驚き叫ぶのも当たり前だ。みなが四方へ逃げ惑うなか、俺だけはまっすぐその元凶へと向かっているのだから。
腐り成分と雨の混じったドロドロで滑りそうになりながらも、足はまっすぐ腐り手の元へ走っていく。運動神経のない俺ではあるが、こちらの世界に来てから少しはマシになったのかもしれない。
「気でも狂ったか!? 戻れアンゴさん!」
ライトの声も確かに耳には届いているが、わかったうえで俺は特攻をしかけているのだ。
人魔ほどではないにしても、腐り手の能力は人間にとっても有害なものだろう。わかっている。そんなことはわかっているのだ。
俺は気が狂ったわけでも自爆覚悟で走っているのでもない。俺の、俺たちの勝利のために急いでいるのだ。
勝算は決して高くないが、それでもやらなければいけない。
「アンゴくん……!」
「アンゴ様!」
足元のドロドロを踏みしめながら仲間たちの声を聞く。クソみたいな能力を持っていながらも一緒にいてくれたティンテやエーゲル、シャルフには感謝しかない。彼女らを守るためなら何だってやってみせる。
どこにも居場所の無かった俺に帰る場所を与えてくれた。今度は俺が返す番だろう。命を懸けてでも、やり遂げねばならない。
拳を突き立て腐り手の顔をぶん殴ると、まるで泥を殴ったかのような嫌な感触があった。
無論こんなパンチで倒せるとは思っていないが、憎い奴の顔を張ってやるのは悪くないものだ。一矢報いたような爽快さがそこにはあった。
そして腐り手は俺の身体全体を飲み込んでゆく。俺のすべてを溶かしていくかのように……




