⑪ー6 死との邂逅 その6
ティンテに連れられて着いた先は、ここブゼン大陸では初めて見るまさに「大都市」であった。
立ち並ぶ建造物に、大小様々な人魔でごったがえす街。元の世界で通った東京駅の混雑を思い出すほどだ。
建物だけじゃなく露店も立ち並んでおり、飲食店にアクセサリー屋、日用品っぽいものから怪しい呪物まで凄まじい品揃えだ。
ただそれ以上に、人魔のバリエーションの豊富さに驚いている。
ティンテの背丈を遥かに超える人魔(ゾウの人魔っぽく見える)や、逆に俺の手のひらに乗るサイズの、妖精のような人魔の姿もある。
一つ目の妖怪のような人魔や、なんだかフワフワした柔毛に覆われた人魔、他にも挙げればキリがない。
ティンテ曰く、ここがブゼン大陸で最も広く、混沌とした街「ヴィン」であるらしい。
これだけ多種多様な人魔の集う街ならティンテの言っていた「あの施設」があるのも納得だ。カピバラの人魔や猿の人魔もいるだろうしな。
「なんだろ……遊んでる場合じゃないのに観光に来たような気分だ。周囲に警戒はしてるんだが、こう……浮き足立っちまうな」
「わかる……わかるよアンゴ。私も母に連れられて一度来ただけだが……それでもここで見た景色は忘れられないな」
「あの妖精ちゃんは蚊の人魔かなあ。ちょっと親近感あるかも」
「人が、人が多いですわね……ちょっとこれは……エーゲル様!? どちらへ!?」
ぼーっとして人並みに流されそうになるエーゲルをティンテの触手が掴んだ。ティンテに匹敵する大型の人魔も多いので、その背に隠れると影すら見えなくなってしまう。ここで一度はぐれると再会するのは至難の業だろう。
「ん? あれ……」
「どうしたアンゴ?」
見覚えのある人物が見えた気がするが、きっと気のせいだろう。人魔嫌いの「アイツ」がわざわざこんな場所には来ないだろうしな……
「アンゴ様もはぐれないようにしてくださいね? 迷子探しに夢中でゼンゼマンを取り逃しては困りますから」
「悪い悪い。よそ見してる場合じゃなかったな」
「まずは『あそこ』に向かおうか」
大きな煙突と、立ち上る煙。ティンテが言っていた「あの施設」は目印があったお陰で存外すぐにたどり着くことができた。
だんだん空模様が悪くなってきているので、雨が降る前にたどり着けて助かった。
「ここか……ブゼン大陸の銭湯ってのは」
「今のところ異変は無さそうだね。間に合った、ってことかな」
「どうでしょう……まだ昼前だから開店してないだけかもしれませんわ」
シャルフの言う通り、銭湯の入口へ入っていく人影は見えない。元の世界でも銭湯ってなぜか15時開店とかだったような記憶があるな……
ずっと稼働させてると掃除とか大変だし仕方ないんだろうけど。
「とにかく店の人に掛け合って、店を閉めてもらうしかないな」
「うーん……でも聞いてもらえるかなあ。いきなり行っても怪しくない?」
「そうだな……でも実証実験をするにもいかんし……どうするか」
急いできたせいで銭湯の経営者にどう話すかを詰め切れていなかったのは俺たちの落ち度だ。
まあ、あれこれ策を弄するよりは正直に話すしかないとは思うが……
「行こう。迷っている時間がもったいない」
「だな」
ティンテが歩き出すのと同時に俺たちも後をついていく。人混みを縫って歩くのには骨が折れたが、同時にこれだけ多くの人魔を守れるなら苦労する甲斐があるとも思えた。
銭湯の店主はウミウシの人魔で、実は水棲族の里の出身だった。噂の広まるスピードは早いもので、実はもう水棲族の里で起きた悲劇についても知っていたらしい。
「それなら店は閉めないとダメですね。蓄えならあるので、少しの期間くらいなら大丈夫です」
「助かるよ。その間にゼンゼマンを捕まえるつもりではいるんだが、何か知らないかな?」
「いえ……なにぶん人魔の多い街ですから、怪しい者が紛れていても気づくのは難しいでしょう」
「だろうな。何か不審なことがあればまた教えてほしい……って言っても俺たちもゼンゼマンを探し回るからなかなか会えないだろうが」
「いえ、助かります。知り合いにも声をかけておきますね」
店主であるウミウシの人魔は一見おっとりしたお姉さんに見えるが、さすが多数の客をさばく女将だけあって話の呑み込みが早い。
もしゼンゼマンが銭湯に手を出そうとしても、この人がいれば異変には気づいてくれるだろう。
店主に別れを告げ店を出ようとしたが、先を歩いていたエーゲルが出口近くで立ち止まっている。さっきは「今日は疲れたからもう寝よ?」などと甘えたことをぬかしていたのだが……
「降ってきたね、雨」
エーゲルの指の先を見ると、大きな雨粒が地面を不規則に叩いている様子が目に入った。
思っていた以上にひどい雨だ。休んでいる場合ではないのだが、しかしこれではゼンゼマンを探すのも難航しそうではある。
「とりあえず宿でも探すか。銭湯は止めれたし、この雨じゃ奴らも下手な動きできないだろ」
「そうだね。そもそもゼンゼマンがこの街にいるかもわからないし……今日は休んで、明日からまた聞き込みを再開しても良いかもね」
「折角でしたら奮発した宿に泊まりたいものですわね。ここ最近野宿続きでしたから」
「それがいいよね。うんうん。早く寝よ?」
突然元気になったエーゲルは傘を開くなり駆け出した。それに引きずられるように俺たちも後を着いていく。
人戻会を止めることができればこういった大都市をゆっくり観光してみたいものだな。
異世界転生してきたというのに俺はこの世界での遊び方をいまいち知らないのだ。それはひどくもったいないことのように思えた。
大雨の中しばらく歩き続けると、ロココ様式の大きな洋風のホテルが見えてきた。割と和風なこの世界にそぐわない、豪奢でヨーロピアンな建物だ。
一見して高級ホテルとわかったが、シャルフの目にはこれ以外の宿が映っていないようだった。
「ここしかありませんわね。ええ、ここ以外に泊まるという選択肢は存在しません」
「どうだろ……手持ちのお金で足りるかどうか」
「その時は触手の一本や二本売り飛ばせばどうにかなるでしょう!」
「何なんだキミのその情熱は……」
半ば呆れながらもティンテがその建物に入ろうとした瞬間だった。遠くの声から悲鳴が聞こえてきたのは。




