⑧ー4 最強の勇者 その4
「カナン……! しっかりしろカナン!」
触手でカナンの身体全体を受け止めたティンテが叫ぶ。一方俺とエーゲルは周囲を警戒するが、夜の森では敵の姿を見定めることはできない。エーゲルには何か見えているのだろうか。
「なあ、エーゲル……」
「うーん、なんだろアレ。人魔、かな。でもあの周りに浮いてるものは何なのかな」
「何か見えてるのか!?」
「見えてはいるんだけど……なんだろ、わかんないなあ。あっ、どんどん近づいてくる!」
エーゲルが叫んだ後、ようやく俺も人影を認めることができた。ちょうど月明かりの射す場所にその人物が足を踏み入れたのだ。
若く、髪の長い女。幽霊みたいな白い着物を着ているが……それより気になるのは彼女の周りに浮遊する物体。夜目が利くエーゲルですら判別できなかった、半透明な物体。
なんか……ああいう妖怪知ってるぞ。でもここは雪山じゃないし、こんなところに棲息してるか?
「誰だ!?」
こちらが叫べど返事は無い。この距離で聞こえなかった、ってことは有り得ないだろう。
言葉が通じなかったとか? それもないか。異世界なのにどこでも日本語通じるもんな、この世界……
ってことは無視されてる? 雪女の人魔っぽいけど不躾な奴だな。カナンを襲ったのもアイツに違いない。
「オイお前! 両手を挙げてそこに立ち止まれ! それ以上近づくと容赦しねえぞ!」
……やはり無視。人影は不気味なくらい黙々と近づいてくる。
その薄気味悪さのせいか、はたまた俺の能力を受けてか、エーゲルは怯え始めてる。ティンテもカナンを抱えたまま息も荒く前方を睨んでいる。
もう戦う準備をしておくべきか? 吸血鬼モードは反動が辛いが、四の五の言ってられない。
……いや待てよ。なんで「無視できる」んだ?
「恐怖の大王」は十全に発揮されているはずだ。相手の姿だって見えてるし、もっと距離がある相手にも効果がある能力なのに……
とっくに俺の能力を食らって発狂するなりその場にうずまくるなりにしていないとおかしい。
まさかとは思うが、俺の能力が全然効いてないってことか?
ついに俺たちの眼前に現れた雪女。ゾッとするほど冷たい視線、その無感情な色は動物というより昆虫を思わせる雰囲気だ。雪女だけあって美人ではあるが、どこかマネキンめいているというか、こちらを対等な人間扱いしているとは到底思えない。
固唾を呑んで雪女の動向を眺めていると、彼女はふいに人差し指を掲げ、こちらにそれを向けた。
その途端、雪女の周りに浮いていた物質がこちらに勢いよく射出された!
ティンテの触手がそれらを弾き飛ばす。物体の接触音を聞く限り、どうもかなり硬いもののようだ。
砕けた破片を拾ってみて、ようやくその正体に気づくことができた。
これ、もしかして氷か……それも尖った「つつら」だ。やっぱり雪女なのか。おとぎ話に出てきたイメージと違って好戦的すぎる気はするが。
ティンテもすべての氷塊は受けきれず、ところどころダメージを負っている。そりゃ石つぶてを浴びせられてるようなもんだしな……カナンがボロボロになった理由もわかった。
クソッ……! 俺たちも様子見してる場合じゃない! エーゲルもそれを悟ったのだろう、もう彼女は俺の首筋に牙を突き立てていた。
吸血鬼モードになった俺が雪女に飛びかかると、意外にもあっさりその身体を組み敷くことができた。
「待てよ! なんで俺たちを襲うんだ!」
返事は無い。その虚ろな目にはまるで俺が映っていないかのようだ。妖怪というか無機物にすら思えてくる。
俺の能力は微塵も効いていないようだが、ここまで感情を殺せるものか?
それにコイツ、とんでもなく冷たい身体してんな……まるで氷を触ってるみたいだ。なんなら、俺の体温で溶けてしまいそうなくらいで。
……っていうか本当に溶けてないかコイツ。俺の手が湿ってきてるんだが。
「アンゴ! 危ない後ろ!」
「えっ?」
ガンッ、と後頭部に鈍い衝撃。一瞬何が起きたわからなかったが、振り向いた瞬間何をされたか判別できた。俺の頭より大きな氷塊が転がっていたのだ。
吸血鬼モードじゃなきゃ死んでたんじゃねえか、これ。それに、捕まった状態でどうやって攻撃を……!?
「アンゴ、逃げよう」
「待てよティンテ、数じゃこっちが有利なんだ。このまま……」
「数の優位が崩れたんだよ……!」
組み敷いた雪女に集中していたせいで、顔を上げるのを疎かにしてしまっていた。
だから気づくのに遅れたのだ。大量の雪女がこちらに迫ってきていることに。
「いやいやいや嘘だろ!?」
「夢であってほしいね、まったく!」
何十人いるんだかわからない雪女がどんどんこちらに迫ってきている。同種の人魔が大量にいるのか? それとも分身能力とか?
わからない。何もわからないがとにかく不気味だ。昔観た映画のワンシーンを思い出す。なんだっけあれ、クローン人間がいっぱい行進してくるやつ……!
「やべえ死ぬ死ぬ、これ死ぬって!」
「脚を止めたら終わりだね。気張ろうアンゴ!」
ひたすら氷のつぶてを飛ばしてくる数十人の雪女たち。一発や二発なら耐えられても、連続で食らったらオシマイだろう。
俺たちにはもう走って逃げる以外の選択肢が思いつかなかった。
目的のカナンは見つかったのだ。無理に戦う必要はない。というかあんな大量の敵と真面目に戦ってたら勝てる気がしない。
「人魔ってさあ! 数も少ないし群れるのも例外なんじゃねえのか!」
「そうだよ! だから意味がわからないんだ。そもそも雪女の人魔なんて聞いたこともないし……」
「顔も体格も全部同じで、まるでクローンじゃねえかよ!」
「クローン?」
「複製って意味だよ! コピーとか大量生産ってこと!」
「そうか、複製……でもそんなことが人魔に可能なのか……?」
ティンテはカナンを担いで走りつつ、ブツブツと呟いている。まさか俺の想像が及んでないだけで、この世界にはクローン的な技術があるのか? 俺の元いた世界ならネズミのクローンぐらいならあったけど、この世界がそれより技術的に進んでるとは思えないし。
しかしあの雪女ども、なかなか走るペースが落ちねえな。息切れすらしてる気配がない。あれ本当に生き物なのか?
このまま無駄に時間が過ぎれば、俺も吸血鬼モード切れて役たたずになるんだよな……もしティンテ一人しか戦えない状態で捕まったら、それこそ本当の終わりだ。
むしろ腹をくくって今戦った方がいいのか……?




