⑩ー3 うごめく悪意 その3
さっき道を教えてくれた鳥型の人魔によれば、いま俺たちがいる林を抜ければ水棲族の里に出るらしい。
やけに不便なところにあるように思えたが、それなり広い林と海に囲まれた天然の城塞なのかもしれない。
ティンテ曰く水棲族はライン神への信仰が強すぎて他の人魔からは距離を取られているらしく、ほとんど自給自足の生活を送っているようだ。
「でもなんでティンテのお母さんはそんな閉鎖的なコミュニティと繋がりがあったんだ?」
「そりゃあもう、このタコ足がね」
「な、なるほど……」
「冗談はさておき、実は私の先祖もここのコミュニティ出身なんだ。閉鎖的な環境に嫌気がさして出ていった者も少なくはないんだよ」
「クラッベちゃんも確かそうだよね」
「ああ。もっとも、あの子の祖先は自ら出ていったというより呑気すぎて追い出されたらしいが」
クラッベ……前にティンテたちが言ってたカニの人魔だったか。結局顔を合わせたことはないんだが。
しかし話を聞く限りかなり旧弊なコミュニティっぽいし本当に協力してくれるのだろうか。
あと俺が入村拒否される可能性も高いように思える。そういう里って異物への拒否反応も過敏だったりするしなあ。
「アンゴ様、こわーい顔になってますわよ?」
「悪いな。行く前から憂鬱になっても仕方ないんだが」
「初対面の相手にはまずこちらから笑顔でいかないと。先手必勝ですわ」
「そうだな……笑顔でいけば受け入れてもらえるよな!」
「いや、それはまあ、場合によりけりというか……」
お世辞が得意なシャルフにすらお茶を濁された……俺はどんだけ威圧感があるんだろうか。あまりに気になるので一回自分で自分の能力を食らってみたいが……
日が暮れる前に水棲族の里らしきものが見えてきた。
鳥居に似た石造の門にしめ縄がグルグルと巻かれている。日本の神道が歪な形で伝わったのか、あるいはこの世界独自の文化が発展した形なのか。
鳥居だけあって人が通れるスペースは十分あるのだが、なんとなくこれをくぐりたくないように思えた。「ここをくぐる者に命の保証は無い」とか張り紙でもしてそうな雰囲気だ。
「懐かしいね。子どもの頃に来て以来かな」
「なんかジメッとしてて良い感じの場所だね」
「光合成しづらそうでわたくしとしては嬉しくない場所ですわね」
それぞれ呑気な感想を述べる仲間たち。緊張してるのは俺だけみたいだ。えげつない能力をもらってもビビリな性根は直らねえな……
「この鳥居が集落の入口ってことでいいんだよな?」
「そうだね、まず……」
「何者か!」
ティンテと話しつつ鳥居をくぐった瞬間、遠くから怒鳴り声が聞こえてきた。鳴子も何も無いのにどうやって俺たちの存在を感知したのだろう。
次々に槍を持った兵士たちが集まってくる。索敵能力を種明かししてもらえる雰囲気じゃあなさそうだ。
集まった兵士はみなバラバラの外見をしていた。人魚のように魚の脚を持つ者もいれば、ナマコのような下半身を持つ者、両手がハサミの形になった者まで、まるで人魔の水族館に来た気分だ。
「怪しい者ではない! 私はスキュラの当代女王ティンテだ。里長に会わせてもらえないか!」
ティンテの外見をしげしげと眺め回した兵士たちは武器を下げた。その中からイルカのような下半身を持った兵士が一人、前に進み出して話し始める。
「失礼しました。今どき物騒なもので古き同朋の姿に気づかず、非礼を詫びます」
「いやいや、構わないよ。しばらく顔も見せていなかったこちらの落ち度だからね。里長なら母をよく知っているから、母に似た私のことも認めてくれるだろう」
「ご友人方も案内したいのですが、そちらの頭巾を被った方は……」
「私の友人ではあるのだが、ひどく醜い顔をしていて、それを恥じているんだ。できればこのまま通してほしいが……」
「申し訳ありません。念のため、お顔を拝見しても? 一度で結構ですので」
「そ、そうだね……」
ここで無理に抵抗する方が怪しまれるか……相手が低姿勢で来ている分、余計にティンテも引き下がるしかなかったのだろう。
彼女を責めることはできない。観念して俺は服と一体化した頭巾を脱いだ。
わかっていたことだが、頭巾を脱いだ瞬間水棲族の兵士たちはみな一様に固まった。目を見開き、驚愕の様相た。震え始めた者までいる。
「ヒッ……あ、あなたは……」
またこのパターンか……せっかく仲間を探しに来たのに、これじゃ期待できな……
「邪神様だああああ!!」
「キャー!!」と黄色い歓喜が飛び交う。「信じられない」という表情で口を押さえる者、地面を叩き始める者、泣き出す者までいる始末だ。
しかし誤解されては困る。俺はたぶん「邪神様」とかそんな大層なものじゃないし、それがバレた後の失望もひとしおだからだ。
ここは早く誤解を解かないと……
「あの……」
俺がごく小さな声を発しただけでピタリとらんちき騒ぎが収まった。全員の視線が一斉に俺に集まる。怖い。怖すぎる。何も悪いことをしていないのに吊るし上げられてる気分だ。
「俺は、その……」
「邪神様のお言葉だ! みな清聴せよ!」
リーダー格であろうイルカの人魚が叫ぶ。いや、清聴も何もみんなすでに黙ってるし、余計話しづらいんだが……
「誰と人違いしてるのかわからんが、俺は邪神様ではないんだ。異世界から転生してきたただの人間で、名前はアンゴ。仰々しく奉るのはやめてくれ」
「邪神様ではない、ですと……」
ギロリと睨んでくるリーダー。どうにも不穏な空気だ。まさか神を騙ったせいで不敬罪に処されるとか?
でも俺は一切騙ってないぞ! お前らが勝手に勘違いしただけだろうか!
「ではあなたのその世にもおぞましき力はどのように説明されますか?」
「これは……俺にもわからないんだ。勝手に授かったというか、漏れ出てくるというか……」
「なるほどなるほど……」
リーダーは思案している様子だが、次の瞬間槍が飛んできてもおかしくないな。自分でも説明になってないと思ったし……
ティンテたちに視線で助けを求めるが、彼女らにも妙案はないらしい。エーゲルにいたってはちょっと視線を逸らしやがったしな……
「邪神様ではない……しかしこの力は紛れもなく……いやしかし……」
槍を抱きかかえながらブツブツ呟くリーダー。周りの水棲族たちも一様に困った顔をしている……と思ったら一人二人得意げな顔をしている者もいて、意図が測り知れない。
次の言葉も紡げずしばらく待っていると、ナマコの人魚(?)がリーダーに耳打ちをした。その瞬間、雷に打たれたかのように目を見開くリーダー。
なんだ? 突然何を理解したんだ?
「『邪神様ではない』! なるほどそういうことですか! ふむふむ、失礼いたしました。私どもの気遣いが足りませんで!」
リーダーの掛け声とともに全員が跪く。あらぬ方向に理解がまとまってしまったようだ。
いや、やっぱり誤解されてるよなこれ……俺は身分を隠した邪神様ではないのだが……!




