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⑪ー1 死との邂逅 その1

 敵の腕力は私を上回る。一方で8本足な分、手数は私の方が上だ。お陰で実力は拮抗しているが、その均衡が崩れる時に決着がつくのだろう。

 スキュラの女王は世襲制ではないが、結局8本足である私たちの一族が女王を務めてきた。戦う機会が増えたいま、改めて手数の多さのありがたみを感じている。


「殺ス、殺ス……!」


 物騒な物言いとは裏腹に、敵の攻撃はあくまで冷静だ。顔や腹に直撃を喰らわないよう私の触手を弾きながら、隙あらば私の胴部に一撃喰らわせようと狙っている。

 今はなんとか防げてはいるものの、少しでも意識が逸れると致命的なやつを喰らってしまいそうだ。


 まともに戦えばこちらも無事では済まない……どころかそもそも勝てるかどうかも怪しい。

 時間稼ぎをして仲間が戻ってくるのも待つのも良いが、そこまで持つかどうか。多数の触手を操るのは便利だが、消耗も早いのだ。相手の方が持久戦に長けていたら負けてしまう。


 この相手と会話が成り立つようには思えないが、人戻会の狙いは探っておきたい。次はいつどこを襲うつもりなのか。とにかくこちらには情報が足りないのだ。


「キミは人魔のように見えるが、なぜ人戻会の味方をする!?」


「俺ハ人間ダ!」


「その異形では人里にも帰れないだろう! いっそ人魔として生きてはどうだ!」


「フザケルナ……!」


 6腕同時の重い一撃。こちらも全触手を用いてなんとか防ぐが、堪えきれず弾き飛ばされてしまう。


 アンゴやシャルフの戦った人戻会も人間に強い憎しみを抱いていたと聞く。こちらの提案に乗るわけもないか。

 ただ、受け答え程度はできるらしい。シャルフがやったように、会話で相手の戦闘意欲を削ぐことができれば。


 しかし自らの身体をあんな風に変異させてまで復讐を果たしたいものだろうか。それも、「人魔全体」という実態の無い集合に向かって。


「私はキミと戦いたくはないんだ。できれば誰も傷つかない方が良い、本気でそう思っているんだが……」


「嘘ダ、嘘バカリダ、ソウヤッテ、オ前ラハ……!」


「『お前ら』? 過去に人魔に酷いことをされたのか?」


「ウルサイ! 魔女ガ!」


 また一撃、ニ撃と飛んでくるが、なんとなく攻撃に乱れが見える。こちらの触手1本で防ぎ切れる程度の速度と重さだ。


 やはり、と言うべきか。人戻会の恐ろしいところは被害者団体である点。その恨みはどこまでも執念深く、粘着質で厄介だ。

 一方、被害者団体である点は弱点にもなりうる。各々の感情が軸で動いている分統制が乱れやすいし、何より精神面が脆かったりするものだ。

 人間離れした肉体を手に入れても精神までは変質させられなかったか。


「話し合おうじゃないか。私は別にキミを憎んじゃいないし、キミだって私から加害されたわけじゃないだろ」


「オ前ニハワカラナイ!」


「それは聞いてみなきゃわからないだろう。多肢同士で戦うのも何かの縁だろう」


「フン……」


 腕を前に構えたまま、まだ戦闘体勢は解いていないものの、多腕の男は動きを止めた。

 賭けてみて良かった。私は鍛錬は好きだが、別に戦うのが好きなわけじゃない。話し合いで済むならそれが一番だと思っているのだ。

 

「まず互いに名乗ってからだね。私はティンテ、スキュラの女王だよ」


「名ハ『カラマー』ダ」


「そうかいカラマー……キミはどうして人魔を憎む? よほど辛いことがあったんだろうが……」


「許セナイ、許セナイ、アノ女ッ……!」


 小さく吠えるとカラマーは身を震わせた。震えが収まらないほどだなんて、どれだけ酷い目に遭ったのだろう。


「オレノ、オレノ心ニ深イ傷ヲ……!」


「落ち着いてくれ。私はキミを傷つけたいわけじゃない。ゆっくりでいいから……」


 触手でない手でカラマーの分厚い手のひらを包むと、少し震えが収まった。

 人魔化した影響だろうか、カラマーは髪も抜け落ち、血管が浮き出た不気味な頭をしている。彼の容姿はお世辞にも美しいとは言えない。私より怪物じみて見えるほどだ。

 それでも、情けなく震える姿はなぜか子犬のように見えて憐れみを誘う。


「相当苦しんだんだろうね……軽々しく言うべきじゃないとは思うが、心から同情するよ」


「オ前、ワカッテクレルノカ……」


 カラマーの震えはほとんど止まっていた。その醜くゴツゴツした手は、それでも温かみを持っていて、こんな見た目でも彼が人間なのだと思い知らされる。


「オレハ昔、人魔ニ拒マレタンダ……」


「拒まれた? 差別されたってことかい?」


「イヤ、人魔ノ女ハ誰モオレノ恋人ニナラナカッタンダ……」


「えっ、何それしょーもな……」


「何ダト!?」


 カラマーの巨腕が振るわれる。咄嗟にガードするが、力の抜けていたところで腹に重い一撃を喰らったのはまずかった。ガハッ、と苦い声が漏れる。

 まあ油断してた私が全部悪いんだが……


「オ前モ馬鹿ニスルノカ!」


「そういうつもりじゃなかったんだけど、他の人戻会と比べると理由があまりに浅薄というか……」


「馬鹿ニスルナ!」


 カラマーの巨腕がうなり、怒りの連撃が叩き込まれる。この重圧……さっきより威力が上がっているとしか思えない。

 シャルフと違って私は心理戦じみた駆け引きが苦手だったな、と他人事のように思い出した。


「人間ノ女ニ醜イト言ワレタ俺デモ、人魔ナラッテ思ッタ。ナノニ、ナノニ……」


「うーん……たぶん見た目の問題じゃないし、人魔だって誰でもいいわけじゃない。もうちょっとこう、相手を見たらどうだい?」


「相手ヲ理解スル前ニ嫌ワレル! ドウシロト!?」


「えーっと、嫌われない努力をするとか……」


「努力ガ足リナイト!?」


 カラマーは流石に殴ってはこなくなったが、地団駄を踏んで憤りを全身で表している。

 なんで私は人戻会の恋愛相談に乗っているんだろう、と馬鹿らしく思わないわけじゃないが、この程度で戦いが収まるなら十分だ。


「お友達から始める、とかはどうだい。それならハードルは低いけど」


「オ前ガ相手ニナッテクレルカ?」


「いや、えーっと……すまない、私にはアンゴがいるから……」


「フザケルナッ!」


 今まで一番重い拳圧が襲ってくる。攻撃が来る予想はしていたので何とか防げたが、触手がビリビリとしびれてしまった。


 バカ正直な私には色んな意味で相性の悪い相手かもしれない。

 このまま怒らせ続けてたらそのうち殴り殺されそうだ……



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