⑫ー2 決戦、そして その2
腐り手の男がティンテに触れる寸前、巨大な壁が彼女らの間を遮った。壁……いや、違う。あれは……槍だ。いつか、どこかで見た光景によく似ている。
「待たせたな!」
槍の上から大きな声が聞こえてくる。ナイスタイミングではあるのだが、だからこそ妙にキザったい。
「間に合ったみたい、だね」
久しぶりに見た姿でも、彼らの名前はすぐに思い出せた。「喜の勇者」ライトと、その相棒である「朽巫女」ミヤビ。
またいずれ会うとは思っていたが、こんな大詰めで会うことになろうとは……
ただの偶然ではあるまい。ライトたちも別口から狂躁の原因を探っていて、ここにたどり着いたということだろう。
当然腐り手の男は黙っておらず、咆哮を上げながら闖入者のライトに飛びかかる。
しかしライトはその動きを物ともせず、槍で男の腹を串刺しにした。俺やティンテと会った時より腕を上げてそうだ。
おそらく精神的にも成長しているのだろう。振り払った槍から胴体が抜けた瀕死の腐り手を睨みつつ、その構えを解いていない。
ライトの警戒は正しく、腐り手の男の腹に空いた穴は徐々に塞がってきていた。
あれで倒せるとは思っていなかったが……ゼンゼマンの回避能力とまた別の厄介さだ。再生能力持ちなんて、どうすれば倒せるんだよ……
「ゾンビみたいな奴だな!」
「気をつけてライト。いくら貴方でもその男に傷つけられたら危ない。だから……」
「ああわかってるさ。何度でも貫く!」
何を「わかった」というのだろう。横でミヤビが呆れて首をかしげているのが見えないのだろうか。成長したかと思ったのは俺の勘違いだったようだ。
「相変わらず苦労してんな」
「お兄さんも。仲間は増えても怖いままなんだね」
「悪かったな。でも俺は神様の遣いみたいなもんなんだぜ」
「だろうね。知ってた」
意味もなく腐り手の男を串刺しにし続けるライトを眺めながらミヤビは淡々と答えた。
すべて見透かすような目。俺も人のことを言えた義理じゃないが、この子こそ何者なんだろう。
人を癒す特殊能力に加え、「ミヤビ」という名前も引っかかる。「雅」なんて名前は、こっちの世界の住人というより俺の元いた世界に住人に近いものなのだ。
まさかこの子も、俺と同じ「勇者ではない転生者」だったりするのだろうか。
「正確に言えば、転生者の子孫なんだけど」
「えっ!? 俺の思考を読めるのか!?」
「ううん。お兄さんの顔に書いてただけ」
緊迫した場面でもいつものペースを保つミヤビに引きずられてしまうが、おかげで俺も少し冷静になってきた。
ひたすら槍を刺し続けるライトと刺されては再生を繰り返す腐り手の男を見比べる。どうにも千日手に見えるが……
「どうだ! 少しは効いたろう!」
体力自慢のライトも、さすがにあれだけ激しく動けばバテたのだろう。息を切らしつつ槍を水平に構える。
しかし彼の徒労とは裏腹に腐り手の男はもう元の形を取り戻していた。
「効いてない!? ならば!」
ライトは再び槍を構えて飛びかかる。あれだけ苛烈な攻撃を受けてもビクともしない敵に対して妙案でもあるのだろうか。
「もっともっと! 貫きまくる!」
……ただの力押しだった。
隣でミヤビが「はぁ……」と短いため息を吐いたが、あれはあれで意味がありそうだ。お陰で俺たちは襲われずに済んでるし、住民も避難は済んだようだ。
とはいえここからどう動くべきか。ライトの攻撃が効いていない以上は別の作戦を考えないと、いずれこちらが体力切れを起こしてしまう。
一旦逃げて作戦を立て直すことができればいいが、もしそれをやると腐り手の男たちを取り逃してしまい被害者が出ることになるだろう。それは避けねばならない。
ならばやはり今、腐り手の男を倒す術を思いつかねばならないのだが、どうすれば弱点を看破できるだろう。
いや……俺一人で考えていても仕方ないか。
「なあミヤビ……」
話しかけようと隣を見た瞬間、一瞬で血の気が引いた。
ミヤビの首元に鋭利な刃物が突き立てられそうになっていたからだ。
鈍く光る、その鋭い刃の持ち主は……
「エリス……!」
かつて俺を欺いたゼンゼマンの孫娘。地味な容姿に似合わぬドブのように暗い眼を持った少女。そのエリスがミヤビの白い首に冷たい温度を押し当てていた。
「はいはーい、注目ー。ドンパチやめないとお姉ちゃん死んじゃいますよー?」
ライトも相棒の危機に気づいたのだろう。即座に槍を手放し、腐り手の男からも距離を取った。
「ミヤビを離せ! 彼女に何かしてみろ、女の子だろうと容赦せんぞ!」
「こっわーい。思わず手が震えちゃいますねえ」
わざとらしく手首を痙攣させるエリス。ミヤビの白く美しい首筋に赤い線が滲んだ。
少し触れただけで傷がいくのか……脅し用のフェイクナイフではなさそうだ。
「ふざけるな! 彼女を解放しろ!」
雨の音すら聞こえなくなるほど声を張り上げるライトだが、怒号程度で揺らぐようなエリスではない。
何と言ってもあのゼンゼマンの孫娘なのだ。たとえ槍を突きつけられたとしても脅しには屈しないだろう。
「もう私たちの邪魔しないでください。可愛いお姉さんの首から噴水が吹き出るところ、見たくないですよね?」
ニヤニヤ笑うエリス。悪辣な笑顔はゼンゼマンによく似ていて、コイツらが復讐に取り憑かれた一族であることがひしひしと伝わってくる。
「頼むエリス。人質にするなら俺にしろ」
「嫌ですよー。どうせお兄さんのことだから自分が犠牲になってもいいとか思ってるんでしょ。そんな自棄な人いりませーん」
「私の……ことはいいから……」
「あっ、お姉さんもそういう人なんですね。やだなあもう、格好いい人ばっかり」
「ダメだミヤビ! 君は自分自身を治すことはできないだろう!」
動揺して余計なことまで口走ってしまうライト。気持ちはわかるが、エリスの前でミヤビの能力を明かすのは得策ではないだろう。
ますます人質交代がしづらくなってしまった。
「朽巫女の噂は聞いてましたけど……本当に凄い能力をお持ちなんですねえ。おじいちゃんが欲しがるわけです」
ゼンゼマンも少し離れたところからニヤニヤと笑っている。アイツがあえて見える位置にいたせいで、エリスが迫っていることに気づかなかった面もあるのだ。全部計算のうちってことか……
「誰からいこうかなー……じゃあまずはタコの人魔さん、お願いします」
指名されたティンテは黙ったまま静かに歩を進める。
「行かないで、ティンテさん……!」
ミヤビの悲痛な声に対して微笑みかけるティンテ。あまりに優しい眼差しに俺は彼女を止めることもできなかった。
ティンテが腐り手の男の前に立つ。




