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⑧ー9 最強の勇者 その9

「大義には、その……犠牲を伴うものですから……」


 ウンボーはボソボソと卑屈な声で弁解を始めた。反論されるのを想定していなかったのだろう。どうにも情けないオッサンだ。


「娘がいたんだよな? いくつだ? 少女を刺した罪悪感とかないのか?」


「罪は罪ですが、我らの神は行いを赦してくれるはずで……」


「違うだろ。許すかどうか決めるのは神じゃなくて被害者だ。お前らにそんな権利はねえよ」


 それにしても神、か。ゼンゼマンも神様がどうとか言ってたような言ってなかったような。

 コイツらやっぱり宗教団体なのか? その割には戒律とか重視せずに私怨で動いてるだけに見えるのだが。


「なあノエル、コイツやっぱりどうしようもねえよ。一発殴って……」


 ノエルの意見を聞こうと振り返ると、彼女は脇腹を押さえて膝立ちになり、浅い呼吸を繰り返していた。顔色もひどく青白い。

 応急措置をしていたとはいえ、傷自体は治っていないのだ。ちゃんとした治療を受けさせないと。


「おい大丈夫か!? とにかく森を抜けて……誰か、治療できる人を探さないと!」


 あたふたとしているうちに、ノエルの氷の力がどんどん弱まってきた。パキパキと氷を割る音まで聞こえてくる。まさかウンボーの野郎、これ幸いと逃げ出そうって腹積もりか。


「逃がすかよ……!」


 とっさに落ちていたつららを掴む。尖った穂先でデタラメにウンボーのいる辺りを貫いてやった。当たらずとも、これで奴の動きを止めることができれば。


「ぎゃっ」


 短い悲鳴の後、何もないはずの空間から血がドロリと垂れてきた。闇雲に刺した割にはうまく命中したものだ。

 いや……うまく刺さりすぎたのかもしれない。今度は目の前の地面に血の水溜まりができてしまった。おそらくウンボーは刺された後に倒れ、そのまま動けなくなってしまったのだろう。


「お、おい……なんだよ大げさだな……」


 いつもかぶっている頭巾を破り、ウンボーの傷口あたりにあてがう。コイツが透明なせいでどこが傷口かわからず止血がしづらい。

 クソッ……そこまでやるつもりはなかったんだ。逃がさないよう足を止めたかっただけで、俺は、俺は……


「ひ、ひ、し……」


 震えた声でウンボーが何か訴えようとしてくる。乱れた息遣いのせいで内容が聞き取れない。


「なんだ? ハッキリ言ってくれ!」


「人殺し……」


 その言葉を最後に、ウンボーの息遣いすら聞こえなくなった。止血すればまだ生きてるのか? 応急処置のやり方なんて知らないんだが!

 これ、俺が、やったってことだよな。「未必の故意」とかいうんだっけ。いや、でも俺は、殺すつもりなんて……そんな、つもりは。


 血が冷える。手が震える。汗と浅い呼吸が止まらない。俺が、この手で……


 自分の手の甲に雫が落ちるにいたって、ようやく自分が泣いていることに気がついた。わけがわからない。そりゃウンボーは敵で、人戻会は悪で、俺のやった行為は結果として誰かの命を救ったのかもしれないが、それでも。

 そうだ、ウンボーはノエルを刺したし、カナンの森を焼いて彼女を追い詰めたのだから、その報いを受けただけで……

 どうにか必死で自己正当化を図るが、ウンボーが最期に残した言葉が頭から離れない。


 嫌なあたたかみの残る手のひらを見ると真っ赤な血がこびりついていた。拭っても、拭っても、固まった血が取れない。川も海もないこんな場所で、水に流すことなんてできないのだ。


 誰か俺を裁いてくれ。誰でもいい。俺は、生まれてはじめて取り返しのつかない罪を犯してしまったのだ。誰か、誰か……


 助けを求める目で辺りを見回すと、うずくまるノエルの姿が見えた。

 ……そうだ。ウジウジしている場合じゃない。今ならまだ間に合うはず。救える命があるのだ。罪滅ぼしのつもりじゃないが、今の俺にはやるべきことがあるだろう。悔やむのは後になってからでいい。


 高価な陶器を持ち上げる手つきでノエルを抱えると、彼女の身体は思っていたよりずっと軽く感じた。

 こんな小さな身体で色んなものを抱えて……やはり何とかして助けてやらないと。


 ただ、俺のショボい体力じゃ人を二人も抱えて走るのは無理だ。だからウンボーを背負っていくことはできない。

 それに、あの出血量じゃ長くは生きられないだろう。血溜まりのプールができているのだ。刺しどころが非常に悪かったのだろう。もしかしたら、背中から心臓に達したとか……


 考え始めるとまた泥沼にハマりそうだ。必死に頭を振って、膨らんでくる罪悪感を追い出そうと試みる。

 今は走れ、とにかく走れ、ノエルを仲間のところまで連れていかねば。


 ティンテが何かいい治療法を知ってるかもしれない。あるいはエーゲルの吸血鬼の力で何とかできるかも。


 シャルフのことも気がかりなのだ。一人で危ない奴と戦って、無傷ってこともあるまい。前回と違って敵は本気で戦うつもりかもしれないし。


 抱えたノエルは暑くもないはずなのに嫌な汗をかいている。呼吸も浅く、見ているこちらまで苦しくなってくるほどだ。


 不幸中の幸いというか、燃えている方向と逆へ向かえばとりあえず森から脱出はできるはず。

 そこで狼煙でも上げればティンテやシャルフも気づいてくれるだろう。


 ああ、身体が重い。吸血鬼の力が切れた後にこんな走ることになろうとは。普段以上に息切れがひどいように思える。

 足の裏が痛い。転生してきた時の靴はとっくに壊れていて今は足袋を履いているが、慣れていないせいかやけに痛いんだよな……

 だからといって泣き言はナシだ。誰かの助けを待っていても救われることなんてない。道は自らの手で切り開いていくしかないのだ。


 ノエルの身体はやけに冷たい。彼女の能力のせいか、あるいは……いや、余計なことを考えるな。まだ息はあるし、傷口の氷だって溶けてはいないのだ。

 医者じゃない俺にできることは愚直な運搬だけで……


 嫌な想像と焦りを振り払いつつ走り続けると、ようやく森の出口が見えてきた。

 暗いし遠いしで見えにくいが、ティンテらしきシルエットも見えてきた。彼女の目立つ身体はこういう時にありがたい。


 ホッとして涙が出そうになったが、まだ安心はできない。ここまで予想外の連続だったし彼女らだって無事かどうか。


「おーい、ティンテ!」


 遠くのティンテまで聞こえる声を張り上げると、彼女は触手の一本を持ち上げてこちらに応えた。ひとまず大事はなさそうか……?


「アンゴ……」


 近づくと、へたりこんだティンテは涙目でこちらを見上げた。エーゲルはまだ起きていないらしい。

 そして、傷だらけのカナンは……


「息がほとんど無いんだ。人里を探している猶予はないし、そもそもカナンを連れ歩いて無理に体力を消耗させるのも……」


「シャルフなら植物族の治療法を知ってるかもだが、アイツは?」


「まだ戦ってるのかもしれない。探しに行きたいのだけれど、カナンとエーゲルを置いていくわけにもいかないしね」


「そうか……」


 ひとまずティンテと合流できたものの、事態はそう簡単には好転していかないようだ。くそっ、ノエルだって危ない容態だってのにカナンはもっと重症ときたか……


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