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⑧ー7 最強の勇者 その7

 ノエルの血が噴き出したのは一瞬で、彼女の氷操作によって即座に傷口は塞がれた。しかし出血が止まったとはいえ脇腹に風穴が空いたのは事実で、その痛みは並大抵のものじゃないだろう。


「だ、大丈夫かノエル!?」


「……ない」


「え?」


「許さない、許さない、許さない……!」


 脇腹を押さえたままこちらを睨むノエル。その背後には針がびっしりで覆われた氷塊が無数に形成されていた。


 まずい。俺がノエルを刺した犯人だと思われているようだ。客観的に見れば俺以外に容疑者はいないのだから当たり前なのだが。

 俺の「恐怖の大王」には直接身体を害する機能なんてないのだが、それを言って信じてもらえる状況じゃない。


 もうここは逃げるしかないか。考える前に俺の身体は走り出していた。


 困惑、焦燥、怖気、色んな感情がゴチャゴチャに混ざりあって怒るどころではないし、俺の能力は使えない。つくづく不便な能力だな、クソ……


 ここが森であったのが幸いして、ノエルの作ったトゲ弾のほとんど木に遮られている。しかし量が多すぎるせいか、すべてを避けられるわけではなく。


「ぐうっ……!」


 トゲ弾の一つが俺の背中に直撃した。その尖った針が俺の肌を容赦なくなぶる。そもそも氷のような硬い塊をぶつけられるだけでも痛いのに、おまけでトゲまでついてるなんて……


「死んでください、死んで、死ね……!」


 ノエルの猛追は留まることを知らない。彼女の憎悪がこもった弾丸は葉を切り裂き枝をなぎ倒し、俺の背中を射抜かんと次々に襲い来る。


 ただ、それでも俺は、ノエルに対して怒りをぶつけることはできなかった。

 俺よりずっと不幸な彼女に対する同情がどうしても拭えない。わけのわからない異世界に転生して、頭のおかしいカルト団体に利用され、やっと出会えた話の通じる大人には裏切られた。

 思春期の彼女にとって、それはどれほどの絶望だったろう。身体の痛みも相まって、まともに思考できない状態のはずだ。


 そんな状況で、俺にできることは。


「何のつもりです?」


 ノエルの周りに浮かぶ氷塊がピタリと動きを止めた。振り返って両手を挙げた俺を見て、さすがに思うところがあったか。

 怒り狂う彼女にもまだ冷静な部分はあったようだ。そこに賭けてみてよかった。


「降参なのですか? ずいぶん早いようですが」


「似たようなものだ。俺には君と争う理由が無い」


「人を刺しておいて何を……!」


 トゲに覆われた氷塊が俺の腹をえぐる。痛みで胃から苦い汁が込み上げてきた。もちろん一発で済むはずがなく、二発、三発と重たいやつが次々に叩き込まれる。気を抜くと意識が持っていかれそうだ。


「ぐっ……ぐうぅ……」


「苦しいならなんで反撃しないのです!」


「お前を、刺したのは、俺じゃない……信じて、ほしい……」


「嘘だっ!」


 叫び声とともに、バスケットボール大のデカい氷塊が俺の腹に叩き込まれた。しかも、その塊に詰まっているのは空気ではなく相当の重さを持った氷だ。鉄球を腹に打ちつけられたかのような容赦ない痛みが襲ってくる。

 いよいよ耐えれきれなくなってその場に吐いてしまった。せめて、せめて話せるだけの体力は残しておきたいが。


「ゲホッ……カヒュー……」


「ノエルから逃げられないと悟って、開き直ったのですね。騙されないのです、ノエルはそこまでバカじゃないのです」


「なあ……ノエル……」


「何なのです? 言い訳は聞きたくないのです!」


「お前、脇腹大丈夫か? 痛かったろう……庇ってやれなくて、ごめんな」


 ノエルの固く結ばれていた口元が解けていく。そのだらしなく開いた口を見るに、俺を許したというよりは困惑しているだけのようだ。


「い、意味がわからないのです。おじさんの方がボロボロなのに、人の心配とか。それも攻撃してきたノエルの心配をするなんて……」


「異世界で、変な組織に脅されて、辛かっただろ……そのうえそんなケガまで……中学生なんざ俺から見たら子どもだ。俺みたいなオッサンが守ってやらなきゃダメだったのに……」


 これはノエルに対する俺の正直な気持ちだった。この子が勇者の中で一番幼いのだ。精神面だって脆くて当然。

 身体中すげえ痛いけど、今にも泣き出したいけど、パニックになっただけのノエルを責める気にはなれなかった。

 恨むならノエルを刺した奴を恨むべきだとわかっている。腐っても大人なんだよ、俺だって。


「あの、アンゴさん……」


 まっすぐ立っていられず片膝立ちになった俺のところへ、おずおずとノエルが近づいてくる。

 まだ彼女の周りには氷塊が浮かんでおり、完全に俺への警戒をやめたわけではなさそうだ。

 それで十分。簡単に人を信じてはいけない。


「あの、もし、勘違いなら、ノエルは取り返しのつかないことを……」


「気にすんな。俺を疑うのは仕方ない。怖いだろ、なんたって恐怖の大王だからな」


「くふっ……じ、自分で言うことじゃないと思うのです……」


 やっと笑顔を見せてくれたノエル。まだ脇腹が痛むのか、少し歪な笑顔ではあったが、それでも和らいだ表情にホッとした。


 しかしほっこりしている場合ではない。まだ終わってはいないのだ。ノエルの能力をうまく使って、「炙り出し」を行わないと。


「いいかノエル、耳を貸してくれ」


「む……ご用なのですか」


 おそるおそるこちらに耳を差し向けてくれるノエル。女子中学生に耳打ちするオッサンというのは法的にギリギリな絵面だが、そうも言ってられない。


「いいか……まずはだな」


 丁寧に手順を説明する。単純なやり方に絞ったつもりだが、失敗は許されないのだ。逃げられたら終わりなのだから。


 俺から離れた瞬間、ノエルは地面全体に薄く氷を張った。その範囲は俺が思ってた以上に広く、視認できる範囲すべてがスケートリンクのように氷の床で覆われた。

 この子、やっぱり勇者の中でも最強なんじゃねえのか……? 他の勇者と比べても応用が利きすぎるし、まさにチート能力だ。


 次にノエルが水晶を宙に掲げると、そこから氷の吹雪が舞い始めた。吹雪を起こすなんてできるかどうか、といった表情だったくせに想定以上の出来だ。

 蒸し暑かった森の中だというのにまるで雪国のようにどんどん景色が白く染まっていく。

 幻想的な光景ではあるが、白銀に見とれている場合ではない。目を皿にして「元凶」を探さないと。


 周囲をぐるりと見渡すと、意外にもその姿はすぐに見つかった。


 俺の思惑通り、ノエルを襲った犯人の姿が朧気ながら浮かび上がってきたのだ。


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