⑨ー7 それぞれの戦場 その7
思ってもみなかった返事にシャルフは一瞬硬直したが、すぐ真顔に戻った。ドライエード様の顔をまっすぐ見据え、その真意を探ろうとしている様子だ。
「説明したとおりこの身体は緊急避難用なのです。本体の1000分の1程度しか力を発揮できません」
全員のケガを治せたのに1000分の1なのか……元の力は神話じみてたんだろうな。まあ、だからこそ人戻会に狙われたんだろうけど。
「貴女たちが心配で堪えきれず表に出てきましたが、本当はまだしばらく姿を隠していた方が良かったのです」
「それは……わかりますわ。人戻会にとってドライエード様の力は是非とも抑えておきたいものでしょうし」
「わざわざ人魔の多い大陸に勇者と暗殺者を送り込んできたのも、私を追撃したかったからでしょう。ゼンゼマンは敵ながら聡い男です。あの程度では私は殺せないとわかっているはず」
「でしたらなおさら、わたくしたちと一緒に行動した方が……」
「実は貴女たちを治すために私は力をほとんど使ってしまったのです。回復まではしばらく時間がかかりますし、着いていったところで足手まといになってしまいます。貴女たちの邪魔をする訳にはいきません」
「そう、ですか……」
ドライエード様に言い切られて反論できないままシャルフは天を仰いでいる。頭では理解できているが、感情が追いついていないようだ。
ドライエード様を守りたい気持ちと、俺たちと行動して人戻会を止めたい気持ちを同時に抱えつつも、何を優先して行動すべきかシャルフはよくわかっている。全部わかっているからこそ、何も言えない。
「私のことは心配しないでください。カナンもいますし、こちらの大陸には植物族以外の旧友も多くいます。それから、『哀の勇者』も」
「えっ、ノエルも一緒なのです?」
「貴女は人戻会を裏切った以上、今度はあの者らに狙われる立場ですよ。アンゴ様たちと一緒よりは我々と共にいた方がいくらか安全でしょう」
「でもでも、ここって人魔がいっぱいなのですよね? まだちょっと怖いというか……」
「ふむ。人戻会に戻りたいなら止めはしませんが……」
「うー、それは……」
ノエルは水晶を抱えたままうずくまった。同じ転生者としてこの子のことは心配だが、俺たちに着いてこいとも言いづらいしな……ドライエード様と一緒に身を隠すのが一番安全な気はする。
しばらく考えた後、ノエルはむっくり立ち上がってドライエード様の手を取った。
「人魔は怖いけどあそこよりはマシな気がするのです。それに、ドライエード様は優しいので……」
「ねえアタシはー? アタシとは仲良くしてくれないのー?」
「ヒッ……」
2m以上はあろう高さから覗き込んでくるカナンに、ノエルは思わず悲鳴を上げた。
「こらカナン。あまりからかってはいけませんよ」
「はーい」
ノエルたちは燃えてしまった森から離れ、ドライエード様が隠れていた森に移動していった。
別れる時にシャルフがまた大泣きしていたが、たまには童心に返るのもいいだろう。ドライエード様はそんな彼女を優しく受け止めた後、去っていった。
ノエルもなんだか寂しそうだったが、生きてりゃまた会えるだろうと言うと少し吹っ切れたようだった。
そして俺たちは開けた平原に出て、ひとまず野営の準備をしている。
どうあれ旅を続けねばならないのだ。結局当初の目的の「仲間を増やす」という点については捗っていないが、腐っても仕方ないのだ。
ドライエード様が生きてることはわかったし、カナンもノエルも無事だったし、前向きに行かないとな。
「アンゴ、少しいいかな?」
「ん? どうしたティンテ」
「ずっと顔色が優れないみたいだけど、何かあったのかい? 身体は治っているように見えるが……」
「……大したことじゃねえさ」
自分が「こう」なってしまった原因はわかっていた。でもそれをティンテたちに話すつもりはなかった。人に言っても仕方ないことだからだ。
俺に覚悟が足りなかっただけの話。世界を救うのに犠牲の一つも無く進めようなんて虫のいい態度だしな……
「うおわっ!? 何すんだティンテ!」
俺がニヒルな気分に浸っていると、文字通りティンテに足元を掬われた。触手巻きにされた右足から軽々と釣り上げられ、逆さになった頭に血が昇る。
「私たちはそんなに信用ならないかい?」
「いや、そういう問題じゃなくてだな!」
「言い方を変えよう。友人は頼るべきだとそう思わないか?」
「わかった! わかったから降ろしてくれ! 地面が遠くて怖いんだよ!」
ティンテの触手から解放され、四つん這いで息を整える俺をエーゲルとシャルフが覗き込んできた。
二人ともひどく心配そうな面持ちだ。別にティンテに吊り上げられたことを心配しているわけではないだろう。そんなことは俺にもわかっている。
「人を、殺しちまったんだよ」
誰の顔も見ず、独り言のようにそう呟いた。聞こえなければいいのにと思って、小さな小さな声で嘯いた。
焚き火の爆ぜる音で聞こえていなければいいのに、とつい思ってしまう。
「生きるためなら仕方ないでしょう。それも、今回は正当防衛でしょうし」
まず口火を切ったのはシャルフ。彼女なら気持ちをわかってくれるかも、なんて甘い期待も実は持っていた。
ただ、それだけですぐに割り切れるほど俺も気丈じゃない。
「シャルフの言うことも理屈としてはわかるよ。でもなあ、ウンボーの最期の言葉が耳について離れないんだよ。『人殺し』なんて、元の世界にいた頃も言われなかったキツい罵倒で……」
「でもねアンゴ。キミがウンボーを倒さなきゃもっと多くの人魔が犠牲になっていたんだ。通り魔と英雄は違うよ」
「英雄なんて敵側から見りゃ巨悪でしかないだろうさ。人戻会が悪いのはわかってるけど、それだけで納得できるほど俺も器用じゃないっていうか……」
情けないことだが、シャルフとティンテに慰められながらもウジウジ悩み続けてしまう。
誰からどんな言葉をかけられようと解決しない問題だと頭ではわかっているのだ。理屈じゃなく、俺の心の持ちようの話なのだから。
「うーん……わかった、じゃあこうしようね」
片膝をついて座り込む俺の前にエーゲルが立ちはだかる。
気付けに俺をビンタしてくれるのか、あるいは血を分けて無理やり活性化してくれるのか。
だが身構えた俺に与えられたのは、そんな乱暴なものではなく、もっと甘ったるいものだった。
「んむっ……!?」
エーゲルの唇が俺の口を塞いだ。女性経験の少ない俺には一瞬何が起こったのか理解できなかった。
いや、経験どうこうじゃなくタイミングがおかしいだろ。
「……ぷはっ! いきなり何すんだエーゲル!」
「嫌だったあ?」
「嫌とかじゃなく、目的がわかんねえんだって!」
「落ち込んだ時は肉欲に身を任せるのが一番だって配下の子たちが言ってたからねえ。難しいことはとりあえず忘れよ?」
「なるほど悪くない選択ですわね」
服を軽く着崩したシャルフが迫ってくる。頭がボーッとして彼女を押し返すことができない。されるがままに頬を撫でられている。
不思議なことに、堅物のティンテですら上着を脱ごうとしている。てっきり止めに入ってくれると思っていたので、ますます混乱してしまった。
「ティンテ、お前はそっち側じゃなかったよな……?」
「心境の変化というやつさ。アンゴは私たちが嫌いかい?」
「そういうわけじゃなく、ここ野外だし……」
「構わないだろう。月以外は誰も見ていないさ」
無意味な意地で走って逃げようと思ったが、ティンテの触手に両足を掴まれてはもう動けない。
困惑はあるが怒りは湧いてこないから能力も発動しないし……
逃げることも隠れることもできない俺は、なすすべもなく蹂躙されたのであった。




