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⑨ー3 それぞれの戦場 その3

 重症のカナンとノエルを抱えたまま俺たちは途方に暮れていた。

 エーゲルも目を覚ましたのでティンテが医者のいる集落を探しに行ってくれたのだが、そんな都合よく見つかるだろうか……

 仮に医者がいたとして、俺たちを助けてくれるかは怪しいのだ。この大陸で通貨が使えるかはわからないし……


 ついにノエルの傷口を覆っていた氷が溶け、彼女の脇腹から出血も始まっている。俺の服を裂いて止血はしているが、それ以上の応急処置がわからない。

 エーゲル曰く、このケガだと吸血鬼化は刺激が強すぎてかえって危ないらしい。


 カナンの傷は大半が火傷によるものだった。普通の人間なら表皮の30%が火傷すると命が危ぶまれるらしいが、カナンの火傷はほとんど全身に及んでおり、植物族でなければとっくに死んでいるレベルだろう。

 とりあえず川の水を汲んできてカナンの身体を冷やすようにしているが、こんな処置では時間稼ぎになるかも怪しい。


 やはりティンテかシャルフが戻ってくるのを待つしかないのか

 でもシャルフもずいぶん遅いな……まさか。いやいや、ここでネガティブな妄想を膨らませても仕方ない。 


「アンゴくん……」


「どうしたエーゲル」


「大丈夫かな、二人とも。どんどん息が弱くなって……」


「言うな。下手にしゃべると不安になるからな。とにかく手を動かせ」


「うん……」


 カナンに水をかけ、ノエルの「あて布」を換え、それを繰り返すだけの作業で心の隙間を埋めていく。俺たちが不安になっている場合ではない。まして諦めるなど言語道断。


「アンゴくん……」


「おいエーゲル、しゃべるなって……」


「そうじゃなくて」


 エーゲルの指さす方を見ると、子どもくらいの背丈の人物が近づいてきていた。この大陸にいる以上、人間ではないだろう。それなら人魔か。このタイミングでまさか敵?


 人魔の子どもらしき人物は、まるで見覚えのない面相であった。シャルフと同じ緑色の肌からすると、おそらく植物族だろう。

 隣を見るとエーゲルも不思議そうな顔をしている。知り合いではなさそうだ。


 なのにその子は、俺たちと目が合うとニコリと微笑み、丁寧にお辞儀してみせた。こちらもつられてお辞儀してしまう。

 頭に大きな花冠をつけたその少女は、薄いレースをあしらったドレスのような洋服を着ており、どこかの貴族令嬢のように見える。

 服装だけでなく、所作も年齢不相応に洗練されている。立てば芍薬、座れば牡丹とはよく言ったもので、彼女の雰囲気、仕草、笑い方まですべてが上品な花を想起させる。


 横目でエーゲルの様子を伺うと、彼女も呆気に取られている様子だった。ただ、無意味にボーッとしているわけでもなく、少女の表情から「何か」を読み取れろうとしているように見える。


 何者かわからないが、少なくとも敵ではなさそうだ。しかし只者でない雰囲気に圧倒されてしまう。


 言葉を失う俺たちを前に、少女は小さな口を開いた。


「はじめまして。我が娘のシャルフがお世話になっており恐縮です」


 穏やかな声色。ハープの音色のような、透き通りながらも優しく耳に到達するような声。緊張感を失ってはいけない場面なのに、なぜか肩から荷が降りたような安心感が腹の底から湧いてきた。


 それより、彼女は何て言った? 娘? シャルフの娘ってことか? いや、でも「我が娘」って……


「あっ、どうも……あの、キミは」


「アンゴくん、控えて。正座!」


 少女の返事が来る前になぜかエーゲルから肘打ちを食らった。驚いて言われたとおり正座の姿勢を取ってしまう。釈然としない気持ちが芽生える隙すらなかった。

 隣のエーゲルも同じく土下座の姿勢を見せた。うやうやしく両手を地面に揃え、エーゲルが静かに顔を上げる。


「ご無沙汰しております。吸血鬼の当代女王、エーゲルでございます。母がたいへんお世話になっておりました」


「大きくなりましたね。私もこんな姿ですから、畏まらずとも結構ですよ」


「有り難き幸せ」


 普段の怠惰な様子からは想像もつかないエーゲルのバカ丁寧な姿勢に、我知らずこちらまで固くなってしまう。

 なんとなく少女の正体は予想できてきたが、確認せずにはいられない。


「あの、貴女は……」


「初めましてアンゴ様。植物族の女王、ドライエードと申します」


 ドライエード様は膝をついて俺と目の合う高さまで降りてきてくれる。

 この少女……いや、この女性はどこまで俺のことを見透かしているのだろうか。別世界から来た人間であることは知っているだろうが。


「ドライエード様、ご無事で何よりです。何から説明申し上げたものか、困ったことになっており……」


「詳しいことは後で聞きましょう。まずは我が娘の一人、カナンを癒さねば。それから、勇者の少女も」


 この傷を治せるのか……!? シャルフの自慢話を聞く限り、ドライエード様は人魔の中でもトップクラスに有用な特殊技能を持っているらしいが……


「アンゴ様もケガをしてらっしゃるのですね。少しお待ちいただければ貴方の傷も治りますから、しばしご辛抱願います」


「ドライエード様、それよりシャルフは!? アイツが無事かどうか知りませんか!?」


 失礼なほど激しい剣幕で迫った俺に対し、ドライエード様は柔らかな笑みで応えた。そのまま背伸びをして俺の頭を撫でてくる。

 そのお陰で妙に心が落ち着いたのが、やはり少女らしい姿にそぐわない振る舞いだ。


「やはり貴方はお優しい方ですのね。シャルフが懐くわけです。あの子なら安全な場所で休ませていますよ。近くにいた人戻会の方の亡骸も弔っておきました」


「そうですか……少し安心しました」


「結構なことです。ではカナンたちを診ましょうか」


「この二人を治せるんですか?」


「治癒はできませんが、治療ならできます。わたくしは人間で言う医者のようなものなのですよ。診察から薬の調合、場合によっては手術まですることもあります。今の小さな身体ではできることにも限りはありますが……」


「なるほど……」


 ドライエード様はどこからか取り出した袋の中を探り、いくつか薬瓶を並べ始めた。そして手際よくカナンの身体に軟膏のような薬を塗っていく。

 この世界のシビアさから想像はしていたが、やっぱり治癒魔法みたいなものはないか。以前見たミヤビの治癒祈祷も相当消耗してたし、便利魔法なんて都合のいいものは存在しないんだな……


「カナンは大丈夫そうですか?」


「ええ、植物族の自己治癒力なら数週間もすれば完治するでしょう。存外、勇者の少女の方が危ないのかもしれません」


「そんな……ノエルは悪い奴じゃないんです。人戻会に利用されてただけで」


「ご心配なく。私にできる限りの尽力はいたします。あとは本人の『生きたい』という意志の力次第ですが……」


 植物の蔓を器用に操り、縫合手術らしき手順を踏んでいくドライエード様。俺とエーゲルは固唾を呑んでその背を見つめ続けた。


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