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⑩ー5 うごめく悪意 その5

「何度も言うが、俺は邪神様ではない! それに人戻会と戦うのだって、本当はやりたくないんだ! できるだけ平和的に解決できるならそれが一番なんだ!」


 シーンと静まり返ったたままの聴衆。食器のこすれる音すら聞こえない、重苦しい雰囲気。

 どうやら俺の次の言葉を待っているようだが、もうこれ以上言うべきことはないんだが……どうしよう、この空気……


「アンゴの言う通り、我々は人戻会への抵抗勢力を探しているだけなんだ。誰か協力してくれる人はいないかい?」


 さすがティンテ。この張り詰めた空気にも怖じることなく胸を張って前に出てくれる。まったく頼りになるな。


「人戻会と戦いたくないが、戦うための配下を探している、と……?」


「配下ではないけど、そんな感じだな」


 リーダーは眉に皺を寄せて俯いてしまった。見渡すと他の水棲族もみな一様に首を捻っているようだ。うんうん唸っている者までいる。まるで禅問答を投げつけられたかのような反応だ。

 俺たちはそんなに難しいことを言っただろうか。そんなつもりはないんだが……説明不足か?


「人戻会は人魔を滅ぼそうとしてるんだ。俺はそんな世界望んじゃいないから、力づくでも止めるしかないんだけど……俺たち4人だけじゃ力が足りないし、他の人も守りきれない。だから協力してくれる人がいれば嬉しいんだけど」


「ふむ……『戦ってはいけないが戦わないといけない』まるで禅問答ですな……」


「そんな複雑な話をしてるわけじゃなくて、襲ってくる人戻会を跳ね返すための協力をしてほしくてだな……」


 水棲族のリーダーであるイルカの人魚は、突然顔を上げて両手を叩いた。その眼からは妙な輝きが放たれている。


「なるほどなるほど、貴方様は『邪神様ではなく、戦いを命じていない』とそういうことですね!?」


 やけに興奮したテンションでリーダーが迫ってくる。嫌な予感がしてきた。俺の意図が曲解されているような……


「邪神様は何も命じておらず、我々が自主的に人戻会を潰した、という筋書きですね! なるほど得心がいきました!」


「おお……! おお……!」


 群衆のどよめきが不定期な揺らぎから確信の波へと変わっていく。頷く者、膝を打つ者、両拳を合わせる者までいてみな得意顔になっていく 。

 パズルのピースがはまった気分なんだろうけど、そもそもパズル自体存在しないんだが……!


「違う違う! そうじゃなくて!」


「いえ、いえわかります。姉神様を信仰している人戻会を貴方様が潰せと仰れば角が立つ。これはあくまで我々狂信者の暴走です。貴方様に責任はございません」


「待てって! 俺はそんなつもりじゃ……」


「邪神様は大船に乗ったつもりでいてください。後は我々にお任せを!」


 あまりに人の話を聞かなすぎるので段々腹が立ってきた。仮に俺が神だったとしたらその話はちゃんと聞かなきゃダメだろう。


「ぐうっ……!?」


 ハッと気がつくと、この場にいる水棲族が一人残らず跪いていた。また能力が漏れてしまっていたのか……相変わらずコントロールできてねえな。


「わ、悪い……思わず」


「皆の者! 邪神様からの激励をいただけたぞ!」


「おおおおお!!」


 脂汗をかきながら歓声を上げる水棲族。ここまでいくとちょっと怖い。宗教に熱心すぎる人って傍から見ると異常者にしか思えねえんだよな……


「なあティンテ、これってどうすれば……」


「すまない、ここに連れてきた私の責任だね。宗教絡みじゃなければ本当に気のいい人たちなんだが。とりあえず……逃げようか」


「だな」


 ティンテはすでにエーゲルとシャルフを担いでいる。俺もその背を追う形で走り出した。

 当然、黙って出ていくことはできないわけだが。


「邪神様、どちらへ!?」


「急用だよ! 放っといてくれ!」


「まだ500時間分は宴のご用意がありますが……!」


「宴で祀り殺すつもりか! もう満足だ、ありがとな! それから、人戻会とは戦うなよ! 絶対だぞ!」


「『戦うな』ですね! 御意承りました!」


 本当にわかっているのかかなり不安なところではあるが、コイツらを説得していると時間がいくらあっても足りない。

 さすがに数十名程度の里が何千人いるかわからないバント大陸の人戻会に全面戦争を仕掛けることはないだろうから、とりあえず放っておいても大丈夫だろう。

 むしろ俺が留まることで変にやる気を出されても困るしな。


 しかしせっかく歓迎されてたのに結果的だけ見れば追放されたようなものだな……つくづく嫌な能力だ。

 それに「邪神様」という呼称も気になるところだ。おそらくライン神のことを指しているのだろうが、ライン神は俺と同じ能力を持っているってことなのだろうか。

 そもそも神様なんて実在しているのか怪しいし、何故水棲族があんなに確信を持っていたのか不思議ではある。





 逃げる道中、里の人魔に呼び止められながらではあったが、なんとか里を抜けて少し離れた湖のほとりにたどり着いた。

 ティンテと二人、息を切らしながら木陰にへたり込む。


「煙たがられるのも嫌だが、ズレた方向にチヤホヤされるってのもしんどいものなんだな……」


「すまないアンゴ。私があんなところに連れていくから……」


「いやいや、ティンテのせいじゃねえさ」


 エーゲルとシャルフはスヤスヤと呑気に寝息を立てている。エーゲルはともかく、シャルフまで気が抜けすぎだろう。

 もう顔はそこまで赤くないし、アルコールは抜けてきたんだろうが、安らかに眠りすぎだろう。


「しかし仲間が集まらないね。思っていた以上の成果だよ、これは」


「なんか、人魔って自由気ままに生きてんだな。ティンテたちが例外なだけで」


「そうかもね。力があれば普通はそれを己のためだけに使いたがるものだし、何よりそれは責められることじゃない」


「だな。『世界を救うために協力しろ』なんて見ず知らずの人に言われりゃ俺だって困ってただろうし」


 ティンテと二人、静かにうなだれる。のんきな鳥のさえずりだけがやけに耳にうるさい。

 こうして人気のない林に隠れるのは、この世界に来て何度目だろうか。だんだんひっそり生きるのに慣れつつある自分が恐ろしい。


「……やっぱ、危険を承知のうえで俺が人戻会に潜り込むしかないのかもな」


「その必要はありませんよ」


 突然背後から聞こえてきた声。老人特有のしゃがれた声、そして馴れ馴れしいトーン。振り返るまでもなく、その声の主が誰か俺にはわかっていた。


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