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⑪ー5 死との邂逅 その5

 恐怖で声が出ない。足が竦む。全身が鳥肌でびっしり覆われていることだけがわかる。やけに喉が渇く。ただ今すぐここから立ち去りたい。

 「恐怖の大王」を食らう側になったのは初めてだが、ここまでおぞましい感覚なのか……そりゃ普通の村人なら泣き叫んで逃げ惑うわな……大の成人男性の俺ですら、涙と尿を撒き散らして逃げ出したいような気分になるのだから。


 もうさっさと目を覚ましてしまいたい。こんな空間に一秒だっていられるか……と言いたいところだが、ティンテや俺に会ってきた人たちはこの恐怖を目の前にしても自らの責務を忘れず立ち向かってきたんだよな。

 なら俺だって黙って怯えてるわけにはいかない。


「き、気持ちは有り難いが……人戻会を殺せば済むとは思わないんだよ」


「ほう? そんならどうする?」


 俺の返答を受けてライン神は少し能力を抑えてくれた。俺みたいに感情で制御不能になるわけではなく、出力も自由自在らしい。まあ神様だしそのくらいはできるか……


「少し考えさせてくれ、ってのはアリか?」


「別にええけど次に会った時は君はもう死んでるかもしれんで?」


「いや、アンタとはまた会う気がするんだ。それももっと大事なタイミングでな」


「ハハハ! 神相手に予言か! 洒落てんなあ。オモロいわ。サービスしたろかな」


「サービス?」


「起きてからのお楽しみっちゅうことで。ほなね」


「ちょっ、待っ……」


 背を向けたライン神が黒い渦に呑まれていく。いや……渦に呑まれてるのは俺の方か?

 視界が暗い。意識が遠のく。なんだろうこの感覚、眠る時に近いような、そうでもないような……





「アンゴ!? ああ、アンゴ!」


 目が覚めた瞬間、ティンテの触手で全身を締め付けられる。息が、息が苦しい……

 彼女が無事なのは結構なことだが、もう一度ライン神の元に送られそうなんだが。「はよ来すぎやろ」と呆れられそうだ。


「アンゴ、そうか、無事で……」


「無事だったけど……これ、また死ぬ……」


「おっと、すまない。私としたことが」


 目を覚ましたのは古い日本家屋の中だった。悪趣味な彫り物が飾られているだけの質素な部屋だ。

 まだ水棲族の里を離れていないわけか。あの空間にいたせいか時間の感覚が無い。俺はどのくらい眠っていたのだろう。それに、エーゲルとシャルフは……


「アンゴ様……! 目を覚まされたのですね」


「死んじゃったかと思ったよう」


 良かった……彼女らも無事らしい。どうも俺が一番ヤバい容態だったようだ。


「俺はどのくらい寝てたんだ?」


「丸1日くらいかな。息はしているようだったけど、目を覚まさない理由がわからなくて不安でね」


「悪かったな……それになんだろ、もっと長く眠っていたような」


 夢でライン神と会った、なんて言ったら笑われるだろうか。

 結局人戻会と戦うヒントはもらえなかったし、あんまり意味のない邂逅だった気もするが。

 死にかけたらパワーアップのイベントが待ってる、なんてバトル漫画では定番の展開だが、どうも俺に限っては大した変化も無いらしいし……結局あの「サービス」とは何だったのか。


「ところで、ここは……」


「お察しのとおり水棲族の里だよ。あの人魚の子以外にも何人か生き残りはいてね。ただ彼らもここを離れるつもりらしいから、私たちも長居はできないかな」


「そうか……」


 やけに周りが静かだな、とは思ったがやはり水棲族の生き残りは少なかったか。まあ、被害に遭った水棲族の一部は姿を変えただけで生きてると言えば生きてるのかもしれないが……


「とにかく人戻会を野放しにはできませんわね。どうでしょう。戦力は不足しておりますが、いっそこの人数でバント大陸にに乗り込むのは」


「それなんだがシャルフ……そもそも俺たちは思い違いをしてたんじゃないか」


「どういうことですか?」


「バント大陸の大勢が人戻会だとしても、ゼンゼマンに協力してる人間ってどれくらいいるのかな、って」


 そこまで言っただけでシャルフはピンと来たらしい。さっきまで伸びていた足を崩して、俺の前に座り込む。

 ティンテも同様にわかった顔をしているが、エーゲルだけが不思議そうに首を傾げている。


「ゼンゼマンたちは人戻会全体の主力じゃないの?」


「おそらく人戻会にも派閥があって、ゼンゼマンたちは極端な過激派なんだろう。そりゃ着いてくる人間も少ないわな」


「少ないのかな……? 前に行列で歩いてきてた自殺覚悟の人たちは結構いたように思うんだけど……」


「ただ、俺たちが遭遇した幹部ってピエホ、ウンボー、カラマー、そしてゼンゼマンとエリス。たった5人だけだ。そりゃ他にも構成員はいるだろうけど、たぶん人魔の力を得てるのはその5人と、ドライエード様の言ってた『腐り手』くらいだろう。もっと強い駒がいるなら数で俺たちを制圧してきただろうし」


「その可能性は高いですわね」


 シャルフも同じ読みで良かった。得意げに語ってたのに俺の勘違いなら恥をかいてたところだ。


「じゃあバント大陸まで乗り込まなくても、ゼンゼマンを倒せば解決ってこと?」


「それはまあ、そうなんだろうが……」


 言うは易し、行うは難しとはまさに今の状況だ。無敵のゼンゼマンは倒すどころか捕まえることすら難しいだろうし、「腐り手」の男はあまりにも未知数だ。


「エーゲルの提案も一理あるね。次の被害が出る前に急いだ方が良い」


「でもゼンゼマンの居場所もわからんだろ」


「心当たりならあるんだ。近くにいくつか大きな街があってね」


 「『いくつか』って言うくらいなら複数候補があるってことか? 全部の街を総当りでいくのか、あるいは近くに張り込んで、騒ぎが起きた場所に急行するのか」


「『あの施設』があるのは1箇所だけだからね」


 ティンテはしたり顔でウィンクをしてみせた。愛らしいその表情は緊迫したこの状況でも美しく見えた……が、彼女の言わんとするところがわからない。

 エーゲルやシャルフの表情を見る限り、彼女らも見当がついていないようだ。


 あの施設って、いったい……


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