⑧ー2 最強の勇者 その2
「カナン、しばらくこの森に身を寄せても構わないでしょうか」
「別にいいけどー……見返りは? 一人くらい食べてもいい?」
「ふざけるのもいい加減になさい」
「へへっ、怖いなあシャルフは。冗談冗談。そこら辺の獣狩ってきてくれたらいいよー」
カナンは穏やかそうな顔つきとは裏腹に不穏な発言を繰り出してくる。この大陸の人魔はヤバい奴しかいないのだろうか……
まあ俺たちが元いたナイキー大陸に危ない奴がいたら追放されてそうだから、こっちの大陸に住むしかないのか。
俺の不安そうな表情を読み取ったのか、シャルフが俺の両手を包んだ。
「ご心配なく、アンゴ様。カナンはわたくしには逆らえませんので」
「何か弱みでも握ってるのか?」
「いえ、わたくしの針と彼女の身体は相性が最悪ですから。ティンテ様のような馬力重視の方ではあのウツボカズラは破れませんが、鋭利な武器を持つ者なら十分対抗できます」
「そ、そうか……」
理屈は飲み込めたが、そうなるとカナンは別に味方ってわけでもないのか。シャルフが「友人」ではなく「知り合い」を紹介すると言った理由がわかった気がする。
「あっ、でもー。タコちゃんの脚は一本ぐらい分けてほしいかも。ね? いいよね?」
「ヒッ」
さっきの出来事がトラウマになったのか、ティンテの大きな身体は小さく縮こまって震えている。捕食されかかった時の甘い蜜の香りがティンテの髪から漂ってきた。
「おいおい、物騒な奴だな」
「そっちの怖いお兄さんはお断りー。お腹壊しそうだもん」
「あ……?」
ついイラッとしてしまい能力が漏れてしまったのだろう、元々怯えていたティンテがさらに上擦った声をあげた。
さすがのカナンも、ヘラヘラした態度は崩さないものの警戒を強めたようだ。ウツボカズラの蓋が開いて臨戦態勢だ。
「あまりアンゴ様をからかわない方がよろしいかと。貴女が気絶している間に火をつけられたらひとたまりもないでしょう」
「もー、弱点言わないでよ。かよわいウツボカズラなんだぞー」
「ティンテを捕食してたくらいだから相当の実力者だと思ってたけど……そうでもないのか?」
「強さなんて水物ですからねえ。わたくしはティンテ様には勝てませんが、カナンには勝てます。一方でティンテ様はカナンに勝てない。いわゆる『三すくみ』という状態ですわね」
確かに、相性や状況次第で勝てたり勝てなかったりする状況はこちらの世界に来てから何度も味わった。
「ところでシャルフ、どうしてこっちに来たの? ドライエード様にべったりだったのにさー。ママ離れの時が来たとか?」
「……そのドライエード様が行方不明なのですよ」
「えっ」
ここに来て、カナンがニヤついた笑み以外の表情を初めて見せた。植物族にとってドライエード様は特別な存在なのか、あるいは個人的に親交があったのか。
俺らを食物と見なしていた相手とは思えない、妙に人間じみた反応だ。
「そっかー、あのドライエード様がね。そんなこともあるんだ」
「ショックなのはわかりますよ。そこでわたくしたちはドライエード様の捜索と、人戻会の暗躍を止めるために旅をしているのです。おそらく両者は繋がっているでしょうが……ですから、せめて貴女も協力してほしいのですわ」
「協力って言ってもね。アタシは動きも遅いし、旅なんてとてもとても」
「一緒についてこい、なんて言うつもりはありません。貴女は貴女にできることをやればよろしいのです。わたくしたちを匿ってもらい、あとは……他に協力してくれそうな人を紹介してくれるとか」
「うーん……」
ウツボカズラの底から伸びる細いつるをくるくると弄ぶカナン。まさかこんな危ない人魔が人戻会に与しているとは思えないし、協力しない理由が思いつかないのだが……
「めんどいからパスでー」
「カナン、わたくしは冗談を聞きに来たのではなく……」
「だって人戻会が調子に乗ったところでこっちの大陸まで攻めてこれないでしょ?」
「それは……しかしドライエード様のことはどうお考えですか?」
「あの人が死ぬことないでしょ。だから気にしても仕方ないよねー」
「っ……! 貴女の薄情さには呆れました。わたくしはこれでも貴女を信頼していたのですよ。食い意地は悪くとも、義を通すことはできる人魔だと」
シャルフは両のこぶしを固く握り、悔しそうに歯噛みした。二人の関係性がわからないので俺はどうにも乗り切れておらず、口を挟むこともできない。
「見込み違いでしたー。さっさと出ていった方がいいよ、アタシの腹が減る前に」
「言われなくともそうします。もう二度と会うこともないでしょう」
シャルフはきびすを返し、カナンのいる空き地からどんどん遠ざかっていく。見失う前に追いかけなくては。
眠ったままのエーゲルを担ぐティンテを促し、シャルフの背を追いかける。しかし、結局ティンテが食われかけただけで収穫は無しか……
森を出てしばらく歩いたところでようやくエーゲルが目を覚ました。ティンテに担がれたままの彼女はあくびをしながらボソリと呟く。
「なんかイヤな予感がするんだよねえ」
「うおっ!? 目を覚ましたのか、エーゲル。イヤな予感ってなんだ?」
「わかんないかなあアンゴくん。もっと緊張感を持たないとダメだよう」
「さっきまで寝てた奴がそれ言うか?」
エーゲルの頬をつねりながら歩いていると、ふとシャルフが足を止めた。急に立ち止まるせいで思わずぶつかるところだった。
「どうした?」
「あの、何か妙な臭いがしませんか?」
「さっきのカナンの甘い匂いか?」
「いえ、違います。もっと嫌な臭いというか、焦げ臭いような……」
ハッと気がついて全員で振り返ると、森の奥の方からもうもうと黒い煙があがっている様子が見えた。
今は夕方頃だが、西側ではなく東側の空が赤く見え始めるなんて……明らかに異常事態だ。しかし……
「待て! シャルフ!」
森の方へ駆け出そうとするシャルフを羽交い締めにするが、彼女はそれでもまだ走ろうと足をバタつかせる。
「ああ! カナン! どうしましょう! あの子は、逃げるのが不得手だというのに……」
「落ち着け! お前まで火事に巻き込まれたらどうするつもりなんだ!」
「アンゴの言うとおりだよ。気持ちはわかるけれど、こういう災害の時は無理に助けに行かない方が良い」
「ああ、ですが、わたくしは……」
シャルフの顔色がどんどん青ざめていく。昼ごろの会話を聞く限りシャルフとカナンは仲が良くないように見えたが、どうしてシャルフはこんなに必死になるんだろう。




