⑩ー4 うごめく悪意 その4
「さあ皆様ごゆっくり! もしご不便などあればいつでもお伺いしますゆえ!」
里長の家で休んでいる間に、広場に宴席が組まれていたらしい。水棲族だけあってか、懐石料理はお手の物なのだろう。刺身にエビ、カニ、海鮮の汁物、炒め物、とても4人で食べ切れる量ではない。
普通の客人を歓待するレベルの騒ぎではない。神様か何かに捧げるような、異様なもてなしだ。
「いやあ、アンゴがいて助かったよ。こんなに豪勢なものを食べられるのはいつぶりかな」
「なんか裏がありそうというか、迂闊に手をつけられないんだが……」
「そうかい? 私と母が村を訪問した時も歓迎してくれた覚えがあるし、元々そういう気質なんじゃないかな、水棲族は」
「ずっと邪神様と勘違いされてるのが引っかかってな……正体がバレてから代金を請求されても困るし」
「そう言わずにアンゴ様。海藻も美味しいですわよ」
シャルフにワカメの酢漬けのようなものを口に突っ込まれ思わずむせ込んでしまった。
いきなりのご無礼に息が詰まりそうになったが、味はさすがに大したものだった。酸味は確かにあるのだが鼻にくるような匂いはなく、ただ爽やかな甘みが舌に広がる。
美味いには美味いんだが、だからこそ余計に不安になる。怖がられることには慣れてきたが、まさか崇められることがあるなんて……
ちなみにさっき里長(ウミガメの人魔だった)の家を訪問した時も、会うなりいきなり土下座のポーズを取られて参ったものだ。「長」たるものに絶対服従の姿勢を見せられても困る。せめて対等な振る舞いぐらいで勘弁してほしかったが、こちらの意見などさっぱり聞いてもらえなかった。
「生きておるうちに邪神様のお目にかかれるとは……ありがたやありがたや」
「だから俺は邪神様じゃないんですって……」
「わかっております。わかっておりますとも」
「絶対わかってないよな?」
両手を合わせて俺の顔を拝み伏す里長。元の世界でも高齢者の方が信心深かったもんなあ……などと現実逃避めいた思考につい逃げ込んでしまった。
里長の家にいた頃から不穏な気配はあった。外では誰かが大声で指示を出しており、人がバタバタと走り回る様子も音で感じていた。だからといって逃げ出すわけにもいかず、この騒ぎにいたるわけである。
今だって、この歓迎の宴を拒もうとしたら世界の終わりかのように里の民が嘆き始めたので嫌々宴席に着いたくらいなのだ。
「お料理はいかがでしょう。お口に合えばよろしいのですが……」
「美味いです。美味いんだけど、俺たちは何をすればいいですか。タダでこんなに歓待されると悪いっていうか……」
「いえいえ! あり合わせの物しか出せず恐縮でございます! この通り! たいへん申し訳なく思っております」
里の入口で会った、イルカの下半身を持つリーダーが跪いてくる。そんなに下手に出られるとかえって気を遣うんだが……
俺の家系は先祖まで遡っても王侯貴族の類はいないし、慣れてないんだよなこんな扱い。下働きばっかしてた記憶しかないし……
「アンゴくん、もうここに住めばいいんじゃない?」
エーゲルが耳打ちしてくる。この雰囲気ではとても大声で言えない提案だが、それも悪くない気がしてきた。
今でこそ変に崇められているが、俺が邪神様でないことがわかれば意外とまともに扱ってくれるかもしれない。
今までの村と違って露骨に拒否されないだけかなりマシな部類なのだ。「邪神様に似た能力を持つ男」なので、縁起物みたいに扱ってくれることも期待できる。
「旅が終わったら考えてみるよ。魚ばっかりしか食えないのがちょっと残念だけどな」
「ん? アンゴは魚は嫌いだったかな?」
「いや嫌いではないんだが、どちらかと言えば肉派で……」
ティンテとの他愛ない会話が漏れ聞こえたのか、「肉だ! 肉を持ってこい!」という号令がそこかしこで飛び交う。迂闊なこと話せないなこれは……
「アンゴ様、浮かないお顔ですわね」
「歓迎されて不安になってんだよ、わかってくれ」
「うふふ。そう固いことを言わずに今だけは宴を楽しみましょう」
「シャルフ……それは何杯目の酒だ?」
「さあ? 10以降は数えていませんわ」
赤く上気した顔のシャルフは甘えるように腕を絡ませてくる。旅の間ほとんど緊張づくめだったし、たまにはこういうのもいいか……
「ところで邪神様は何用で里をご訪問に?僭越ですが、まさか我らの信仰心を認めてくださったとか……」
「いや、色々あってな。ティンテの縁があるこの村で旅の仲間を見つけたいなって」
「おお……スキュラの女王よ感謝いたします。まさか生きている間にこんな僥倖に巡りあうとは……」
ティンテまで拝まれ始めたので彼女もさすがに肩をすくめてみせた。この里の人たちはいちいち大げさで、なんだか演技めいたものに見えてきた。
「しかし邪神様が旅ですか……修験者が旅をするのは定番の逸話ですが、しかし神様御自らが足を運ばれるとは」
「だから俺は神そのものじゃないんだよ……人戻会の蛮行を止めるために動いてて」
俺がそう言いかけると突然宴の喧騒が鳴り止んだ。バラバラだった里の者の視線が一斉に俺に集まる。何かまずいこと言ったか……?
うとうとしていたエーゲルもさすがにハッと目を覚まして周囲を見渡す。
「人戻会を、止めると仰いましたか?」
「お、おう……アイツら人魔に危害を加えて危ないからな」
水面に広がる波紋のようにざわざわと騒ぎが大きくなっていく。詳細はわからないが「人戻会」というワードを出すべきじゃなかったことだけはわかる。
そのざわめきを切り裂くようにリーダーが一段と大きな張り上げた。
「皆の者! 聞いたか! 邪神様は『人戻会の息の根を止めろ』と仰せだ!」
うおおおお、と野太い歓声が上がる。人魔ってほとんど女性なんだよな? オッサンとか混じってない?
「以前よりあの者らには灸を据えてやらねばと思っていたのです。邪神様の命とあらば大手を振って挑めるというもの」
「いや、俺は『息の根を止めろ』とまでは言ってなくて、人戻会の組織自体を潰せれば……」
「邪神様は『人戻会を潰せ』と仰せだ!」
「おおおおお!!」
ダメだ……何を言っても好戦的に捉えられる。ティンテは困った顔をしているだけだし、シャルフは酔ってるし、エーゲルは役に立たない。
まあ人を頼るより俺が声を上げて彼女らを止めるべきなのだろう。ニセモノでも俺はここでは「邪神様」なのだから。
「全員、注目! よく聞け!」
両手を叩いて衆目の視線を俺に集める。次の言葉を待つ皆の純粋な視線が怖い……




