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⑧ー5 最強の勇者 その5

「アンゴ!?」


 俺が足を止めて雪女どもに向き直ると、ティンテも驚いて足を止めた。氷のつぶてがぶつけられないようカナンとエーゲルを守ってくれている。


「先に逃げてくれティンテ! そのままじゃ戦えないだろ」


「しかしそれは!」


「俺もヤバけりゃ逃げるから! 共倒れだけは避けよう!」


「すまないっ……!」


 再び走り出したティンテ。氷のつぶてを処理しながらだとその背もほとんど見ることはできなかったが、それも仕方ない。今生の別れにしないよう、気張らねえとな。


 さて、どうするか……試したことないけど、俺はいま吸血鬼なわけだし雪女の血を吸えばエネルギーを奪えるんじゃないか? やってみる価値はあるか。


 次々に飛んでくる氷のつぶてをかわしながら、雪女の一体にしがみつく。その全身は生物とは思えないほど冷たかった。

 死体の温度というより、もはや氷そのものだ。しかも女の身体とは思えないほどに固い。

 だが、そんなことでビビっている場合ではないのだ。


 思い切って雪女の白い肩にかぶりつく。エーゲルに散々吸われてるから、やり方なら直感的に覚えているのだ。

 冷たかろうが固かろうが肌は肌だ。エーゲル譲りの強靭な牙なら貫けるはず。


 しかし見込みは外れ、雪女から血を吸うことは叶わなかった。いや……この雪女もどきには元々血なんて通っていなかったのだ。


 俺が噛みついた雪女、その肩はバキン! という音とともに砕け散ったのだった。

 氷みたいな身体だとは思っていたが、まさか氷そのものだったなんて。


 まさか、と思い手近にいた雪女を二、三人ぶん殴ってみるとどいつもこいつも音を立てて派手に砕けた。思っていたより脆いな……氷だから当たり前なんだろうけど。

 俺の能力がコイツらに通じなかったのも当然なのだ。氷でできた人形に感情を揺さぶるスキルなんて通じるわけがない。


 この調子で雪女どもを砕きまくれば俺の勝ちだ。もう吸血鬼でいられる時間は残り少ないが、この数ならギリギリ間に合うはず……


 砕く、壊す、割る、破る。もちろん相手だって反撃をしてくるから氷のつぶてはかなり食らったが、攻撃の手を緩めるわけにはいかない。

 殴る、蹴る、噛みつく、ぶつかる。あらゆる手段を駆使して最速で雪女どもを叩き割っていく。


 この雪女どもは人形だけあって単調な動きしかできないこともわかった。正体がわかれば恐るるに足らず。瞬く間に雪女どもの数が減っていく……はずなのだが。


「なんか……逆に増えてねえか?」


 おかしい。どう考えても雪女の数が増えていってる。20体か30体ぐらいは壊したはずだから、目に見えて減ってないとおかしいのに何故増えるのか。

 でも壊した破片から分裂するプラナリア方式の増え方じゃない。破片はただの氷として溶けていってるし、新たに生み出されてるとしか思えない。


 まさか自動で増えるとか? いや……この世界はチートだらけだが能力に何かしらの制限があるはず。

 考えろ……俺は何か見落としているはずだ。


 いくら氷だからって、無から増えるようなことはないはず。大気中の水分を凍らせているのなら、冷やすための装置が無いとおかしい。

 増殖炉が近くにあるのだろうか。魔法陣のような術式とか、あるいは……


 雪女の奥にそれらしき物体は見えない。それなら……上か!


 木の上に飛び上がってみると「ひっ」と小さく上擦った声が聞こえた。

 やっぱり上に隠れてやがったか。氷を操る人魔か、あるいは。


「ひえぇ……来ないでほしいのです……」


 木の上に隠れていたのは、紺色の上衣に絞った袴を着た少女だった。忍者のような装いだ。顔は半分隠れているが、エリスよりは少し年上に見える。中学生ぐらいの女の子だろうか。

 強力な能力に見合わない、やけにオドオドした態度だ。水晶のようなものを抱えながらひたすら震えている。


「ふざけんなよ、なんで襲っ……ぐあぁ!?」


「ぴっ!?」


 まずい! このタイミングで吸血鬼モードが切れた。全身が痛い! 反動で全身の筋肉がズタズタになったよう苦痛が襲ってくる。

 必死で木にしがみついて落ちないようにするのがやっとだ。


「うがあああああああ!! い、いた、痛い痛い痛い!」


「なんですか……! 怖いのですが……なんで叫んでるのですか……!」


 俺の意味不明な挙動に忍者少女はすっかり怯えきっていた。そりゃそうだ。自分を襲いに来たはずの敵が、突然苦痛に顔を歪ませ呻いているのだから。傍目から見ればホラーそのものだろう。

 それはそうと痛い! 油断すると木から落っこちてしまいそうだ。痛みの波が次々襲い来るせいで声を抑えられない。


「ぐっ! うぅ……があっ!!」


「ひっ……何なのです……それ怖いからやめてくださいです……!」


「ギっ……ギギ……ぐわあっ!」


「ひぃ……この人、雰囲気も怖いですし……うぅ……」


 ブルブル震える少女。この子が何者なのかは気になるところだが、今の俺には会話できる余裕がないのだ。

 まずは逃げないよう忍者少女を捕らえるべきだと頭ではわかってはいるのだが……痛い。飛んだり跳ねたりしすぎたせいか股関節の筋肉が断裂してそうな気配がする。







「もうやだぁ……なんでこんな目に……」


 なぜか忍者少女は逃げ出さず、元いた木にしがみついている。クリクリした目がコアラの子どもみたいだ。

 痛みもだんだん落ち着いてきたので、とりあえず会話ぐらいはできるのだが……なんでアイツ動かないんだろ。気になって仕方ない。


「敵の俺が言うのも変なんだが、逃げなくていいのかお前」


「降りれなくなったのです。調子に乗って高くまで登りすぎたのです……助けてほしい……」


「そうか、奇遇だな。俺も降りれなくて困ってるところだ」


「えぇ……」


 忍者少女は呆れたように顔を顰めたが、お前にだけは呆れられたくない。だいたいなんだその忍者装束は。数メートルの木すら降りれないなんて、ただのコスプレじゃねえか。


 色々ツッコミどころはあるが、まず相手の素性を知りたい。正直に答えてくれるかはわからんが……


「それでお前は何者なんだ。人戻会なんだろ? まさかピエロ野郎の言ってた『ウンボー』か?」


「違うのです。人戻会の人たちには無理やりコキ使われてただけで……」


「ならお前は人魔なのか?」


「人魔でもないのです……ノエルはノエルなのです」


「意味がわからん! ならお前は何なんだよ!」


「ふえぇ……」


 ノエル、と名乗った忍者少女は泣きそうな顔でプルプルと震えている。俺と目が合った瞬間バッと目を逸らし、意味もなく両親指を弄び始めた。

 俺の能力が怖いとか以前に、そもそもすげー人見知りなんじゃないか。


 しかしこの子、人戻会でも人魔でもないだと? あんな強力な能力を持ってるのに? まさかとは思うがコイツ……


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