⑧ー8 最強の勇者 その8
地面に霜が降り積もっていくなか、明らかに不自然な形で盛り上がっている箇所がある。そこには白い歪な山が形成されていた。
透明人間が霜に覆われるとあんな風になるのか、と妙に感心してしまった。
おおかた最初の氷敷設で足を取られたのだろう。以前魔女の婆さんを襲ってきた時も思ったが、どうにも間抜けな奴だ。
とはいえ、その間抜けに出し抜かれそうになったのだ。シャルフも言っていたが、能力自体は恐ろしい。ノエルが俺を信じてくれなかったら下手すりゃ死んでたしな。
さて、ようやく人戻会の会員を捕まえることができたのだ。じっくり尋問してやりたいところ。
まあ、重要な情報を簡単に吐くとは思えないが……やるだけやってみるか。
「アンゴさんの言った通りなのです……あれ、人が埋まってますよね」
「ああ、おそらくお前を刺した奴だ。一発殴っとくか?」
「一応、弁解を聞いてからにするのです」
「そうか。ノエルはビビリだが良い奴だな。勇者らしくないって言ったの取り消すよ」
「別に……人を殴ったことがなくて勇気ないだけなのです」
ノエルと話しながら透明人間のところに近づくと、だんだん歯をガチガチ震わせる音が聞こえてきた。おそらくコイツには衣服を透明化する能力はなく、今は全裸なのだろう。そりゃ寒いに決まってる。
以前魔女の婆さんに毒を吹きかけられた時も、地肌に食らったせいであんなに悶えていたのだろう。便利な能力に見えて意外と弱点も多いものだ。
「おい、話せるか?」
「ヒィ……寒い寒い! やめてくれ、凍え死んじまうよ! 刺したのは謝る! 謝るからよぉ!」
「だとよノエル。許すか?」
「うーん……言葉が軽いのです。もう少し保留で」
「か、勘弁してくれぇ!」
情けない悲鳴が上がる。強力なスキルに似合わずやたら小心者らしい。むしろ、この臆病な性格だからこそ透明化という逃げに徹したスキルを持ってるのか? どういった方法で透明人間になったのか知らんが。
透明化能力を解除してくれないせいで顔はハッキリわからないが、声や体格からすると小太りのオッサンってところか。全裸の太ったオッサン……姿が見えなくて良かったかもしれない。
「お前らの人戻会の目的とか、色々聞けたら解放してやってもいい。条件付きでな」
「話す! 話すよぉ!」
「嘘をついたら潰すぞ」
「潰すって……! な、何を……!?」
「何って……ナニだよ」
「ヒイィ!」
正直そこまで非道なことをするつもりはなかったが、こういった手合いは過剰に脅すくらいが効果的だろう。
「何でも話します! 何でも話しますから!」
「なら答えてもらおう。お前ら人戻会の目的は人魔を絶滅させることで間違いないな?」
「そうです……」
「どうやって滅ぼすつもりなんだ? ゼンゼマンのことだから遠大な計画があるんだろ」
「詳しいことは……私は命じられた通りに動いているだけで……それより寒くて仕方ありません、せめてこの雪風を止めていただけないでしょうか」
姿は見えないがオッサンが媚びるような目線をこちらに向けてきているのは肌で感じた。
全裸で地面に這いつくばるオッサンは想像するだに無惨ではある。
「よし、ノエル風を強めてやれ」
「えっ? う、うん……」
ノエルは困惑した表情を浮かべつつも、透明オッサンの願いとは逆の指示を出した俺に従ってくれた。
拷問における「飴と鞭」は鞭の割合が多すぎるくらいでちょうどいい、とはシャルフに習った作法だ。
「ひいぃ……血も涙もない……」
「早く答えれば早く済むことだ。お前がウンボーなのか? 仲間はどのくらいいるんだ?」
「私がウンボーでございます……仲間はピエホと二人で来ました。大人数でこちらの大陸に渡ることはできませんで……それより寒くて私は気を失いそうです」
「それは気付けに殴ってほしいって意味か?」
「ひいぃ、滅相もない……」
大げさにメソメソ泣くオッサンはこちらの同情を誘っているつもりなのだろうか。人戻会に散々煮え湯を飲まされた俺が、そんな程度で手加減するわけないのだが。
「お前はどうやってその能力を手に入れたんだ?」
「難しいことではありません……卑しい人魔の力を奪っただけでございます」
「力を、奪う? どうやって?」
「食うのです」
食う? 人魔の肉を食らうってことか? いや……さすがに聞き間違いだろう。言葉が通じるうえ、人間に似た容姿の人魔を食うだなんて、そんなのほとんど人肉食と変わらないだろ。
いくらなんでもグロテスクすぎる。人戻会がイッちゃってる組織とはいえ、そこまでいったらもう人間じゃなくて化け物の振る舞いだ。
「まるでお前が人魔を食べたことみたいに聞こえたが……俺の勘違いだよな?」
「いいえ、空耳ではございません。我々は人魔の死骸を貪ることにより、おぞましき力を手に入れたのです」
「うぷっ……」
あまりにもグロテスクな告白に、ノエルは思わず口元を押さえた。食事風景を想像をしてしまったせいで、俺まで胸焼けがしてきた。
「お前、そんなことして罪悪感はないのか!?」
「何を恥じることがありましょう。人魔には人間を食らう者がありますから、やり返しただけの話です」
「だからってお前……」
「力なき弱者が強者に抵抗するには手段を選んでいられません。あなた方にはわからんでしょうが」
「人魔と争わなきゃいいだけの話だろうが……!」
「あなたは本気で化け物と融和できるとお考えですか? もしもあなたに人の心が残っているのなら、どうか我々被害者を責めないでもらいたい」
うずくまったまま滔々と語るウンボーを眺めていると、頭がクラクラしてきた。価値観が違いすぎる。いや、立場が違うのか? あるいは背景か。
「人間同士ですらこうしてわかりあえないのだ、まして人魔相手に」とウンボーが口に出すまでもなく、俺の頭の中で自説への反論が生まれていた。
人戻会とわかりあえないことには薄々気づいていたが、こうして目の前に現実を突きつけられるとやはり心が乱される。
「あの、その……ひ、被害って、何なのです?」
呆然と立ち尽くす俺に代わりノエルが口を開いた。彼女にも思うところはあったのだろう。
「妻と娘を失いました。許されることではありません……忘れもしない、あれは月も陰り光の差さない夜のことでした……」
俺たちは固唾を呑んでウンボーの話に聞き入る……つもりだったが、突如頭にタライのような特大の疑問が降ってきた。
それを解消しないことには独白を聞くどころじゃない。
「オイオイ待てテメェ。自分語りに入ろうとしてるけど、お前ノエルのこと刺したよな? 人魔が憎いだけならどうして人間のノエルを刺したんだよ」
「そ、それは……」




