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⑩ー1 うごめく悪意 その1

 翌朝、目覚めるとティンテだけがすでに起きていた。昨晩あれだけ疲れることをしたのに夜警をしてくれていたとは、有り難い限りだ。

 俺なんてヘトヘトで終わり次第すぐに眠ってしまったというのに。まあ、ティンテも俺の疲れを作った原因の一人なのだが……


「おはようアンゴ。水を飲むといいよ」


「おう、ありがと……」


「人の肌というのはいいものだね。母以外の人間とあんなに密着したことはないから忘れていたよ」


「ロマンチックに言ってるが普通じゃねえからな、3対1とか……」


「ははは。それはキミの元いた世界の『普通』だろう。人魔なら有り得ない話でもないさ」


 鷹揚に笑うティンテ。もっと堅物だった気がするんだが、いつの間にあんな柔軟になったのだろう。エーゲルやシャルフに変なことを吹き込まれたのだろうか。


「不思議そうな顔をしているね。私が乗り気だったのはそんなに意外かな」


「そりゃあ、な……」


「この大陸に来た時ハチの女王に襲われただろう。その時に思ったのさ。アンゴか私、どちらがいつ死んでもおかしくないって」


「縁起でもねえな」


「真面目な話さ。私たち三人ともアンゴのことは好ましく思っているから、最も揉めない手段を選んだだけだよ」


「だからって急すぎないか?」


「昨日だって死にかけたからね。最も適した時機だったと思うよ。それはキミが一番わかっているだろう」


 眠そうな顔で微笑むティンテ。その美しい双眸を眺めていると、妙に生きる気力が湧いてくる。

 ティンテのことは前から大切な人だと思っていたが、昨日までとは「大切」のニュアンスがすっかり変わっていた。そしてそれは、とても幸福なことだ。


「お陰で悩んでたことが馬鹿らしくなってきたわ」


「それは結構。エーゲルに感謝することだね」


「でもアイツ、どさくさに紛れて血を吸ってきたからなあ」


「それも含めて、だよ。心地いい疲れなら悩む気力もなくなるものさ」


 俺が朝餉に手をつけ始めたのを確認して、ティンテは静かに横になった。昨日は直接敵と戦わなかったものの、彼女も走り回って疲れているはずなのだ。ゆっくり休んでもらいたい。





 俺が朝食を終えて30分ほど経つと、シャルフがむっくりと起きてきた。俺の姿を見つけるなり、スススと傍に寄ってくる。


「おはようございます。昨日はお楽しみでしたわね」


「他人事みたいに言ってんじゃねえよ。お前も当事者だろうが」


「そうでしたわね。とはいえアンゴ様が最も役得でしたわ。美女三人を侍らすだなんて」


「ははっ……! さらっと自分を美女にカウントしてんのな」


 こういう強かなところがやけにシャルフらしく思わず吹き出してしまう。それを見て彼女も満足そうに笑った。


「人戻会を止めることができれば、こんな風に三人で気ままに過ごすのもいいでしょうね」


「そうか……ああ、そうだな」


 人戻会の陰謀を止めるのが目標になってて、俺は「その先」を描けていなかった。だから余計に閉塞感があったのかもしれない。


 俺がウンボーにやってしまったことは罪ではある。大義のためだの正当防衛だのと言い訳ならいくらでもできるが、人の命を奪ってしまった事実は揺るがない。

 ただ、過ちを犯してしまった人間がその後ずっと不幸ヅラして生きていかねばならないかというと、それも少し違う気がする。

 俺が生きてるせいで不幸になる人もいれば、俺が生きてることで幸せになる人もいるわけで。どちらも軽んじてはならないのだとシャルフたちに教えてもらった。


「いいですねアンゴ様。昨日よりずっと凛々しいお顔ですわ」


「そうか? 自分ではわからんが……それよりお前らはいいのか、俺みたいな恐怖の塊と暮らしていくつもりだなんて」


「人魔は強い方が何かと便利ですからねえ。子どもにアンゴ様の能力が継がれるかはわかりませんが、合理的に考えて悪くないと思っていますわよ」


「……ありがとな」


「いえいえ」


 下手な慰めじゃなく根拠を示してくるあたりシャルフらしいというか……お陰で少し安心した。

 たとえ能力のせいでどこかに定住することができなくても、この三人がいれば俺にとってはそこが居場所になるだろう。


 ……人戻会を倒す前に目標が叶ってしまったような気も。

 まあ、今度は別の理由で人戻会を潰さなきゃいけないんだが。俺の大切な人魔たちを狙う連中を再起不能にしてやらねば。

 どんな危険を伴ってもやり遂げたいことだ。男らしくない俺にだってそのくらいの覚悟はある。


「あっ、でも無職の旦那様というのも体裁が悪いですから、アンゴ様も働いてくださいね」


「ああうん……急に現実に引き戻してくるな」


「大丈夫ですわ。アンゴ様の能力があれば仕事くらいすぐ見つかりますから」


「たとえば?」


「害虫を追い払ったりとか……」


「俺はバ〇サンか何かなのか……」





 ティンテは川へ水浴びに、シャルフは少し離れたところで木の実を採集している。俺はエーゲルの寝起きを見守る役目だ。

 たまに全然起きてこなくてそのままティンテが担いでいくこともあるが、昨日の今日で強行軍も避けたいという結論に至り、それぞれ自由時間を過ごしている。


 何を考えるでもなくボーッとエーゲルの顔を眺めていると、彼女のまぶたがゆっくりと開いた。太陽はちょうどてっぺんを回ったくらいか。思っていたよりは早いお目覚めだ。


「おはよ、アンゴくん……」


「おう……」


 エーゲルと挨拶を交わすと昨晩のことが思い出されて言葉が濁る。気まずいわけではないが、どことなく照れくさいのだ。


「みんなは?」


「近くにいるからすぐ戻ってくるぞ」


「そう? じゃあ二度寝はできないかなあ」


 まるで遠足にでも来たみたいな気軽さだ。ハチの件といいウンボーの件といい危険は続いていたが、エーゲルは恐ろしくなったりしないんだろうか。少しだけ彼女の呑気さが羨ましくもある。


「さっきシャルフと、人戻会を潰した後の話をしてたんだ。エーゲルは元いた東ニワナに戻りたいか?」


「んー……アンゴくんたちがいるならどこでもいいけど、街の運営をやれって配下の子たちに怒られちゃいそうだしねえ。来てくれる?」


 エーゲルは困ったように首をかしげつつ苦笑した。俺たちといるのは当然だと思っているらしい。その純粋さがどうにも愛らしい。


「ティンテやシャルフは大丈夫だろうが、俺は街の中に住めるかな……」


「なら近くに家を建てる? わたしは屋敷に住みながらアンゴくんの家に泊まったりするから。通い妻って言うんだっけ、こいういうの」


「女王がそんなでいいのか……」


「大丈夫だよう。いざとなったら配下の子たちは能力で無理やり従わせるし」


「暴政が過ぎる」


 だんだん東ニワナの将来が心配になってきたが、俺が気にすることでもないのか……?


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